帰還
案の定帰ったら、さっそくサラに呼び出された。
「マキ、あなたという人は、なんでそんなに自分勝手なんですか!?」
この通り説教である。まさかこの歳にもなって説教を受けるとは思ってもなかった。
「あの戦闘機はいわくつきなんですよ。無事帰ってきたからよかったものの」
「そんなに怒るとシワ増えるぞ」
「その原因を作ったのはあなたなんですよ!?」
でも、怒ってくれる人がいるということは嬉しいことだ。自分を心配しているという証拠だからだ。無意識に口角が上がっていた。
「…なんでにやけてるの?」
「いや、別に」
そしてサラはマキの顔を見て大きく溜息を一つ吐いた。
「もういいわ」
何か諦めた様子だった。
マキは一礼をし、部屋を出ていこうとするとサラに呼び止められた。
「部屋に戻るついでにローズを呼んできてもらえるかしら?」
「了解した」
兵士たちが慌ただしく動き回っている。後処理がいろいろあるようだ。時々死体袋も運ばれていく。
長い廊下を歩き、ようやくローズの部屋にまでたどり着く。ノックをする。
「誰だ?」
「俺だ」
「ああ、マキか。ちょっと待っててくれ」
しばらくドアの前で立ち尽くしていると、ローズがドアを開けてくれた。
「待たせた」
ローズはパイロットスーツをすでに脱いでおり、ラフな格好になっていた。髪が濡れているところから見て、シャワーでも浴びていたのだろうか。
「すまん、風呂にでも入っていたか?」
「いや、丁度上がった時だ。立ち話もなんだしひとまず入ってくれ」
言葉に甘えて、ローズの部屋に入れてもらう。部屋の大きさはマキの部屋と同じだ。
「汚くてすまないな」
「いや、十分だろ」
適当なところに座る。ローズは台所に立った。コーヒーを準備してくれているようだ。
本人は汚いなどと言っていたがお世辞なしで綺麗である。マキも部屋は綺麗だが、それはサーシャがいるおかげであり、もしいなかったら素晴らしいことになっていたであろう。
ローズはじっとマキを見る。
「なんだ?」
「お前着替えたか?」
「いや、さっきまでサラに説教喰らってた」
「それじゃあその恰好であの戦闘機に?」
「ああ、そうだが」
やれやれと言った感じで溜息を吐かれる。マキは必要最低限の装備しかしていない。耐Gベストにフライトヘルメット、だけだった。ヘルメットは借りたものですでに返してある。
「スーツも着ないで…」
「急いでたからな。おかげで何度かいきかけた」
こればかりは反省していた。少し熱くなり過ぎていたようだった。
コーヒーを飲んで一息つく。少し苦く感じた。
ローズもマキに呆れていながらもどこか諦めているような感じだった。マキと同じくコーヒーを飲んで落ち着いている。風呂上りで髪が濡れており、いつもより色っぽく見える。
「お前何歳だ?」
「……女性に年齢を聞くのはどうかと思うぞ」
「そうだよな、すまん」
デリカシーが無かったかと反省する。
「別に構わないけどな。27だ」
「ほう」
「今、意外だ。みたいな顔したよな。どうせ私は老けて見えますよ」
いじけてしまった。いつもしっかりとしているローズしか見ていないせいか、今のローズに違和感しか覚えない。
「逆だ。もっと若いと思っていたんだよ」
「お世辞なんかいりません」
これ以上言っても無駄なようだ。女はなんでこうころころと態度が変わってしまうのだろうか。いまいちわからない。
壁にかかっている時計を見ると、結構長い時間いてしまったようだ。
「さて、そろそろお暇しよう」
「そうか」
声のトーンがいつもよりかすかに低い。怒らせてしまったか。
帰ろうとしてドアに手をかけたところで大事なことをひとつ思い出す。
「サラが呼んでたぞ」
「女王様が?わかったすぐに向かおう。……で、なんでそんな重要なことを今?」
「すまん、忘れてた」
ローズの溜息を背中で受け止めながら部屋を後にした。
ローズは早歩きでサラの下へと向かっていた。
(なんであいつはこんな大事なことを忘れていたのだ…!)
遅れを取り返すかのように段々と歩くスピードが早くなっていた。すれ違う人皆ローズを不思議そうに見ていた。
サラの部屋の前に立つ。深呼吸をして呼吸を整える。何度も中に入ったことはあるが、未だに緊張する。
ノックをする。
「どうぞ」
「ローズ・シュタイガーです。失礼します」
部屋に入る。中ではサラが机の上に山ほどの書類を重ねて仕事をしていた。
「呼び出してごめんね」
「いえ、大丈夫です。すいません、遅くなって」
「大丈夫よ」
サラは眼鏡を外し、立ち上がる。
「この国を守ってくれてありがとね」
「いえ、それが私の仕事なので」
サラはクスリと笑う。
「そこは素直にありがとうって言えばいいのよ」
ローズは反応に困っているようだった。サラとしてはこのままローズをいじる方が面白いのだが、かわいそうにも思えるため早々に本題に入った。
「マキの事なんだけどね」
ローズの表情が引き締まった。さすが軍人と言ったところだ。
「さっきの戦いでの彼どうだった?」
「例の機体に乗って暴れまわっておりました。訓練の時とは比べ物にもならない動きで。恥ずかしながら私も助けられたうちの一人です」
サラが悩み始める。マキが活躍したのではなく機体、AIのアリサが活躍しただけなのではないのだろうか。しかし、マキは生きて帰ってきた。ならマキ自身の活躍だったのだろうか。だが、マキの訓練結果はC。戦場で活躍できるとは思えない。
「女王様?」
「え?あ、ああ。ごめんね」
少し長い時間悩んでいたようだった。
結果的にはこの国を守ってくれたのだから表彰しておくべきなのだろうが、誰も納得しないだろう。サラは彼の評判を少しでもよくしたい。しかし、今のままだと火に油を注ぐようなものだ。
ローズも実際に助けられた身なのだが、その表情には疑念が残っている。
「あ!」
「どうかしましたか?」
なぜ機体のAIであるアリサに聞くという当たり前のような案が出てこなかったのだろうか。
ということで、机にある端末にアリサを呼び出す。
「アリサいる?」
『お呼びですか?女王様』
「さっきの戦いでのマキについて聞きたいんだけど」
そう聞くと、アリサはとても嬉しそうに話し出した。
『とてもすごかったですよ。あんなパイロットと出会ったのは初めてです。マキさんに乗ってもらうとなぜか体が火照ってきて、段々と気持ちよくなってくるんです』
声が艶めかしいものになってきた。心なしか息遣いも荒くなってきている。
ローズは顔が赤くなっていた。話だけ聞いているとそういう風にも聞こえるかもしれない。
「じゃあ、本当にマキが」
『もしかして疑ってたんですか?』
「え、ええ。まあね」
でもこれで確信を持てた。マキは正真正銘のジャックだ。