7.ヤマタノオロチ
話せば長くなると先に夕食を済ませるよう椿に言われたほたるは、当たり前のように食卓に居座っている隣の銀髪美青年を極力意識しないようにご飯の味に集中する。
ちらりと見ているのがバレて何度か目が合えば、その度ににこりと甘ったるい笑みを浮かべてくるのだからたまったものではない。
ひぇーめっちゃ見てくるんですけど!?ナンデ?!
ばあちゃんの友達かな…?にしては若いんだよなぁ…
ぐるぐると考えながらもしっかり百恵の晩御飯を堪能したほたるは、ご馳走様でしたと丁寧に手を合わせる。
ふふ、お粗末さまでしたと百恵が微笑んでは食器を下げ、温かいお茶の配膳を終えたのを皮切りに。
椿が相変わらずの無駄を嫌う理路整然とした言葉で、端的に説明を始める。
「こいつは古の妖怪、八岐大蛇。安倍学園の裏山で封印していたが、どうやら何かの拍子にソレが解けてしまったらしい。そこに運悪く居合わせちまったのがお前達だ」
面倒事に関わりやがって、という恨み言がひしひしと伝わる物言いに、ほたるは思わずハハハ…苦笑する。
ヤマタノオロチ…テレビの特集などで見たことはあるが、まさか本当に存在していたとは。
しかし、実際にあの姿を目の当たりにしては、信じない方が無理もあるというものである。
椿ばあちゃんの話によると、学園で爆睡した状態の私をこの八岐大蛇さんが家まで運んでくれたらしい。
その後丸一日寝こけていたようだ。
ばあちゃんの呆れた視線が痛い。
ちなみになんでこの家を知っているのか?と八岐大蛇さんに聞けば、ん〜内緒と綺麗な笑顔を向けられた。
…ヤダ…ヨウカイ、コワイ。
そこでふと、ほたるは気絶する前の出来事を思い出した。
「このイケメンさんのことは分かったんだけどさ。…『トオカミエミタメ』って何?」
”トオカミエミタメ”
その言葉を発したとき、目の前が強い光に包まれ、このイケメンさん―ヤマタノオロチが怯んでいたような気がした。
何か特別な呪文なのだろうか?という単純な好奇心から聞いたのだが、見れば椿と百恵が大きく目を見開いていた。
…イケメンさんは、変わらず読めない笑みを浮かべている。
「椿様…やはり」
「あぁ、どうやらその様らしいな」
「え、何どういうこと!?」
自分を除け者に何やら神妙に頷き合っている2人に、ほたるはたまらず説明を求める。
「『遠神笑美給』は”遠つ御祖の神、笑み給え”という意味で、天星家に代々受け継がれる破魔祝詞でございます」
「お前には言ってなかったが、ウチは平安から続く由緒正しき祓魔師の家系だ」
「何それ初耳過ぎるんだけど!?」
天星家ってそんなに凄い家系だったんだ…と驚くと同時に、ウチに一般家庭にしてはやけに質の良い調度品が集まっている理由を理解した。
ばあちゃん、昔から高給取りだとは思ってたけど、まさか祓魔師だったとは…流石に予想の斜め上の役職である。
ほたるが話を飲み込めているかちらりと確認しつつ、椿は話を続ける。
「祓魔師っていうのは、文字通り人間に悪さを働く妖怪やら怨霊やらを祓うやつらのことさ」
丁度そいつみたいなね、とふいに指を刺された八岐大蛇さんは、おやおやと肩を竦めて苦笑している。
苦笑いすら絵になるな…
「ふふ、否定はしないよ。…しかしそうだな。弁明させてもらうとしたら、妖怪は人間の感情や思想が核として生まれてきたものだ。そんな僕たちが人間にちょっかいをかけるのは自然の摂理として当然じゃないかな?」
だって、人が一番嫌いなものは人だろう?と端正な表情を妖しく歪めて笑みを浮かべるオロチに、ほたるはゾクリと背筋が冷えるのを感じる。
そうだ、真面に会話をしているから忘れかけていたが、彼はほたるの目の前で校舎を大破させたあの化け物なのだ。自分なんぞ、赤子の手をひねるよりも簡単に葬ってしまえる人ならざる存在。
ほたるの目に警戒の色が浮かんでいるのに気付いたのか、大蛇は「あらら、怖がらせちゃったかな…」と眉を下げてほたるを見つめている。
そう、分かっている。彼は危険な存在。
自分と咲桜を殺そうとしてきた、血も涙も持ち得ないれっきとした妖怪だ。
…だが、このように、このように…
ずぶ濡れの子犬のような顔をされてはッ…!
「くっ…!!カワイイッ…!!」
「このバカ孫」
「チッ、ほたる様に褒められたからって調子に乗るんじゃないわよクソ蛇」
「ふふ、ご主人様は面白いね。僕にかわいいなんて言う人初めて見たよ」
あと百恵ちゃん包丁しまって、と殺気立っている百恵をどうどうと窘めるオロチに、ほたるは先程から思っていた疑問を投げかける。
「その、”ご主人様”って何?私、あなたのご主人に結なった覚えはないんだけど…」
こてんと頭にはてなを掲げて首を傾げる彼女に、大蛇はあぁ、とふわりと微笑んで答える。
…横の女からシャッター音が聞こえたことはこの際無視することにした。
「それは神様との制約みたいなものかな。本来なら僕はあの時君の祝詞で完全に退治されちゃったんだけど、君の式神になって生活を支えることを条件に復活させてもらえたんだ」
妖怪は一度消えちゃうと元には戻れないからね。
と、少し寂しそうな顔をするオロチに、百恵がすかさず「カワイコぶってんじゃねーよ」と感情の無い声で野次を飛ばす。百恵さん、落ち着いてね。
「な、なるほど。……うーんでも、どうして神様が私に?ってか、神様ってほんとにいるんだ......」
ほたるの言葉に、大蛇はくすりと笑みを浮かべて肯定する。
「うん、八百万の神様って聞いたことあるだろう?気が付いてないだけで、案外神様と呼ばれる存在は身近にいるものだよ。君が彼らに目をかけられている理由はよく分からないけど、気に入られているのは確かだろうね」
「気に入られている…」
そう言われても、私ただの一般SJK(予定)なんだよなぁ…というほたるの呟きに、今度は椿と大蛇が微妙な顔をする。
なんだ、私が一体何をしたというのだ。
「SJKが何かはよく分からんが…いいかほたる。確かにウチは祓魔師だが、その業界での立ち位置は後方支援だ。遠神笑美給ってのは弱体化の力であって、本来対象を消滅させるほど強力なものじゃない。まして、封印していた大妖怪をあっさりと祓い除けるなんて…」
「えぇ、別に良くない?強くてなんぼじゃん」
「ふふ、同業者が黙ってないってことだよ」
大蛇の言葉に、ほたるはあぁ、なるほど!と手を合わせる。
封印されていた―裏を返せば、今日に至るまで彼を倒せるかそれと同等の力を持った祓魔師は現れなかったということだ。
プロでさえ手を焼く厄災レベルの化け物を、ぽっと出の素人がひとりで、しかも本来の効果を大幅に超えた祝詞で退治してしまったとなれば…
元々の業界人からしたら、わぁすごいですね、で済む話ではない。
…もしや自分、大変厄介な事案に首を突っ込んでしまったのでは?とほたるはここまできてようやく事態の重さを理解し始めた。
だらだらと冷や汗を垂らしていると、徐に百恵が机に資料を並べ始める。
「な、何コレ…」
…学校のパンフレットだろうか?
とてつもなく嫌な予感がするも、目の前の紙に視線を移す。
”安倍学園高等学校 転入手続書”
「わぁ…」
思わず目を逸らしてしまった自分は悪くないはずだ。
できることなら、何も見なかったことにしたい。
「まぁ、同情の余地はあるが、拒否権はないな」
椿の容赦無い言葉に、ほたるはガーンと項垂れる。
「学園からお前に、特待生での転入推薦状が届いている。…十中八九、監視目的だろうな」
「そんなぁ…」
白蛇一匹倒しただけなのに…
自分の運の無さに心の中でさめざめ泣いているほたるに、百恵がすかさずよしよしと頭を撫でて慰める。
「安倍学園は、安倍晴明の子孫である現理事長が約30年前に開校した全日制の私立高校ですね。表向きは優秀な人材を多く輩出している名門高等学校とされていますが、実際は人、妖怪、神…種族を問わず、実力さえ伴えば入学可能な能力至上主義の学園でございます」
毎年全国から受験者が集まり、それでも合格するのは上位10パーセンにも満たないのだとか。
それを聞いてほたるは思わずぎょっと目を剥いた。
文武両道の品行方正なお金持ちが通う場所だとは思っていたが、まさかそんなに狭き門だったとは…
あれれ、私やっていけるかな。
明後日の方向に現実逃避を始めそうになるほたるに、大蛇がそっと両手を握って優しく言葉をかける。
百恵の射殺さんとする視線にも全く意に返していない大蛇、流石は筋金入りの妖怪である。
「ご主人様…いや、ほたるなら大丈夫だよ。君は神様に愛されているからね。それにほら、僕もいるし。ね?」
目と鼻の先で端整な顔面から笑みを向けられる。
繊細な銀色の髪がさらりと揺れ、ルビーのように煌めく真紅の瞳に見つめられると吸い寄せられるような感覚に陥る。
加えて声色は心まで包み込むような安心感のあるテノールときた。
…人間とはちょろいもので、落ち着いたイケメンから大丈夫だと言われれば、そう、何か、いける気がしてくるのだ。
「まぁ?私、一応特待生だし?安倍だか何だか知らないけど、ぱーっとやってやろうじゃん!妖怪も神様もなんぼのもんじゃい!」
「単細胞だな」
「ちょっとばあちゃん!さすがにひどくない!?」
「おい白蛇、ほたる様に許可なく触るとは万死に値する」
「はは、百恵ちゃんその包丁投げる癖止めてくれないかい?」
泣く子も黙る無表情で百恵から投擲される包丁を一本残らず片手で受け止める大蛇。
椿の言葉に口をへの字に曲げながら早速転入について咲桜に連絡するほたると、そんな三人に呆れつつもほんの少し口角が上がっている椿。
これが天星ほたるの紡いだ、愉快で賑やかなよろづ怪奇譚の、始まりのお話である。




