17.謎解きクッキング
「はぁぁぁ!?家に帰ったら鷹介が居候として暮らすことになってたぁ!?」
「あはは、びっくりだよね~」
登校二日目。午前の授業を終え、ほたるは教室内でお弁当を広げていた。隣には咲桜が、前には昨日ドッジボールで散々お世話になった星羅と撫子がそれぞれ座ってほたるたちの会話に参加している。
妖術や神術など、初めましての世界に正直まだ理解が追い付いていないほたるだが、暴走した風詩を止められたことで自分にもできることはあるのだと前向きな気持ちになっていた。ルンルンと帰路につき、衝撃的な体験の数々を百恵や椿に話してあげようと元気よく居間の襖を開けると……
「……どうも」
「えッッ!?」
「お帰りなさいませ、ほたる様。こちらは貧乏神の物草鷹介。色々とありまして、本日より天星家の居候の身となります。ほたる様に無礼がないよう既に教育は終えておりますので、どうぞご安心していつも通りにお過ごしくださいませ」
ぺこりと綺麗にお辞儀をする百恵に「あぁ、そうなんだ」とつい流されそうになったが、いや待てーい!と冷静になる。
「居候!?ってことは、えっ、これから一緒にここで暮らすってこと!?」
「空き部屋はあるし、別に問題ないだろう」
「そういう問題!?いやもっとこう……神様、なんだよ?一緒に暮らすことに抵抗感とかそういうのは……」
座椅子で寛ぎながら口を開く椿に、ほたるがいやいや……と言葉を返そうとして、そういえば自身の祖母は使用人の正体が1000年以上生きる妖怪でも、孫がとんでもない大妖怪を持ち帰ってきても平然としている人間だということを思い出した。
今更神様がひとり増えたところで何も変わらないってことですか、そうですか。
……というか、貧乏神って居座って良いものなのだろうか?
ほたるの心を読んだように、椿が言葉を返す。
「普通なら貧乏になるが、お前が傍にいるうちは問題ないだろう。勝手にそいつの神力を抑えてくれるはずだ」
「アマテラスパワーすご……」
「最高神ですからね。……あぁ、そんな素晴らしい神様に見初められたほたる様のなんと尊く偉大で美しい……」
無表情で天を仰ぐ百恵のいつもの姿に苦笑いしつつ、こちらのやり取りを少し気まずそうに静観していた鷹介に右手を伸ばす。
「えぇと、こんな感じで変わった家族だけど……みんな根は優しいから、いつでも頼ってね。これからよろしく!」
にこっと笑みを浮かべるほたるに、鷹介はおずおずと手を握り返し、「……うん、よろしく」とぎこちなく返事をした。
「……ってことがあったんだよねー!まさかクラスメイトがうちに住む日が来るなんて」
「アンタねぇ、それ笑いごとじゃないわよ……貧乏神住まわすなんて正気の沙汰じゃないわ……」
あはは!と昨日の晩御飯を話すようなノリで話すほたるに、星羅は額を抑えて呆れていた。
「そうだよほたるちゃん。神様とはいえ、思春期の男子と一つ屋根の下で暮らすなんて……はぁ、ほたるちゃんの可愛さがどんどん世界に見つかっていく……私、もっと強くならなきゃ」
いつでもほたるちゃんを変な虫どもから守れるように!と力強く意気込む咲桜に、いやそれ以上強くなってどうするんだ、と星羅がツッコむ。そのうちアマテラスに決闘でも申し込む勢いね……と内心ひやひやする付喪神であった。
「ふふ、でも良かったですわ。物草さんのような、世間からはあまり良い印象を持たれていない神様は、不遇な扱いを受けることが多いのですよ。そして信仰が弱ければ、神力も弱まっていきます。祀りはせずとも、ほたるさんのように心優しい方が傍にいるだけで、物草さんはとても安心できると思いますわ」
彼も幸せ者ですわね、と上品に笑う撫子に、星羅も咲桜も大きく頷く。
ほたるとしては正直一緒に暮らすだけだからそこまで持ち上げられると逆に申し訳ない気持ちが募っていくのだが……まぁお互いはっぴーなら良いか、と開き直って卵焼きを口に入れる。甘味がじゅわっと広がり、ちょうど良い歯ごたえだ。さすが百恵さん。ちなみに鷹介のお弁当も百恵が用意しており、彼は風詩や真紘と食堂で食事をしているらしい。
「でも、ハチさんがよく了承したわね?そういうの嫌がるタイプかと思ってたけど……」
ほたるの隣の机に特別に設置された専用のクッションでゆるりと寛ぐ白蛇ことハチは、星羅の視線を受けて何でもないといった様子で言葉を返す。
「あぁ、別に構わないよ。ほたるに危害が及ぶわけでもないし、何かしらの契約を結んだわけでもないからね」
「ふふ、式神の余裕というものですわね」
「ちょっと、勝手に理解者面しないでくれる?私はまだあなたをほたるちゃんの式神とは認めてないんだけど?」
じとりと視線を向ける咲桜に、「おやおや、嫉妬深い子は嫌われてしまうよ」とあえて煽るように言葉を返すハチ。ふたりの不穏な気配を察知したほたるは、こらこら仲良く!と飛び散る火花の消火に勤しむ。
あれだけ弱っていたハチだが、大妖怪の名は伊達ではないのだろう。一晩寝たら全回復。目覚めて早々人間の姿に変化し、「そこに座りなさい」と説教が始まったときは、正直もう少し寝てもらってても良かったのに……と思ってしまった。
そして顔に出ていたのか、「ふぅん?そんな態度取るんだ?」と余計に機嫌を損ねてしまった。くそう、理不尽だ。
「アンタも変なのに好かれて苦労するわねぇ……めんどくさくなったらアタシのところに来なさい。愚痴ぐらいなら聞いてあげるわよ……」
星羅から本気の同情の視線を受け、あはは、有難いです……と苦笑いを返す。付喪神に哀れまれることってあるんだなぁ。ほたるが遠い目でハチと咲桜の応酬を眺めていると、「あぁ、そういえば」と何かを思い出したといった様子で撫子が手を合わせた。
「愚痴……とは違いますが、ほたるさんにぜひお会いしたいという方がいらっしゃるのです。私の友人なのですが、なんでもほたるさんに相談したいことがあるのだとか」
「へぇ、私に会いたい、って……また突然だね?こっちは全然大丈夫だけど、撫子さんの友達ってことは、相手は妖怪なの?」
ふふ、察しが良いですわね、と微笑む撫子。
神様の暴走を止めたあとは、妖怪のお悩み相談か……どんどん未知の領域に踏み込んでいってるな。
「ご都合がつくようでしたら、今日の放課後、調理室に足をお運びになってくださいな」
彼女が待っていると思いますから、という撫子の言葉に、顔を見合わせる三人であった。
キーンコーンカーンコーン……
チャイムと同時に、止まっていた世界が動き出す。
睡魔に襲われながらもなんとか午後の授業を終えたほたるは、咲桜を連れて調理室に向かっていた。
「お昼食べたあとの授業って何であんなに眠いのかな……」
「ふふ、うとうとしてるほたるちゃんも可愛かったから大丈夫だよ」
「どこが大丈夫なのかさっぱりだな」
「何で俺ここにいるの……」
あくびをするほたると上機嫌に笑う咲桜の後ろで、真紘と鷹介がそれぞれ呆れやら困惑の表情を浮かべて歩みを進める。
「あはは……星羅に『アタシは用事あるから、代わりに鷹介でも誘ったら?』って言われて……」
「別に真紘は呼んでないわよ。嫌なら先に帰ったら良いのに」
「僕は鷹介に頼まれて来たんだよ。ほたる一人ならまだしも、お前が絡むと何が起こるか分からないだろ」
「ふふふそれってどういう意味かしら?」
「そのまんまの意味だけど?」
互いににっこりと綺麗な笑みを浮かべているのに、全くもって穏やかな空気ではない。咲桜に血の気が多いのは元々だが、妖怪や神も案外やられたらやり返す精神なのだろうか。ここに来てからこんなやり取りばかり目撃している気がする……。見慣れているのか、鷹介はやれやれと肩をすくめている。
「二人っていつもこんな感じなの?」
「……まぁね。真紘はずっと昔から神代家に住む座敷童だから、それこそ神代が赤子の頃から知ってるんだよ。所謂、幼馴染とか、腐れ縁とか、そういう感覚なんじゃないかな……」
喧嘩するほど仲が良い、というやつか。確かに孫とおじいちゃんのような雰囲気には見えないな。どことなくハチと百恵のやり取りに似ている気がする。ほたるがうんうんと一人で納得していると、じーっと、何か言いたげな視線を鷹介の方から察知した。
「……えっと、どうかした?」
「へっ!?あっ、いや……その、」
立ち止まった彼は、右へ左へと逡巡したのち、栗色の瞳を真っ直ぐにこちらへ向けた。
つられてほたるも歩みを止める。
「……あ、あり、がとう。えっと、俺貧乏神だし、居候とか、正直嫌がられると思ってたから……いや、元凶がなに言ってんのって感じだけど、嫌われるのは構わないから、その、ちゃんとお礼言いたくて……」
どんどん消え入るような声に、ほたるは思わずふっと笑みを零す。
「えっ、な、なんか変なこと言った!?」とおろおろし始める鷹介。
「ううん、全然。むしろ安心したというか、神様も人間みたいに悩んだりお礼言ったりするんだなーって。それに、鷹介くんの気持ちが知れて私は嬉しいよ」
嫌いだなんて滅相もない!むしろ自分が嫌われてないか心配だった!と豪語する彼女に、鷹介はぽかーんと口を開けたまま固まっている。
「あれ、ほたるちゃーん?どうかした?」
「鷹介も鳩が豆鉄砲食ったような顔してるけど、何かあったのか?」
ほたるたちが付いてきていないことに気付いた二人が、振り向いて声をかけてくる。
「ごめーん今行く!」
そう返事をしたほたるは、再びこちらに向き直り、鷹介にだけ聞こえる声で言葉をかけた。
「じゃあ、これからは友達としてよろしくね」
鷹介、と少し照れながら自身の名前を呼び捨てに呼んだ彼女は、さらさらと金髪を靡かせながら先に行ってしまった。
「……ちょっと、ほんと、心臓に、わるい……」
その場にずるずるとしゃがみ込みそうな勢いの鷹介は、どうにか頬の熱を誤魔化しながら三人の元へ足を引きずって駆け寄る。
ほたるの首元から一部始終を眺めていたハチは、「あらら、全く罪作りな女の子だねぇ……」と哀れな貧乏神に少しだけ同情するのであった。
何度目かの階段を上がり、時折聞こえる部活動生の元気な声をBGMに歩いていると、「調理室」と書かれたプレートが目に入ってきた。
「へぇー、調理室って西棟の4階にあるんだね。……すごく今更なんだけどさ、何で調理室で待ち合わせになったんだろう」
周りは資料室や図書室などが並んでおり、生徒はほとんど見かけない。どこか閑散とした雰囲気だ。
こんなところに呼び出すとは、やはりそれなりの事情があるのだろうか。
皆も同じ疑問を抱いていたのか、「教室では聞かれたくないのかも?」「じゃあ空き教室でも良かったんじゃないのか」「料理系で困ってることがあるんじゃないの……?」と各々首を傾げる。
「とりあえず入ってみたらどうかな」
中に一人いるみたいだし、と扉越しに気配を探知したらしいハチが悩むほたるたちに提案する。
さすがは大妖怪。そんな便利なことまでできるのか。
廊下側の窓は閉め切られている上にすりガラスのため、こちらから室内の様子を窺うことは難しそうだ。ハチの言う通り、実際に入ってみるのが手っ取り早いだろう。あの温厚篤実な撫子と友人関係にあるのだ。入った瞬間即死するようなトラップを仕掛ける妖怪ではないと思うが……
ほたるは恐る恐る扉に手をかけ、開けようとした瞬間。
「あーーーーっ、待って!!!」
「えっ」
ドカーーーーン!!
中から少女の叫び声が聞こえたあと、何かが爆発したような大きな音が、開いた扉の隙間から黒煙とともに鼓膜を揺らす。何かが焦げたような臭いに思わず鼻をつまんだほたるは、周りの皆が特に怪我を負っていないことを確認しつつ、二日連続の爆発に心の中で苦笑いしていた。ホントなんでもありだな、安倍学園……。
「げほっ、な、なにごと……」
「わー、ごめんね!とりあえず換気するけんちょっと待っとってー!」
先程聞こえた声の持ち主だろうか。ガチャガチャと窓を開けるような音が聞こえてくる。言われた通りにしばらく待っていれば、次第に廊下まで立ち込めていた煙が晴れ、清々しい空気が肺を満たしていく。呼吸がかなり楽になった。視界が鮮明になり、改めて扉を開ければ……耳より高い位置の左右シンメトリー茶髪お団子ヘアを指先で整える、自分より少し高いくらいの背丈の制服姿の少女が、そこに立っていた。
「びっくりさせちゃってごめんねぇー。うちは2年C組の御手洗華子。ほたるの話はなでしこから色々聞いとるよー。とりあえず、今日は来てくれてありがとね!」
にぱーっと効果音の付きそうな眩しい笑顔を向けられ、「よ、陽キャだ……!?」とほたるが呆気に囚われていると、隣で咲桜の大きな溜息が聞こえてきた。
「なあんだ、相談したい子って華子ちゃんだったのね。こんな人気のないところに呼び出すくらいだから、ほたるちゃんを狙う変態クソチェリー野郎かと思ったわよ」
「わお、いつにも増して毒舌やね!?咲桜がほたるの親衛隊やってるって話、本当なんや……」
「親衛隊!?そんな話あるの!?」
華子の言葉に、ほたるは驚いて声を大きくする。というか、この二人面識があったのか。
「まぁそう思われても仕方ないんじゃないか?中等部でも高等部の一年でも、こいつがこんなに感情を出した瞬間なんて一回もなかったからな。ほたるからすれば、いつもの咲桜にしか見ないと思うが……」
「俺も昨日の神代見て驚いたよ。あんなにしゃべってるところ初めて見たし、なんか、ちゃんと人間なんだなって……思った」
そんなに違うかしら?と首を傾げる咲桜に対して、真紘と鷹介は大きく首を縦に振る。
いやいや、むしろこちらとしては親友が普段どんな様子で学校生活を送っているのか詳しく聞きたいところなのだが。感情を出さないだの人間らしくないだの、自分が知っている可憐でちょっと天然お姉さんな神代咲桜とは随分齟齬があるような……?
「ま、うちは今の咲桜の方が素って感じで好きやね~。……って、雑談してばっかやん!」
もーうちのアホ!と軽く自身の頭を叩いた華子は、改めてほたるたちに相談内容を口にする。
「”クッキーを作りたいけど、何度やっても爆発してうまくいかない”?」
そうなんよーと、華子は肩をすくめて相槌を打つ。
どうやら知人にプレゼントするためのクッキーを作っているようで、レシピ通りの材料と手順を踏んでいるにも関わらず、なぜか毎度加熱中に爆発してしまいどうしたものかと困っていたところらしい。
クッキングシートの上で無残に灰の山となったものを見せられ、一同はその惨状に思わずおぉ……と声を漏らした。
「クッキーの実物はまだ見たことがないけど、これが実物とは程遠いものだということは分かったよ」
「ま、まぁほら、あれだけ派手な爆発に巻き込まれたんだから、仕方ないっていうか……!」
「ほたる、思ったことははっきり言っても良いんだぞ」
「ちょっと真紘!ほたるちゃんは優しいんだから、ただお菓子作りのセンスが絶望的にないだけじゃない?なんて失礼なこと、わざわざ本人に言うわけがないでしょう!」
「たった今本人の前で言っちゃったよ……」
ハチの素直な感想にフォローを入れようとするほたるだったが、咲桜がそれらを綺麗に言語化してしまったため無駄骨になってしまった。「皆心の中で思っても言わないようにしてたのに……」と額を押さえる真紘と鷹介に、ほたるも苦笑を返した。
「うちもなんか変なものとか、余計な工程とか入れたんかなって何回も確認したんやけど、やっぱりどこもおかしなところはなかったんよ~!材料は揃っとるけん、生地作るところから見とってくれん?」
変なとこあったらすぐ言ってくれていいけん!とぱちんと両手を合わせてお願いポーズをつくる華子に、ほたるたちはお互いの顔を見合い、軽く頷く。
「……おっけー、りょうかい!華子ちゃんがおいしいクッキーを作れるように、私たちが全力でサポートするね!」
ほたるの力強い言葉に、華子が「ほんとにありがとう!」と目を輝かせる。
五人と一匹が調理台を囲み、所々手伝いつつ生地を作っては型を抜いていく。今回は一番簡単なプレーンのクッキーを選んでいるため、比較的スムーズに工程が進む。華子の動きにも特段これといった問題はなく、むしろ何度も作っているだけあってかなり手慣れているようにさえ感じた。
これには咲桜も驚いたようで、「ここまでできてなぜあんなことに……?」と余計に首を傾げていた。
星やハートやら可愛らしい形に生地を抜き終わり、あっという間に加熱の工程がやってきた。女子たちが型を抜いている間に男子組がオーブンの予熱を行っていたため、このまま生地を入れて170度で様子見しつつ焼くだけである。
「なんだ、普通に完成しそうだな」
「そうね、後は焼くだけだもの」
「あっ、そういうの先に言っちゃうと……」
拍子抜けだという様子で肩をすくめる真紘と咲桜に、フリのような発言は危ないと鷹介が伝えようとした瞬間。
ドカーーーンッ!!
……オーブンが、爆発した。辺りを黒い煙が立ち込め、視覚と嗅覚に強烈な刺激を与える。
「うっ、げほっ、ほら、こうなった……」
「けほけほっ、こ、焦げ臭い……とりあえず換気して、げほっ、くるね!」
「えーん今回も失敗したぁ~ほんとなんでなぁん?」
「こちらから見ても、特に手順に問題はなかったと思うし……生地か、それとも使用している容器に問題があるかもしれないね」
しくしくと泣き真似をする華子に、ほたるの肩から離れたハチが冷静に分析した結果を伝える。
一方のほたるは、涙で滲む視界でなんとか窓を開け、外の澄んだ空気を思いっきり吸い込む。あぁ、生き返る……。熱が収まるのをしばらく待って中のトレーを取り出してみると、最初に華子から見せられたときと同じような灰燼ができあがっていた。なんという虚無感。ごめんなさい、名もなきクッキーたちよ……。でもオーブンが壊れていないのは不幸中の幸いである。華子曰く、安倍学園の器具は市場に出回っているものよりも何百倍の耐久度を持っているらしい。さすがは規格外学園、無機物までも規格外とは恐れ入る。
どうやら一筋縄ではいかない相談事らしいことをようやく理解したほたるたちは、襟を正し真剣に問題点探しに取り組むことにした。
オーブンの温度を変えたり、器やそもそものレシピを変えたりたりして様々な角度から調整を加えてみたのだが……。
ドカン!!
ドッカン!!
ドッカーンッ!!
見事にすべて、加熱数秒後に爆音とともに黒焦げと化してしまった。
これにはその場にいた全員開いた口が塞がらない。いつも涼し気なハチも珍しく目を丸くしていたため、からかいの言葉でもかけてやろうと思ったのだが……。次の瞬間には、「ふうん、そういうことか」と納得したように言葉を零し、余裕綽々な表情に戻ってしまった。えっ、どういうこと?
さすがにその様子を見てスルーするほど鈍感でもないため、何か分かったのかと人の右肩で寛ぐそれに声をかける。自分だけ高みの見物をしようなんて、許さないぞ!
「そういうことかって……その感じ……こらハチ、ちゃあんと私たちにも教えなさい!」
「そうよ。ほたるちゃんの式神を名乗りたいなら、主人を立て、役に立つぐらいはしてくれないとね。少しは働きなさい元ヤン妖怪」
「ふふ、二人ともそんなに怖い顔をしないでほしいな。僕から説明しても良いけど……せっかくなら、その道のプロフェッショナルに頼んでみてはどうかな?」
プロフェッショナル……?首を傾げながらハチの視線の先に目をやると、「あー……そういう感じね」と鷹介が困ったように頭の後ろに手を置いて肩をすくめていた。
「その反応、鷹介も爆発の謎が解けたってこと!?」
「神格持ちのハチさんに貧乏神の鷹介だけがわかること……あ、もしかして、神力が関わってるのか?」
ほたるが驚きの声をあげたあと、真紘が閃いたといった表情で鷹介に顔を向ける。
「……うん、正解。御手洗の流れを見てても、本人におかしな点はなかった。だとすれば、原因は使ってる道具だったり、この空間そのものだったりする可能性が高いと考えられる。そう予測して、次を観察してみたら……そのオーブン、僅かだけど神力を帯びてたんだ」
そう言われて先程まで使っていたオーブンをじっと見つめてみるが……うーん、ただの、オーブンにしか見えない。神格を持っているリアル神様にしか見えないのか、咲桜や真紘もよくわからないといった様子だ。
「ふむふむ、これに神力が。確かにうちは妖怪やから神力の流れまでは詳しく分からんけど……それの何が問題なん?神力って、仰々しい響きやけど、ようは神様からのおまじないみたいなもんやん?むしろ良い効果とかありそうやけど……」
そう首を傾げる華子に、ほたるも同意する。昨日仮眠室で風詩の懺悔中に教えてもらったことだが、本来の神力というのは人間を助けるために使うおまじないのようなもので、あんなに彼の神力が破壊的だったのは、力が暴走したからなのだと。つまり、ちょっと器具が神力を帯びているくらいでクッキーが粉々になるほどの影響が表れるとは思えないのだ。
しかし、ほたるの疑問とは裏腹に、咲桜や真紘が「あぁ!」と納得したような声をあげた。
「そういうことだったのね。”お菓子を作ったのが華子ちゃんだった”ことが鍵だったんだわ」
「……なるほど確かに、言われてみれば当然の結果ではあったな」
「えぇ、咲桜も真紘くんもわかったの!?華子ちゃんが作ったから爆発したって……それが神力とどんな関係が……って、あっ……!」
妖怪である華子と神力、この二つに一体何の関係があるのかと今までの記憶をたどっていると、とある言葉が脳裏に引っ掛かった。
『人間同士にも相性があるように、神力や妖力にも相性がある。神は人を癒すことができるが、妖は人の脅威になることしかできない。そういう理なんだ。……そして神と妖は基本的に相性が悪い。神力と妖力の相性は最悪だ。君は神の加護を受けてるから、妖力との相性も人一倍悪い。いいかい?くれぐれも、今後は軽はずみな行動を……』
今朝のハチのお説教タイムのときに言われた言葉だ。正座のせいで足が痺れてあまりハチが言っていた言葉を覚えてはいないが、大切な部分は覚えていて安心した。神力と妖力は相性が最悪。これのせいだったのか!
ほたるの方をちらりと見て、「……もうみんな分かったみたいだけど、一応解説する」と鷹介が淡々と言葉を続けた。
「妖怪である御手洗が触れたものは、僅かながらに妖力が流れる。型にしろ生地にしろ、触れていれば無意識に妖力が流れていてもおかしくはない。……君ならなおさら、ね。そして妖力を浴びた生地を、微量でも神力が含まれているオーブンという空間に入れれば……」
ドカーン、と脳内で何度も聞いた爆発音が再生される。
謎が解けたことで、クッキーたちの無念も少しは晴らせただろうか。彼らの犠牲も、無駄ではなかったということだ。
「……なんか、それぞれの力にも法則みたいなのがちゃんとあって、化学みたいだね!でもそれだと、毎度学校内で爆発が起こって大変じゃない?」
ほたるがなんとなく思ったことを口にした瞬間、空気がしん、と静まり返る。
「……そう、これは業界の人間や人外なら当たり前の常識。普通なら、自分の力が残らないようにコントロールするし、微量の力でも察知できるように感覚を磨く。それをこの学園の生徒、ましてや管理人を担う君が、うっかりたまたま見逃していた……なんて、無理が過ぎると思うけど」
じっ、と真意を探るように、鷹介は華子を真っ直ぐに見つめた。
静寂が、両者を包み込む。……先に破ったのは、華子の方だ。
「……ふ、ふふふ、あはは!ばれちゃったかぁ~。さすがは神様!そこまで堕とされても、知識と洞察力は健在やね!」
「……っ、それは」
ぐっと言葉を詰まらせる鷹介に、「ごめん、これは禁句やったねぇ」とわざとらしく目を細める華子。
からからと楽しそうに笑う彼女からは、可愛らしい少女のはずなのに、なぜだか不気味さしか感じられない。
にわかに咲桜がほたるを庇うように前に出る。
「いくらあなたでも、ほたるちゃんを傷付けるつもりなら許さないわ」
「へぇ、人間ごときがうちに敵うと思っとるん?優等生な神代咲桜がそこまでおバカな人間やとは思わんかったわ~」
咲桜の睨みに臆するどころか、へらりと肩をすくめてみせる華子。……”人間”、そうか。やはり彼女も妖怪なのか。今までの温厚で親しみのある雰囲気とは一転して、こちらを格下の種族としか見ていない華子の態度に、彼女が人外だという現実をまざまざと突きつけられる。撫子と同様に仲良くなれそうだと心のどこかで期待してたため、少しだけショックだ。
しかしそうなると、彼女の目的は何だ?こちらを排除したいならば、こんな回りくどいことなんかせずに、お得意の妖力でぱぱっとやれたはず。
「うちの目的が気になるって顔やね~。別に取って食おうなんて怖いことは考えてないんよ?ほたるにひとーつだけお願いがあるってだけで」
そう言って華子はほたるの上から下を舐めるように眺め、にやりと口角を上げる。
こ……こわ!聖の初対面時と似たような悪寒を覚え、無意識に一歩後ろに下がる。
「わーん、そんなに身構えられると傷付くやん……うち、逃げられると追いたくなるタイプなんよね」
「ひえっ」
一瞬だ。文字通り、一回だけ瞬きをした。前方にいたはずの彼女は姿を消し、代わりに後ろから手を回されて耳元で囁かれる。い、いつのまに後ろに!?というか、身動きが取れない……!一見すれば女の子同士で戯れている微笑ましい絵面だが、首元に軽く添えられた果物ナイフを見れば全く笑えない。冷汗だらだらである。心のなかで助けてハチ!!!と叫ぶが、当の本人は無反応。日頃のバチが当たったんだろうね、反省しようか。みたいな言葉を返された気がして、こいつぅぅと思わず悪態をつきたくなる。もしや昨日のことを根に持ってるな!?なんてねちっこいやつだ!性格まで蛇蛇してなくくても良いだろう!!華子の真意が分からないため咲桜や他の二人もどう動くか迷っているようで、一触即発の空気である。
「とほほ……ここに来てから修羅場ばっかり……」
「ほたるも苦労しとるんやね~」
「そう思うんだったらこの物騒なのしまってよぉ……命に関わらなければどんなお願いでも聞くからさ……」
降参しますと両手を軽く上げるほたるに、華子は「ふぅん、何でも良いんやね?」と言って、ぱっとほたるから手を放す。
ほっ……どうやら命の危機は去ったらしい。大きく出過ぎた感はあるが、何事も命あっての物種である。詰まっていた息を吐きだし、改めて華子の方へ振り返った。
ほたると視線を合わせた華子は……ふっと悪戯っぽく笑って、自身の片手を差し出してきた。
「じゃあ、うちと友達になってもらおっかな!」
「ひぃっ、どうか魂の半分くらいでご容赦を……って、え、な、と、ともだちぃ!?」
身構える中で全く予想していなかった言葉に、思わず声が裏返ってしまった。友達って、あの友達だろうか?
「……一緒に話したり、お昼食べたり、遊んだりする、あの友達?」
「そうそう、その友達!」
逆にそれ以外何があるんよ~と陽気に笑う華子からは、もう先程までの不穏な気配は感じられない。に、二重人格、いやこの場合妖格だろうか……。あまりにころころ雰囲気が変わるため、別の意味で恐怖心が増すほたるであった。豹変スイッチがどこにあるか分からないのは、人間も妖怪も変わらないらしい。
「友達ぐらいなら全然良いけど……それなら、こんなに回りくどいことしなくても……」
クッキーやら神力やらの流れは必要だったのか、という言葉が顔に出ていたのだろう。華子は「あーそれね、」とニコニコしながら口を開く。
「特に深い意味はないんよ。単純にほたるがどんな人間なのか興味があったのと、神力とか妖力にもっと慣れ親しんでほしいなーって思っただけ!騙し討ちみたいになったのは申し訳ないなってちゃんと思っとるよ、ごめんねっ」
ぱちんと手を合わせて頭を下げる華子に、嘘をついている様子はない。なんだそうだったのか……とようやく安心したほたるは、改めて華子へ自身の右手を差し出した。
「もう知ってると思うけど、2年D組の天星ほたるです。よろしくね、華子ちゃん」
ほたるの手を華子も握り返し、同じように自己紹介をする。
「2年C組……兼、安倍学園の七不思議首席、筆頭管理人の御手洗華子だよ。トイレの花子さんって言った方が、みんなには伝わりやすいんよね。うちのことは呼び捨てで良いし、学園で困ったことあったら何でも相談してくれて良いけんね!」
ここじゃうちがルールやから!と元気いっぱいにぐっとサインしてくれる華子に、思わずこちらまで笑顔になる。
「って、普通に聞き流してたけど、トイレの花子さんってあの七不思議のやつだよね!?そりゃ妖怪として通っててもおかしくないけど、わ、わあ、ほ、ほんものなんだ……!!」
何だか芸能人と握手しているような気分になり、急に胸が高揚してくる。だってあの花子さんだぞ、小学生のときに何度三階の女子トイレに行ってノックしていたことか……!
「むきー!ほたるちゃん、そいつに騙されちゃダメよ!!人畜無害なふりして目的のためなら手段を選ばない腹黒女なんだから!!」
「咲桜、それは自己紹介がすぎると思うぞ」
「そうそう、束縛強い人間は嫌われるって、なでしこも言っとったよ~」
「はぁ!?どこがよ!!というか、あなたはいつまでほたるちゃんに触ってるつもり!?そろそろ離れなさい!!」
「あはは、ま、まぁ……一件落着ってことで、良かったんじゃないかな」
「ふふ、そうだね。これから色々な妖怪と関わっていくことになるだろうから、良い予行になったと思うよ。……あの青龍にしてやられたのは腹が立つけれど」
ふっと仄暗い笑みを浮かべて、誰にも聞こえない声量でぼそりとつぶやくハチ。オーブンに残っていた神力は、紛れもない聖のものであった。……果たして華子の言った言葉がどこまで本当で、誰が裏で繋がっているのか。彼女の様子から、ほたるが筆頭管理人のお眼鏡にかなったらしいことは分かったが……。
本当に、油断も隙もない連中である。
だがまあ……そう遠くないうちに、この学園は彼女にとって強力な後ろ盾となってくれるだろう。
「じゃーん、実はクッキーたくさん用意しとったんよ~!みんなで食べよ!」
「わーすごい!!私この紅茶味みたいなやつが良い!」
「はぁ!?なあにちゃっかりお菓子で誤魔化そうとしてるのよ!もっと反省の意を見せなさい!待ってね~ほたるちゃん、先に怪しい物が入ってないか毒見するからね」
「お前は本当に素直じゃないな。ちなみに僕はこのチョコチップをもらうぞ」
「はは……折角だし紅茶でも入れようか。確か春休みに家庭科部が使って余ったものがあったはずだから……」
ぎゃーぎゃーと賑やかに、しかし楽しそうなほたるたちの様子を、ハチは静かに眺める。
『あなたには今日から、あの子の式神になってもらうわ。そして時が来たら……
あの子を、殺してもらいます』
全ては、心優しき主人のため。彼女のためならば、どんな手だって使ってみせよう。
……例えその結果、守るべきものに、深い絶望を与えたとしても。
「ハチはー?って、いつの間に人型に……まぁいいや、クッキーどれ食べたい?」
「ふふ、君が選んでくれたものなら、僕は何でも喜んでいただくよ」
茜色に包まれた教室で、銀髪の青年が、ふっと頬を緩ませる。
この子のいない世界に、価値なんて無いのだから。




