エースへの一歩
翌日正午過ぎ、謁見の間。
「先日の防衛戦での働きを賞し、勲章を授けます」
深々と礼をし、勲章を受け取る。
周りのマキを見る目は冷たい。誰しもがマキの活躍を疑っている。マキの活躍はサラを含めたごく数人しか知られていない。
ほとんどの人がマキの活躍ではなく例の機体の性能とAIのアリサの活躍だと思っている。
「そしてあなたには正式にジャックの名を授けます」
サラがもう一つ、勲章に似たものと端末をマキに渡す。渡すときに周りがわずかにざわついた。また、形だけの拍手が送られる。
マキはもう一度礼をし、この二つを受け取る。
「そのバッチはジャックとしての証です。常に身に着けるか、持ち歩きなさい。その端末は戦闘機外で唯一アリサと連絡をとれるものです。それも常に持ち歩きなさい」
マキはまじまじと端末を見る。すると、突如電源が付き、大音量でアリサの声が流れ始めた。
『なんなんですか、なんなんですか! せっかくご主人様がジャックの名を授かったのに、この周りの反応は! 納得できま』
マキは無言で端末の電源を切った。どうやら地球製のものと同じつくりのようで、簡単に扱えた。
また周りがざわついた。誰にも心を開かないAI。国防軍ではアリサをそう呼んでいた。しかし、今アリサがマキのことをご主人と呼んだ。なぜ弱小ジャックに心を開いたのだろうか。段々とざわつきが大きくなってくると再び大音量が流れた。
『なんで電源を切るんですか! 私はご主人様の言葉を代弁しただけで』
再び電源を切る。
「今の評判は自分自身で塗り替えることね」
「わかっている」
「さて、もう一つ説明しないといけないことがあります」
マキはわずかに表情を曇らせた。そもそもこういう場所が苦手なのだ。
サラはそんなマキの表情を知ってか知らずか説明を始める。
「ジャックとなったあなたには、空と陸それぞれに一つの隊を作ってもらいます。隊と言ってもそれぞれ最大4人だから班と呼んだ方がいいかもね。それぞれあなたがいいと思った班員を集め国のために働いてもらいます。班員はどこから集めてきてもかまいません。ただし、軍の隊長達からはスカウトなしでお願いね。あと信頼できる人。条件はこれだけよ」
ジャックに腕を見込まれた班員だけで構成される班。それが戦場に出るだけで、戦況が変わり、仲間の士気は上がるだろう。今のマキにそれをできるだけの力があるのかは別だが。
「そんな班を作ってもいいのか? 反乱をするかもしれんぞ」
「別にそれはそれで構わないわよ。こちらには信頼できる軍があるし、私自身にも切り札があるしね」
サラは不敵な笑みを浮かべる。切り札とは何か、少し考えるもすぐにやめる。そもそも反乱をするつもりなど毛頭ない。
「じゃあ、誰をスカウトするか教えてもらいましょうか。と、言いたいところだけど、あなた軍に知り合いなんてローズぐらいしかいないだろうし、スカウトしたい人が見つかった度に私に教えてちょうだい」
「わかった。では、さっそく一人いいか?」
サラが驚愕の表情を浮かべる。
「えっと、誰?」
「一番隊所属のサイス・マリンという奴だ」
誰も知らないような一般隊員の名が出てきて予想外だったのだろう。少しの間沈黙が生まれる。
「何か変なことを言ったか?」
「別に、大丈夫よ。ラン、サイス・マリンはあなたの隊の子よね?」
名前が知られてない隊員だ。確認もしたくなるだろう。
一番隊隊長のランが女王の問いに答える。
「はい。つい先日入ってきた新人です」
「連れてきてもらえるかしら?」
「は」
ランが謁見の間を急いで出て行った。
「ふぅ」
サイスはベッドで休んでいた。
昨日無理な動きをしすぎたためか、未だに体のあちこちが痛い。
「うぅ、無茶しすぎたかなあ」
昨日の戦闘を思い出す。訓練通りの動きができたが、まだまだ本当の自分の力を出し切れていない気がしていた。しかし、自分の力を100%出し切るにはどうしたらいいのかがわからない。
(まだまだ訓練が足りないのかな…)
戦場には未熟な自分とは別で獅子奮闘していた機体がいた。その中でひときわ目立っていた機体は二つだ。
一つ目は総隊長のローズだ。各隊長達とは比べ物にならない動きだった。撃墜数は恐らく今回の戦闘で一番多いだろう。囲まれてもそのピンチを冷静に乗り越え、仲間のピンチにもいち早く駆けつけていた。さすが、すべての隊員の憧れである。
そしてもう一つは所属不明機だった。誰が乗っていたのかもわからなかったが、あの動きは普通ではなかった。サイスがその機体を見たときは、敵に囲まれてピンチのようだった。急いで駆け付けて、敵を数機墜としたが、もしかしたらいらなかったのかもしれない。後からそう思ってしまったほどだ。
いったい、あの所属不明機はどこの誰が乗っていたのだろうか。見たこともない機体だった。
「私もあんな風になれるのかな…」
明日からまた訓練を頑張らねば。そのために今日はもう休む。一時期訓練ばかりやっていたサイスは隊長に休むのもまた強くなるには必要だ、と言われた。今がその時だと思う。休むというか、体が痛くて動けないだけなのだが。
ベッドに仰向けになり、今日の夕食をどうしたらいいかとぼんやり考えていたときだった。
「サイス。サイスいるか?」
ドアがやや乱暴に叩かれる。ランの声だ。
悲鳴を上げる体を無理矢理起こし、ドアを開ける。
「いたか。……私服か、急いで軍服に着替えて私についてこい」
「えっと、あの、どういうことですか?」
「急げ!」
「は、はい!」
訳が分からないものの急いで軍服に着替えなおし、早足で歩いて行くランに駆け足で着いていった。
「失礼します。遅くなりました」
謁見の間の扉が開かれる。
サイスはランの指示の元、マキの隣に並んで立つ。ちらりとマキが横目で見ると、サイスが緊張で体を強張らせていた。助けを求めるような目で見てきたが、視線をそらす。
「ラン、ご苦労様でした。えっと、あなたがサイス・マリンね?」
「は、はい」
緊張で声が震えている。
「先日の戦闘ご苦労様でした」
サラが優しく微笑みかけるも、サイスはガチガチのままだった。
「さっそく本題に入らせてもらうわ。今、あなたの隣にいる人が誰だかわかるわよね?」
「はい、ジャック、ですよね?」
「そうよ。じゃあ、ジャックが一班を編成するということは?」
「知っています」
「なら、話が早いわ。今あなたの隣にいるジャック、名前はマキというわ。彼がその部隊にあなたをスカウトしたいらしいのよ」
サイスは驚きの表情を浮かべ、マキを見る。視線が合う。その眼差しは真剣だった。
「どうする、サイス。別に返事は今すぐじゃなくてもいいわよ」
サイスは何も答えなかった。場が沈黙に包まれる。
しばらく沈黙が続いた後、サイスが顔を上げた。
「やります。その班に入れてください」