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十年の眠りの間に、私の弟子は最強になっていた  作者: あさび


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第三話 木漏れ日の下で

鏡の中には、十代の少女がいる。


薄い茶髪を肩のあたりで緩く束ね、淡いブルーのワンピースに白いエプロンを纏っている。


澄んだ蒼の瞳。


だが、その奥にかつて宿していた星のような輝きはない。


別人というわけではない。


けれど、アウレリア・アルフェンの面影は、確かに薄れている。


――印象操作魔法。


自分ではかけられない。


目覚めたとき、魔力は枯渇していたのだから。


星護の森の加護だろうか。


死を覚悟したあの状況から生き延びたことも、


十年経った今も肉体があの時のままであることも、


この容姿の変化も。


すべてが、あの森の奇跡。


自分の意思ではない。


だがアウレリアは、それを幸運だと思った。


竜は退いた。


ルクシオンに脅威はない。


ならば英雄は、もう必要ない。


死人は用無しだ。


そう思わなければ、この街で息ができない。


どこにでもいる、平凡な少女。


使命と重責に縛られ続けた自分には、喉から手が出るほど欲しかったもの。


王都の外れで借りた小さな店。


棚には薬草を並べ、片隅には小さなティールームスペース。


ハーブティーと焼き菓子、軽食も出す予定だ。


店内を掃き清め、用意した看板を磨く。


『木漏れ日』


指で文字をなぞる。


戦場の閃光ではなく、


夜を裂く星光でもなく。


柔らかな、日差しのかけら。


ここが、私の居場所になる。


ふと、星祭りの夜を思い出す。


――金の瞳。


視線が絡んだ、あの一瞬。


リオ。


可愛い弟子は功績を重ね、辺境警備隊から近衛隊隊長へ。


爵位も授かったという。


立派に生きていてくれて、良かった。


あの夜、名を呼ばなかったのは正解だ。


そう言い聞かせる。


空白の十年のあいだ、皆それぞれの人生を生きた。


ならば私も、生きよう。


これが最初の一歩。


夜空を見上げる。


満天の星。


――同じ空の下。


王城では、交代の時間だった。


「交代の時間か? ヴァルノクス卿」


リオはわずかに眉を寄せる。


「この私が与えた名だ。気に入らぬか?」


若き王、エドガルド・ルクシオン・レイヴァルト。


紫色の瞳は穏やかに細められている。


だがその奥は、いつも読めない。


「滅相もございません、陛下」


「お前は嘘が下手だな」


軽い声音。


王太子時代から変わらぬ調子。


「お前の実力は疑っていない。私の目が届く限り、手放すつもりもない」


信頼の言葉のはずなのに、なぜか鎖のように聞こえる。


「アウレリア直伝のアルフェン剣術。加えて魔術無効化体質。お前に勝る戦士は、この大陸を探してもそうはいまい」


皮肉なことに、正統なアルフェン一族でさえ完全には習得できなかった剣術の継承者は、リオだった。


努力すれば、誰にも脅かされない。


師の言葉は、事実になった。


それでも、空虚だ。


「そろそろ身を固めてはどうだ。ちょうど私の妹が――」


「陛下、先を急ぎますので失礼します」


踵を返す。


背後で、エドガルドが小さく笑った気配がした。


忠誠を誓っているわけではない。


捧げるとしたら、ただ一人。


王城の窓辺に立ち、星を見上げる。


「先生……」


アウレリア・アルフェンは、本当に美しい人だった。


銀に近い金髪。


星を埋め込んだように奥で光る蒼い瞳。


凛とした佇まい。


女神がいるなら、きっとあの人のようだと思っていた。


星祭りの夜に出会った少女。


髪も瞳も、面影はない。


だが。


視線が絡んだ瞬間、呼吸を忘れた。


背を向けられたとき、足が動かなかった。


理由は、ない。


だが、身体が知っていると囁いた。


あの夜と、同じだと。


違う。


そう思わなければならない。


亡骸は見つからなかった。


だからこそ、期待してしまう。


だが期待は、絶望を深くする。


これ以上、凍りたくはない。


それでも。


あの少女だけが、妙に鮮明だ。


群衆の顔は霞んでいるのに、


あの背中だけは、なぜかはっきりと思い出せる。


まるで、魔術が弾かれたかのように。


拳を握る。


追えばよかったのか。


いや。


そんなはずはない。


それでも星を見ると、思い出してしまう。


生きる意味をくれた、かけがえのない師を。


――そして、あの少女を。


玉座の間。


執務の手を止め、エドガルドもまた夜空を見上げていた。


紫色の瞳に星が映る。


「……アウレリア」


誰にも聞こえぬ名。


王としてではなく、ただ一人の男として零れた声音。


君は王の隣に立つべきだった。


それが正しい形だったと、今も疑わない。


星は十年前と変わらぬ光を放っている。


同じ夜空の下。


三人はそれぞれ違う願いを抱いていた。


まだ誰も知らない。


運命が、終わってなどいないことを。

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