6.天星家
深い深い、記憶の底。
少女はあどけない笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
×××はね、…が笑ってる顔が、……なんだよ。
「…る、…きな…い」
なにが…も、絶対に、×××が…って…るから!
「…る、い…まで…んだ…」
だから、…して、笑ってよ…ちゃん!
「ほたる、さっさと起きないと晩飯抜きにするよ」
「おッはようございますッッッ!!」
脊髄反射でガバリと体を持ち上げたほたるは、
サラリと死刑宣告をする目の前の女性―ほたるの祖母こと天星 椿に非難の声を上げる。
「私の生き甲斐のひとつを奪うなんてひどい!!横暴!!私が何したって言うの!!」
…。
…あれ、ほんとに何してたんだっけ。
寝起きで未だぼんやりしている頭を動かし、ほたるは自身が今自宅の布団の中にいることを認識する。
確か…咲桜の忘れ物を取りに行って、大きな地震が起きたと思ったら、実は巨大な化け物で…
…うん?化け物?
「ッそうだよ化け物!!!ちょ、ばあちゃんこんなのんびりしてる場合じゃって、いたたたた!!??」
ずきずきと筋肉痛のようなものが全身を駆け巡り、ほたるは思わず顔を顰める。
骨の1本や2本折れていても不思議ではない状況だったが、見たところ大きな怪我などは負っていないらしい。
「こら、まだ完治してないんだから大人しく寝てな」
「だから、そんな場合じゃ!」
食い下がるほたるに、椿は面倒くさそうに溜息をついて、ほたるが今知りたいであろうことを簡潔に述べてくれた。
「まぁ、安心しな。咲桜ちゃんは無事だし、一応アレも上手く鞘に収まった」
ほっ…。
咲桜は無事、その一言を聞いただけで先程までの緊張が嘘のように霧散していく。
本当に良かった。彼女に何かあっては死んでも詫びきれないというものだ。
後でLIFE―スマホのチャットアプリで連絡を入れておこう。
うんうんと頷きつつ、ほたるは椿の言葉を反芻する。
言葉の感じからしてアレとは巨大な白蛇のことだろうが…言いたいことがイマイチ理解できない。
とどのつまりどういうことだとほたるが口を開けようとしたとき、開きっぱなしだった部屋の扉から百恵―天星家の使用人が顔を覗かせた。
「椿様、ほたる様のご様態はいかがでしょうか?」
モデル並みの八頭身スタイルを持つ黒髪美少女が、能面のような無表情のまま椿に問いかける。
「ふっ、見ての通りさ。心身共に異常無し。多少の疲労は残っているようだけど、こいつなら寝てりゃすぐに元通りだろうよ」
鼻を鳴らして笑う椿に、すかさずほたるも応戦する。
「ねぇばあちゃん??ちょっと馬鹿にしてる感じ普通にバレてるからね??馬鹿は風邪ひかないからなって副音声付いてるの聞こえてるからね??」
「…馬鹿?」
「あ、やば」
瞬間、ボソリと呟いた百恵がカッと目を見開いて、ずんずんとほたるの元へ近付いてくる。
「ほたる様が馬鹿など滅相もございません。天真爛漫でまさに天使のように愛くるしいではありませんか。いえまさにという表現は失礼ですね。これでは比喩表現になってしまいます。そう、天使ですよ天使。サラブレッド天使であるほたる様に微笑まれて落ちぬ人間などこの世に何人たりとも」
「あぁぁぁ百恵さんストップストップ!!!」
表情ひとつ動かさず死んだような目でほたるへの賛辞を捲し立てる百恵に、ほたるは慌てて待ったをかける。
物心ついた時から既に両親が他界していたほたるにとって、椿と百恵は親代わりの存在である。
そしてこの八頭身美少女こと百恵は、超がつくほどの親…姉バカなのであった。
隙をついては息を吐くようにほたるを愛でだす百恵に、もういい歳なのだから止めてくれと何度も訴えているのだが…そんなところもいじらしいと真面に取り合ってくれないのだ。
半ば諦めの境地である。
「ふふ、ほたるの家族は賑やかだね」
「そりゃ仲はいいけど限度ってものが…って、え??」
ほたるはたった今言葉を発した人物の方向にガバッと首を動かす。
うちは椿と百恵、そしてほたるの3人暮らしだ。
…じゃあ、今のはだれ?
さらりと絹のような銀髪。
おぞましくも目が離せない深紅の瞳。
思わず息を飲んでしまうような美青年が、にこりと妖しく笑っていた。
「やぁ、昨日ぶりだね?ご主人様」




