【二・突撃へっぽこ式神!】
【二・突撃へっぽこ式神!】
車を別荘より少し離れた道路の隅に止めると、二人は徒歩で別荘へと向かった。楓に気づかれないようにというより、車を動かされて凶器とされるのを防ぐためだ。
森の虫たちが二人の姿を見つけると鳴くのを止めて通り過ぎるのを待つ。見上げれば煌々と輝く半月と星の海。先程の騒ぎが嘘のように静かで、二人の地を踏む音がやたら大きく響く。
井頭の前には、鼻息も荒くずんずん進むことり。彼は無言で彼女に近づくと、その両肩をむんずとつかむ。
「うひゃっ!」
ビクンと体を跳ねることり。かまわず井頭は彼女の両肩を揉み
「肩の力を抜け。そんなんじゃ、出来るものも出来なくなるぞ」
力を込めてことりの肩を揉む。最初は驚いた彼女も、すぐに力を抜いて揉まれるままになっていく。
「だいじょーぶー……ありがと、だーりん」
にっこり笑うと、彼女は森の中から蔓を引っ張り出す。何をするのかと思いきや、それを器用にたすきがけにする。
「これでよし」
二人が到着した時、別荘内の明かりは消えていた。月明かりと、道路に面した入り口の街灯だけが辺りを照らしている。
別荘に人気は感じられない。しかし、玄関の扉は大きく開かれたままだ。
「俺たちを誘ってるみたいだな」
井頭がつぶやくと同時に、ことりの耳に笛の音が届く。小馬鹿にするような陽気なメロディ。はとぽっぽだ。
「だーりん、聞こえる?」
「いや、何も」
ことりに聞こえる笛の音が井頭には聞こえない。
「ってことは楓ちゃんの仕業だ。バカにして!」
井頭は少し距離を置くと、軽く目を閉じて呼吸を整えた。
ことりが紋様の描かれたトランプほどの大きさの板を取り出す。これぞ櫻川家の秘術を結晶とも言える「霊板」である。
霊板を額に付け、耳を澄ましても聞き取れないぐらいの音を口にする。そして
「静かなる息吹と共に眠りしもの。森羅万象の断りより解き放たれし命あらざるもの。櫻川ことりの名の下に生まれ出でよ」
霊板を上に投げ、素早く印を結ぶ。
「へっぽこ式神・タカの丸!」
途端、霊板は七色の光沢を浮かばせ、うねりはじめ、形を、大きさを変える。
動きが止まったとき、霊板は全長二メートルほどのタカに姿を変えていた。が、デザインがデフォルメされかなり漫画っぽい。クチバシや目つき、羽の形などが妙に丸みを帯びて、タカの持つ勇猛さが微塵も感じられない。
これがことりの生み出す式神「タカの丸」である。主な能力はタカの獲物を見つける視力を生かした探索および、空からの攻撃。また、人一人なら乗せて飛ぶことも出来る。
彼女の実家・櫻川家の術は、そのほとんどを式神に依存している。つまり、○○をしたいときは自分がするのではなく「○○をする力を持つ式神」を創り、実行させるのだ。
当然、術者の力は式神の創造力で計られる。で、肝心のことりの力だが、本人が自分の式神を「へっぽこ式神」などと呼ぶぐらいだからそのレベルは想像できよう。
「いけ、タカの丸。隠れている楓ちゃんを見つけ出しなさい!」
タカの丸が別荘に向かって一直線に飛んでいく。緊迫感のないデザインからは予想もつかないスピードは正に弾丸。全く速度を落とすことなく突っ込む!
ごんっ! 扉のすぐ横の壁に激突、目を回して地べたに落ちた。
「……忘れてた。タカの丸って鳥目だったっけ」
月明かりがあるとはいえ、この暗さではタカの丸は目が利かない。
別荘から楓の笑い声がことりの耳に届く。
「笑うな。あたしの式神はタカの丸だけじゃないんだから」
ことりは懐から新たな霊板を取り出す。先ほどと同じように呪文を唱えて放り投げる。
「生まれ出でよ。へっぽこ式神・ぴょんの助!」
霊板はうねりながら、全長一.五メートルほどの真っ白なウサギ型式神に姿を変える。タカの丸同様デフォルメされたデザインで、幼児向けの漫画やアニメに出てきそうだ。
「ぴょんの助、突撃ーっ!」
別荘を指さす。
だが、ぴょんの助は別荘の方を見たまま硬直している。
「突撃ーっ……しなさいっ!!」
ことりに怒鳴られても、ぴょんの助は嫌々するように首を激しく横に振るだけ。
「あんたねぇ。式神なんだからその性格どうにかしなさいよ」
ぴょんの助もタカの丸も動物がモデルである。実在の動物をモデルにした式神は作りやすいうえ、モデルになった動物の能力を持つ。長所も短所もだ。つまり、ぴょんの助はウサギらしく、夜行性ですばしっこく、穴掘りが得意で……臆病なのだ。
「ほら、入るわよ。あたしが楓ちゃんを見つけるから、あんたがその素早さで捕まえるの。こら、穴を掘って逃げるな!」
地面に潜ろうとするぴょんの助を引きずって、やっと別荘内に連れ込むことに成功する。
その様子を見た井頭は
(これは、思いの外出番が早そうだ)
と軽く体操を始めた。
何とか別荘に入り込んだことりは、手探りで明かりをつける。天井のシャンデリアや周囲の明かりが放つ光がロビーを照らす。
「疲れた……」
へたり込むことりに、呆れたような楓の声が届いた。
(……あなた、本気であたしを除霊する気があるの?)
「あるわよ!」
跳ね起きてロビー中にわめき散らす。
「とにかく姿を見せなさい。話はそれからよ。それと除霊じゃなくて浄霊! 霊を除くんじゃなくて霊を浄化・成仏させるの」
(お断りよ。あたしは浄化も成仏もされないんだから!)
途端、明かりが半分ほどになり、ことりの真上に位置するシャンデリアが落ちてきた。
それが直撃する直前、飛んできたぴょんの助がことりの襟首をくわえて跳躍、シャンデリアは何もない床に落ちて砕けた。
「ぴょんの助、偉い!」
だが、ほめるのはちょっと早かった。続けて飛んで来る無数の本を前に、ぴょんの助はことりを盾にして、本の直撃を避けたのだ。
「ぴょんの助ぇ~」
こぶだらけの顔を振り向き
「ご主人様を盾にする式神がいるかーっ!」
あらかじめ用意していたのだろう。さっきまではロビーになかった本やコップ、ナイフまでも飛んでくる。それどころか、先ほど落ちて壊れたシャンデリアの破片までも飛んでくる。
ちょこまか動き回ってそれらをかわすことり。ぴょんの助は穴を掘って逃げようとするが、下が土でないため掘れない。とても楓の居場所を探る余裕などない。
別荘から聞こえてくる悲鳴や破壊音に、井頭はやれやれと玄関に向かって歩き出した。
「ほれ、タカの丸。ご主人様を迎えに行くぞ」
井頭に頭を軽く叩かれた途端、タカの丸は霊板に戻った。
それをポケットに入れて別荘に入る。ロビーは竜巻が暴れたようだった。家具や調度品が散乱し、破片が節分の豆のように散らばっている。
階上から何かが壊れる音がした。
「ことりは上か」
ぴょんの助がふらふらとやって来る。頭にはすっぽりと壺がはまっており、前が見えないせいで見事にすっころんだ。
「おまえも戻れ」
井頭に軽く叩かれ、ぴょんの助も霊板へと戻る。
上では、ことりがあちこちに擦り傷やたんこぶを作りながら、三階へ続く階段を上っていた。めざすは楓の部屋だ。
上ることりの顔が凍り付いた。階上にタンスがでんと置かれていた。それが前のめりに倒れて階段を滑り落ちてくる。
避けようとしたが遅かった。タンスは彼女を巻き込むと、そのまま階下へと落ちる。
「……痛い、本気で超痛い……」
タンスの下敷きになって半泣きのことり。その顔に電話帳が激突する。
(わかったでしょ。あんたじゃあたしを成仏させるなんて無理なの。さっさと出て行って)
「やだぁ。こうなったら、あたしの奥の手、出してやるぅ」
ことりが懐から新たな霊板を取り出し、呪文を唱える。
「生まれ出でよ。へっぽこ式神・たぬ金太!」
ことりの言葉に呼応して、霊板は身長二メートルほどのタヌキ型式神に変化する。といっても動物のタヌキではない。どこか間の抜けた顔、編み笠をかぶり手には大徳利、腰には大福帳。股間には男のシンボルでもある二つの玉がでろんと垂れ下がっている。
そう、たぬ金太は信楽焼のタヌキ型式神なのだ。動物がモデルではない分、タヌキの特性を持たない。その代わり、ことりの設定した特殊能力が使える。
(……馬鹿?)
「こいつを甘く見るとひどい目に遭うわよ。たぬ金太、お前の力を見せてやれ!」
ことりの命を受け、たぬ金太が腹鼓を打ち始める。聞いているだけで力が抜けるような間抜けなメロディーが流れ始めた。
へっぽこ、へっぽこ、へっぽこぽ♪
へっぽこ、へっぽこ、へっぽこぽ♪
(……なんなの……これ……力が……)
楓の声がかすれ始めた。たぬ金太の腹鼓は、聞いた者の霊力を弱め、脱力させる効果がある。存在そのものが霊力である幽霊にはこれ以上の攻撃手段はない。だが、欠点は術者自身も効果の対象に含まれるということだ。
「……はは……どおだぁ……へにゃあ……」
タンスに挟まれながら、脱力した笑顔を浮かべることり。彼女も腹鼓の影響を受けて脱力状態にされている。
「へにゃあじゃないだろう」
彼女の頭を軽くこづく者がいた。上がってきた井頭だ。タンスの一方を持ち上げ、ことりを引きずり出す。
「……へにゃ、だーりん……」
「たぬ金太の腹鼓は使うなって言ってるだろう。相手に通じなかったらただの自滅技だぞ。……まぁ、今回は通じているみたいだが」
今までことりに集中攻撃をかけていた小物はすべて床に転がり、動く気配はない。
へっぽこ、へっぽこ、へっぽこぽ♪
へっぽこ、へっぽこ、へっぽこぽ♪
ひたすら腹鼓を叩くたぬ金太に近づいて「いつまで叩いている」と頭を叩く。途端、たぬ金太は板に戻り、腹鼓の効果も消える。
「ほら、一旦戻るぞ。対策を立ててからの方がいい」
ことりをお姫様だっこする井頭。
(そうはいかないわよ)
力を取り戻した楓が、再び物をぶつけようと飛ばしてくる。ところが、それらは一向にことりたちに命中しない。命中しないというより、届かないのだ。二人にある程度近づくと、糸が切れたようにその場に落っこちる。先ほどまで、ことりをボコボコにしていたのが嘘のようだ。
「無駄なことはやめろ」
辺りを見回しながら井頭が叫ぶ。
「俺には呪いやポルターガイストのような霊力による攻撃は一切通じない。何でも、反霊能体質とかいうそうだ」
反霊能体質。櫻川家の言葉を借りれば、霊的存在・現象を受け付けない体質のことである。要は幽霊が見えない人間のことだ。
井頭もそういう人間だった。周囲がいくら幽霊が見えると騒いでも、彼には何も見えないし何も聞こえなかった。夜の墓場や自殺の名所に行っても、寒気ひとつ感じなかった。
尤も、櫻川家の資料によれば日本人の六人に一人は反霊能体質者だというから、それ自体は特に珍しいものではない。だが、彼の体質は度が過ぎていた。ほとんどの反霊能体質者が本人のみの現象であるのに、井頭の体質は周囲にまで影響を与えていた。
ことりと出会い、様々な幽霊騒ぎにつきあうようになってからわかったのだが、彼の周囲では霊的現象が一切起こらない。起こっていても、それが彼の体質の効果範囲内に入った途端に力を失ってしまう。心霊写真でさえも、彼が手にすると写っていた霊(本物に限る)が見えなくなった。
櫻川家の人たちはこう説明した。
「井頭君の反霊能体質――便宜上・反霊能パワーと呼ばせてもらうが――それが君を中心に放射され、一種の反霊能空間を作り出しているんだ。その効果範囲内に入った霊的存在や霊的現象は力を失う。だから、君の近くでは幽霊などは活動できなくなるし、物を動かしたりすることも出来なくなる。いや、出来ないだけじゃない。霊力で動かされていたものは、まるで君の体質が拒絶するかのように君を避ける。霊力でものを飛ばしても、君の近くにきた途端飛ぶ力を失ったり、飛ぶ方向が歪められて君には当たらなくしてしまう。
まぁ、物質を伴う現象が体質の効果範囲外で起こっていれば、見ることぐらいは出来るだろうがね。
霊物も同じだ。君の体質の影響下に入った途端に力を失う。私たちの式神を例に取れば、君に近づいた途端、もとの霊板に戻ってしまう」
以前、邪霊を封じ込めた結界にも何の抵抗もなく入れたことがある。櫻川家の実力者達による人払いの結界が施されているにもかかわらずだ。彼の体質が作り出す反霊能パワーはハンパでないのだ。櫻川家の資料でも、彼ほど強力な反霊能体質者は数えるほどしかいない。
櫻川家の人たちは、井頭の体質を徹底的に調べた。おかげで、完全ではないが櫻川家の反霊能体質研究は格段に進んだ。
それで、いままで体質と呼んでいたこの力は体質とは別のものではないかという説まで出てきた。実際、体質という言葉では説明できないぐらい霊力を拒絶するパワーがあるのだ。他にも、井頭には霊が見えない、声が聞こえないのに、霊の方は井頭が見えていたり彼の声が聞こえているなど首を傾げる現象も多く、いまもって彼の体質に対して様々な見方がある。
井頭は、自分の体質を調べられると同時に、自分の反霊能パワーをコントロールできるよう訓練した。そうでないと、ことりたち霊能者の活動の邪魔になるからだ。
その結果、パワーの放出を押さえることにより効果範囲を縮め、ついには直接触れない限りは周囲の霊物に影響を及ぼさないようにまでなれた。
また、瞬間的に効果範囲を広げて周囲の霊力を無効化するという攻撃手段を身につけた。最初、楓が攻撃したときにポルターガイストを無効化したのがこれである。ただし、指向性がないために彼を中心とした無差別攻撃になる。これはあくまで瞬間的なものなので、結界など持続的効果のあるものに対しては役に立たない。せいぜい彼本人に対する影響をなくす程度である。もちろん、逆に効果範囲を縮めるほどパワーの密度は増し、霊的攻撃から身を守るバリヤーのしての力も強力になってくる。
現在、井頭は通常、半径四~五メートルの範囲で反霊能パワーを放出している。彼にとってこれが一番楽な状態なのだ。だが、霊がらみのことが起こっていると判断するや、効果範囲を最小レベルにまで縮め、直接自分に触れない限り影響が出ないようにする。ことりの活動や感知能力の邪魔にならないようにするのだ。自分を守るバリヤーを強化するという意味もある。
そして今、彼は抱いていることりを守るため、効果範囲を少し広げて彼女をすっぽり包み込んでいる。ことりは霊能力を一切使えなくなるが、彼女に対する霊的攻撃も無効化される。
そのことを十分理解できない楓は、
(どうして当たらないのよ!? かすりもしないなんて。当たれ、当たれ、当たれーっ!)
周囲の物をぶつけようとしたり、直接、二人を持ち上げたり突き飛ばそうとしたりする。もちろん、まったく効果がない。
「止めておけ、疲れるだけだぞ」
体質のせいで、井頭に楓の声は聞こえない。効果範囲内にいることりも同じだ。だが、周囲の様子から自分たちを攻撃していることはわかる。
(直接攻撃できないなら、これでどうよ!)
ロビーに落ちた壊れたシャンデリアがふらつきながら浮き上がる。
井頭がロビーに下りた時、それが天井に跳んで激突!
シャンデリアの無数の破片が井頭達に降り注ぐ。が、落ちる破片は変化球のように軌道を変え、彼らを中心に広がるように落ちる。
ロビーの空気が冷えた。が、井頭たちには感じられない。
「止めておけと言ったろう。お前の霊力による現象である以上、直接だろうが間接だろうが、俺の体質の影響を受ける」
シャンデリアの破片が次々と井頭に襲いかかるが、彼らの直前で勢いを失い落下、あるいは大きく反れて全く当たらない。
飛び交う破片がどんどんヒステリックに飛んでくる。だが、やはり当たらない。
楓の攻撃を無視して、井頭はことりを抱いたまま別荘から出て行った。
【次回更新予告】
「だからお前には無理だと言ったんだ」
「ひどい。だーりんは妻の力を信じてなかったの? あたしたちの愛はどこにいってしまったの?」
「腐らないように冷蔵庫に入れておいた」
「そんなところに入れるから愛情が冷めるどころか冷たくなるんだよ!」
「わかった。帰ったらレンジでチンしよう。
というわけで次回更新【三・やっぱり大事だ作戦タイム】」
「タイムしながらおいしいごはん。どこのお店で作戦タイム? あたし中華がいい」
「……知ってるか。空腹の時の方が頭が働くそうだ」




