第二話 星降る夜
星が降っている。
ああ――今日は星降りの夜だ。
遠くで祭りの喧騒が揺れている。
笑い声と楽の音が、風に溶けて流れてくる。
こんな風に星が見える場所は、星護の森に違いない。
しばらく夜空を見上げていて、
アウレリアはふと息を呑んだ。
生きている。
竜と戦い、魔力を燃やし尽くし――
それでも。
ゆっくりと身を起こす。
体が鉛のように重い。
魔力は、ほとんど空に近い。
傍らの《ステラ・ノクティス》は、錆びついていた。
あの夜の輝きは、どこにもない。
……終わったのだ。
自分の役目は。
人の気配に導かれるように、森を抜ける。
丘の上から見下ろした王都は――
穏やかだった。
灯りが連なり、子どもの笑い声が風に乗る。
星祭りは、今年も変わらず行われているらしい。
焼け落ちたはずの街並みは美しく再建され、
誰も怯えた顔をしていない。
胸の奥が、かすかに震えた。
守れたのだろうか。
「お嬢さん、一杯どうだい」
差し出された葡萄酒の杯。
その仕草は、見知らぬ旅人に向けるものだった。
違和感が、静かに広がる。
誰も、彼女を知らない。
「あの……竜は、どうなりましたか?」
老婦人は怪訝そうに目を細めた。
「竜? ああ、十年前にアウレリア様が倒した竜のことかい」
世界が、止まる。
「……十年前?」
「あの方は命を賭して国を守りなさった。
このルクシオンの英雄さ。知らないなんて珍しいねえ」
胸が、静かに軋む。
「今は……何年ですか?」
「星護歴三二二年。あんた、本当に大丈夫かい?」
十年。
あの夜から、十年も。
自分は――死んだことになっている。
それで、この国は救われた。
ざわめきが起きた。
「あら、ヴァルノクス隊長だよ」
視線が、自然とそちらへ向く。
灯りの中を歩いてくる青年。
長身で、無駄のない体躯。
夜空のような黒髪が揺れ、
長い睫毛の下に宿る金の瞳は、どこか憂いを帯びている。
一目で、わかった。
時間が、巻き戻る。
血に濡れた少年。
震える声。
伸ばされた手。
「……リ」
名を呼びかけて、飲み込む。
呼んではいけない。
彼はもう、自分の弟子ではない。
――自分のいない十年を、生きてきた。
その瞬間。
青年の足が、わずかに止まった。
ゆっくりと、こちらを振り向く。
視線が、重なる。
理由などないはずなのに。
ただの通りすがりの女のはずなのに。
金の瞳が、わずかに揺れた。
――遠い夜の残滓を探すように。
鼓動が、ひどくうるさい。
だめよ。
あなたは、あなたの人生を生きるの。
アウレリアは、そっと視線を外した。
静かに、その場を離れる。
背中に、なお視線を感じながら。
星が、降り続いている。
十年前と、同じ夜空。
違うのは――
自分だけ。




