第八話 欠けた星と、言えない名前
「あの、待ってください」
アウレリアは足を止めた。
通り過ぎようと思ったのに。
息を吐いて振り返る。
「はい、何用でしょうか……ルーカス・アルフェン様」
「あの、アメリア・ルシア嬢ですね。甥を助けて頂いたと聞きました。ありがとうございます」
声が、記憶のものより少し低い。
背も高くなり、男性らしい顔立ちになっている。
それでも、母と同じ青緑色の瞳は変わらない。
「当然の事をしたまでです。アルフェン公爵閣下のご令弟様にも感謝されるなど光栄です」
「やめて下さい。僕は名ばかりの公爵家令息ですから。兄上のように優秀ではないので、畏まらないでください」
「では、ルーカス様こそ私に敬語はおやめ下さい。私はただの街娘ですので」
ルーカスは目を瞬かせた。
「それは、考えてみればそうだね。なぜだろう。君をみていると……いや……なんでもない」
「医学書ですか?」
アウレリアが分厚い本に目をやる。
「ああ。僕もカイルの病状を調べていたんだけど、結局役に立たなかった。少しでも兄上と義姉上の力になれれば良かったんだけど」
彼は苦笑した。
「その気持ちが大事なのですよ」
自然と言葉が出る。
「カイル様の為にルーカス様が手を尽くしたことが重要なのです。結果は二の次です。それはレオニス様もセレナ様も、きっとわかっておいでですよ」
ルーカスは驚いたように目を丸くし、それから朗らかに笑った。
「姉上も同じような事を言っていたな」
胸の奥が、かすかに揺れる。
「お姉様……アウレリア様ですか?」
その姉がセレナではなく自分であることを、表情で悟る。
「ええ。姉上は本当にすごかったんだ。強くて優しくて綺麗だった。僕はアルフェンの息子なのに剣術の才能がなかった。魔術も人並みだ」
そう言って、後頭部を掻く。
昔から、強がるときの癖だ。
「だから、姉上が才能のある弟子を連れてきた時は嫉妬したな」
「弟子とは、ヴァルノクス隊長ですか?」
「ああ、リオは今では有名だものね。魔術は使えなかったけど、剣術は才能の塊みたいな奴だった。ダメな自分と比べていたよ。あと姉上を取られたような気がしてね」
「ヤキモチだったのですか?」
「そうだよ。僕も子供だったからね」
あの頃の二人の言い争いを思い出す。
理由はそんなところにもあったのか。
「でもね、姉上が言ってくれたんだ。僕が頑張ってるのを見てるって。頑張るのが大事なんだって。剣術も魔術もダメでも、その時は別のことで頑張ればいいって」
少し照れたように笑う。
「お陰で今では星学研究者になった。ルクシオンではそれなりに名も知られているよ」
星の加護を受けるこの国では、星学研究者は重要な立場だ。
立派になった。
ふと、本の間から何かがきらりと光る。
「ルーカス様、それは……」
本を開くと、挟まれていたのは星の髪留めだった。
留め金が曲がり、星の先端がわずかに欠けている。
「姉上のだ。子供の頃うっかり壊してしまってね。言い出せなかった。大人になってから見つけて、今はこうやって栞代わりに。姉上がそばにいるような気がして、お守りなんだ」
差し出されたそれを、アウレリアは見つめる。
触れずともわかる。
欠けた星の奥に、確かに残っている。
「ルーカス様。この髪留め、少しの間お預けして頂けませんか? きれいに直せるかもしれません」
「え……でも君の店は薬屋じゃなかった?」
「手先が器用なので」
にっこり笑うと、ルーカスは少し迷い、それから頷いた。
「じゃあ、お願いしようかな」
受け取った瞬間、確信する。
この髪留めには、まだ自分の魔力が宿っている。
一時的に治まっただけの結界。
根本は何も解決していない。
けれど。
欠けた星が、再び巡ってきた。
偶然とは思えなかった。




