第十二話 双星の揺らぎ
昔、夜空には一つの大きな星しかなかった。
その星はやがて二つに分かれた。
一つは
大地と命を守る星 ― アルフェン。
一つは
国と人を導く星 ― ルクシオン。
「アルフェンとルクシオン。
夜空に並ぶ双星は、この国を守る二つの光である……か」
アウレリアは空を見上げていた。
ルクシオンではよく、子供の寝かしつけに使われる神話だ。
国民は誰しもが知っている。
王家に並んでアルフェンが特別視される所以だろう。
その時、見知った気配がしてハッとする。
竜?
しかし、それは一瞬だけだった。
すぐに気配は消える。
気のせいか。
それでも胸騒ぎがする。
一年中同じ位置、同じ場所に輝く双星。
アルフェンとルクシオン。
朝日が昇るまで輝き続ける
アルフェンの光が揺らいでいた。
「アメリアちゃん、ランチちょうだい!」
「この前の薬草欲しいんだけど」
「お姉ちゃん、お菓子ある?」
「はい!ただいま!少々お待ちくださいね」
今日は朝から目がまわるほど忙しかった。
客足が途切れず、気がつくと夕方になっていた。
「あぁくたびれた。アメリアちゃん、オレいつものパンとスープを……ってアメリアちゃん大丈夫?随分くたびれてるね」
常連のアレンがやってきた時、アウレリアはカウンターの椅子に座ってぐったりしていた。
「アレンさんも今日は忙しかったの?」
「アメリアちゃんもか。オレは今日レポートの提出期限で、ギリギリ間に合った」
彼は王都ルクシオン王立学院に通う優秀な学生らしい。
将来国を担う人物になるのだろう。
「そもそも教授が急にいなくなるから悪いんだよ。レポート提出の日にさ」
「急病だったの?」とアウレリアがスープとパンを差し出す。
「いや、朝には居たんだよ。元気そうだったし。
でも急に研究室を飛び出していってさ」
アレンは肩をすくめる。
「呼び止めようとしたんだけど、全然見向きもしなくてさ。よっぽど急いでたんだろうな」
「それじゃあ家族に何かあったのかしら」
「いやあ、あの教授に限ってそれはないと思うけどな」
「そうなの?」
「だってあの人、研究以外に興味ないからさ」
アレンはパンを口に放り込みながら笑った。
「幻獣学の教授なんだけどさ。授業めちゃくちゃ面白いんだよ」
アウレリアの手が止まる。
「幻獣学……?」
「そうそう。古い記録とか伝承とか調べて、
“実在したかもしれない生き物”を研究してるんだって」
アレンの言葉にアウレリアは引っかかりを覚える。
何かしら。
その時、窓ガラスが震えた気がした。
「あれ、さっきは風なんか吹いてなかったんだけどな」
カタ……カタカタ……
アレンが窓の外に視線をやる。
次の瞬間、テーブルの上の食器が揺れ始めた。
カタカタカタカタ。
そして――
ドンッ
地面の奥から突き上げるような衝撃が来た。
棚が揺れ、皿が滑り落ちる。
「え、地震?」
「アレンさん、テーブルの下に!」
アウレリアはとっさにコンロの火を消し、カウンターの下へ潜り込んだ。
ガシャン!
皿が床に落ちて割れる。
数秒。
だがその数秒が妙に長く感じられた。
やがて揺れは収まった。
「……おさまった?アメリアちゃん大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。アレンさんも怪我はなさそうね」
「ああ、でもせっかくの食事ダメにしちゃった。まだ残ってたのに」
床に散らばったパンや皿の残骸を見ながら、アレンは心底恨めしそうだ。
こんな時なのに、なぜかアウレリアは可笑しくなる。
「料理はまた作れば良いわ。それよりもアレンさんのおばあさん心配だわ。1人なんでしょう?」
アレンはハッとしたように立ち上がった。
彼の両親は早く亡くなり、祖母に育てられたと話は聞いていた。
「ごめん、アメリアちゃんオレ帰らなくちゃ。……あ、でも……」
「私なら大丈夫よ。何かあったらすぐ避難するから」
「ごめんね、オレも家の様子を見て大丈夫だったら、戻ってくるから」
「ありがとう、気をつけて」
アレンはカバンを片手に慌てて走り出した。
アウレリアは彼の背を見送ると、東の方向に視線を移した。
先程確かに感じた。
星護の森の方向で異変が起こった。
それに少し前に感じた
竜の気配。
何か関係があるのかもしれない。
棚の奥にしまった
ステラ・ノクティス。
依然として以前の輝きはない。
それでもアウレリアは迷わず剣を手に取った。
胸の奥で、言いようのない予感が広がっている。
何かが起きている。
このまま見過ごすわけにはいかない。
アウレリアは愛剣を携えると
星護の森へと駆け出した。
その背後で――
夜空に浮かぶ双星の一つ。
アルフェンの光が、かすかに揺れていた。




