5.トオカミエミタメ
目が合った。
そう認識したときには、大木のような太い尾が既にほたるの眼前に迫っていた。
「っ…!」
寸でのところで下に屈み、何とか体勢を整える。無駄にずば抜けた己の反射神経に感謝しつつ、ほたるは紙一重で未知の生物―生物かも分からないが―の攻撃を回避する。
ドォォン!!
ゴォォォォッ!!!
「ちょ、ヤバいってレベルじゃないんですけどっ!?…っぶな!!」
とにかく開けた場所に出ようと辺りを見渡していると、土煙から微かに見慣れた姿が目に入る。
「ッ…!咲桜っ!」
校舎の入口、丁度靴箱があったであろうそこに
咲桜が力なく横たわっているのが見える。
跳んで転がりを繰り返し、パルクールのごとく咲桜の元へ駆け付けたほたるは、逸る勢いのまま彼女に声をかける。
「咲桜っ!さくらッ、大丈夫!?」
「うッ…ぐ…」
「怪我はッ……特に、なし。…はぁ、気絶してるだけか…」
どうやら上手く瓦礫が割れた位置で気絶したらしい。
目立った外傷はないようで、とりあえずは詰まっていた息を吐き出した。
未だ苦しげに呻き声を上げている咲桜を丁寧に抱え、どこか死角になる場所はないかと辺りを見渡すも―
「ゴォォォォ!!!ガァァァァァァ!!!」
空気を捻り潰すような咆哮を上げ、巨大な白蛇が四方八方に首を振り翳す。
「あぁもう!どうすればいいのっ!?」
近くの瓦礫の裏に隠れ、咲桜をそっと地面に下ろす。
「はっ!…そうだ、スマホ!!」
何かあればすぐに連絡しろといつも口酸っぱく言われてきたことを思い出し、ほたるは迷わず自身の祖母に電話をかける。
プルルル…
プルルル…
カチャッ
「っ!おばあちゃ」
ドォォォォォン!!!!
繋がったことに安堵した瞬間、無慈悲にもほたるの視界は開放的なものになった。
「あっ」
…目の前に、いる。
いつの間にか手を離してしまったスマホから何やら音声が聞こえているが、ほたるの耳には全く入ってこない。
白蛇の頭が明確な殺意を持って、こちらへ振り下ろされる。
音が、聞こえない。
スローモーションのように動くそれに、
ほたるはどこか冷静な脳でそれを判断した。
あ、死ぬ。
そう全てを悟り、瞳を閉じようとしたとき。
…誰かの、声が聞こえた。
『大丈夫。あなたは既に、力の使い方を知っているはずよ』
…誰?
若い、女の声だ。
『そんなこと、今はどうだって良いでしょう?ほら、早くしないとあなたもお友達も死んでしまうわ』
…そんなこと言われても。私に力なんて何も―
瞬間、ほたるの脳にひとつの言葉が思い浮かぶ。
これは…?
『はぁ、ようやく思い出したみたいね?なら、さっさとこの邪蛇を祓いなさいな』
呆れたように溜息をつく謎の声だが、不思議と不快感は感じられない。
…むしろ、暖かい陽光に包まれたような安心感がほたるの胸を満たしていた。
…不思議な感覚だ。
ほたるは右手を前に翳すと、言われるがまま、脳内に思い浮かぶそれをそっと口に出した。
「…とおかみ、えみため」
瞬間、溢れんばかりの白光がほたるの視界を覆い尽くす。
化け物の耳を劈くような叫び声が聞こえるが、どうも頭がぼーっとしている。
逆上せたようなほたるの脳内に、くすりと笑みを零す声が落ちる。
…先程の"彼女"だろうか。
『さぁ、可愛い可愛い私の神子ちゃん。闇に飲まれかけているこの世界を、貴方の光でどうか救って下さいな』
―天に愛されし少女、天星ほたる。
そう彼女が口にしたとき、ほたるの意識はぷつりと途切れた。




