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底辺

 いつものように中庭で仰向けになっている。

 さきほどようやく重苦しい場から解放された。自分にはあのような場所は向いてない、と改めて理解できた。畏まることは苦手だ。

「今日もいい天気だな」

「なにが今日もいい天気だな、ですか。急に呼び出されてビックリしましたよ!」

 隣にはサイスが座っている。声を荒立てて文句を言っているが、マキは聞く気もなく、ただ何も考えずに空を流れる雲を眺めていた。

「……あの」

 急に黙り込んだと思ったら恐る恐ると言った口調になった。

「どうした?」

「なんで私なんですか?」

「……助けてもらったから」

「……はい?」

 何を言っているんだ、こいつ。みたいな目でマキを見ている。遠慮ない視線が痛い。

 マキもサイスをスカウトした理由など特にない。しいて言うなら、助けてもらった時にサイスの才能の片鱗が見えてからだろうか。未来のエースの成長を間近で見てみたい。しかし、こういうことは本人に言うことでは無いだろう。だから、取ってつけたような理由を言った。

「私、あなたのこといつ助けましたか?」

 どうやら覚えてないようだ。

「所属がよくわからない機体一機なかったか?」

「……ありました。もしかして?」

「そのもしかしてだ」

 サイスは再びなにかぶつぶつと言い始めた。何を言っているのかはよく聞き取れない。少なくとも悪口を言われているようでもないようだ。

 とりあえずこれからやるべきことを頭の中でまとめる。ひとまずは班員集めだ。空に二人、陸に四人。すぐに集められるものでもない。全員集めるのは少々時間がかかりそうだ。

 それから、マキ自身の汚名返上だ。挽回しないように気をつけなければいけない。しかし、その方法がよくわからない。先日のように戦闘が頻繁に行われるものなのだろうか。

 いろいろやることがあるようだ。

「あの、……ジャック?」

「普通に名前で呼んでくれ」

「では、マキさん。他の班員の目途は立っているんですか?」

「全然だ」

 サラにも言われていたが、マキに軍に知り合いなどローズぐらいしかいない。ここからどうやって班員を集めるのか考えていかなければならない。

『ご主人様基本しかめっ面だから、怖がられて話しかけてもらえないんですよ。だから、知り合いが少ないんです』

「そんなことはないだろう」

「いえ、普通に怖いですよ」

「……そうか?」

 納得いかないような顔をするマキ。

「そんなことはとりあえず、班員は後からでいいとして。まず、オペレーターを探すべきだと思うんですけど」

 オペレーター、地球軍に所属していた時にもいた。戦場の様々な情報を逐次教えてくれ、何度も助けられた。戦闘をするうえで欠かせない存在となるだろう。

「それもそうだな」

『そんなのいりませんよ。私だけで充分です。ご主人様を勝利へと導くのはこの私ですからね』

「……サイスも導いてくれるんだろうな?」

『え、いやですけど』

 アリサは即答で答えた。

「で、オペレーターはどこでスカウトすればいいんだ? さすがにオペレーターばかりはヘッドハンティングできないだろ」

『えっと、ご主人?』

「そうですね、フリーの人をスカウトしましょう。オペレーター達の溜まり場にでも行けばフリーの人たちなんてうじゃうじゃいますよ」

「なるほど、じゃあ行くぞ」

 マキが立ち上がるのを見て、サイスが少し驚く。

「え、今からですか?」

「思い立ったが吉日だ」

『あの、無視はやめてください。傷つきます』

 アリサの言葉に耳も傾けずにスタスタと歩き出すマキ。

「ちょっと、マキさん。場所わかるんですか!?」

「知らん。教えてくれ」

 そう言いながらも歩くのをやめないマキ。

「それが教えてもらう人の態度ですかー!?」

 サイスも急いで立ち上がり、駆け足でマキの元に向かって行った。



 そこには飲み屋のような所で多くの人がジュースやら酒やらを飲んでいた。先日の勝利のせいか店内は軽くお祝いモードのようだ。まだ昼間だっていうのに酒を飲んでいる。もし、これから戦闘が起きたらどうするのだろうか。

「意外と男もいるもんだな」

「比率的には男4割、女6割って言ったところですかね?」

 軽く周りを見渡すマキ。サイスは落ち着かない様子だった。こういう場所には慣れていないようだ。

「で、誰がフリーで、誰がフリーじゃないんだ?」

「え、あ、ああ。たぶんマスターに聞けばわかるんじゃないかと」

 サイスの見ている方向にマスターとやらがいた。今は、注文されたのであろう酒やらつまみを準備しているようだった。

「そうか」

 マキはそれを知るとマスターの所へ歩き出した。が、サイスに袖を引っ張られた。

「なんだ?」

「みなさんと話をしなくてもいいんですか? どんな人かわからないとスカウトしようもないでしょう?」

 マキは少しの間何か考えるように黙り込んだ。

「いや、その必要はない。もう目星はつけた」

 サイスの手を払いのけ、マキはマスターの元へと歩み寄る。

 マスターは近づいてくるマキに気づき、営業スマイルを向けてくる。

「これはこれは、ジャック殿。どのようなご用件で?」

「とりあえず客だ。ついでに人探しも兼ねてな」

「なるほど。で、ご注文は?」

「適当な酎ハイひとつとオレンジジュース」

 注文を聞くと手際よく準備を始めるマスター。

『なんかあのマスター気に食わないです』

 アリスがぼそっと呟く。

 何もすることもなく、何をすればいいのかもわからないサイスは先ほどの場所で立ち尽くしている。マキは手招きをしてサイスを呼ぶ。すると、サイスはとことこと歩み寄ってきた。

「なんですか?」

「これでも飲んで、適当に休んでいてくれ」

 準備されたオレンジジュースを差し出す。

「あ、ありがとうございます」

「ついでにアリサの子守も頼む」

『えっ!?』

 マキからオレンジジュースと端末を受け取り、空いているテーブル席に座りに行った。

 18歳の少女がこんなところにいていいのか少し不安ではあるが、アリサという保護者をつけることにした。これでやかましいのはいなくなった。

 赤み帯びている酎ハイを一口だけ飲む。ジュースみたいな味だ。アルコールの感覚はほとんどない。

「で、人探しとは?」

「ああ、オペレーターを探しに」

 オペレーターという単語を出すと、周りの視線が一気にマキに集まる。その後数人のオペレーターがマキの周りに集まってくる。

「私、今フリーなのよ。どう、一緒にやってみない?」

「あんた他の部隊にこの前スカウトされてたでしょ。ジャックさん、私と組まない?」

「俺の指示は的確だとみんなから言われるんだ。組んでみないか?」

 みんながマキと組もうと誘って来る。先日の戦闘の戦果でも聞いたのだろうか。それともジャックと組んで注目を集めたいだけかもしれない。もっとも後者の可能性はほぼ0に近いが。マキを口説きに来たオペレーターの中には以前マキのことを散々に言っていた人もいる。その手のひら返しにはむしろ呆れを超す。

 しかし、この中にマキのお目当ての人はいなかった。

「すまん、もう目途はつけているんだ。マスター、あそこのカウンターに座っている奴はフリーか?」

 マキの視線の先にはカウンターの隅で一人飲んでいる女オペレーターがいた。マキが聞くと周りのオペレーターがざわつき始めた。

「もしかしてどこかに所属しているか?」

「いえ、フリーのはずですよ」

「そうか、ありがとう」

 酎ハイを片手にそのオペレーターの元に歩み寄る。

「隣いいか?」

「どうぞ」

 女はマキをチラリと見るが、すぐに手元の酒に視線を落とした。

 しばらく沈黙が続く。

「あんたのこと噂で聞いたよ」

「そうか」

 再び沈黙。周りの視線がマキ達に集まっているようだ。

「で、本件は? 私のスカウトかしら?」

「ああ、その通りだ」

「なんで私を? 始めましてのはずよ。一目ぼれとかかしら?」

「まあ、そんなところだな。一目見て決めた」

「それは嬉しいわね」

 酒を飲み一息つく女。グラスを置き、視線を落としたまま女は答える。

「でも、お断りするわ」

「なんでだ?」

「私、今までいくつかの部隊に所属したり、フリーとしてオペレーターの仕事をして来たんだけど、それらの部隊が生還してきたことが一回もないの。それでついた名が死神。お笑いでしょ?」

 女は自嘲気味にそう話した。

 地球にいたころもそういう奴が数人いた。いくつかの不幸が続いたせいで、不名誉な通り名をつけられる。ある者はそれでも軍人を続け、またある者は軍を去り、またある者は自ら命を絶った。

「ふっ、別にいいんじゃないか。死神でも」

「え?」

「史上最弱のジャック。乗る機体はいわくつき。AIは誰にも心を開かない少女。隊員その1はド新人。こんな部隊に死神が来たら、もう鬼に金棒だぜ」

 マキは女を真っ直ぐに見る。

「お前はいつまでも底辺で燻ぶっていていいのか? どうせなら底辺同士エリート共に目に物見せてやらないか?」

 マキは真剣な表情で女を口説く。女はそんなマキを見て思わずと言った具合に吹きだした。

「あんたよくバカっていわれるでしょ?」

「そこそこな」

「わかったわよ。やってやるわよ。そんな底辺底辺言われて黙っていられますか」

「そうですよ、誰がド素人の底辺ですか!? あ、オレンジジュースもう一つお願いします」

 後ろからサイスが出てきた。

 女は穏やかな笑顔を二人に見せた。

「自己紹介まだだったわね。私はサクラ・オイゲン。別名死神。よろしくね、最弱のジャックさんと新人ちゃん」

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