16.君の気持ちが分かった気がするよ
「おっ、目が開いたゾ~」
「どえッ……!?」
目玉ひとつと口ひとつ。和傘のような物体が、視界をドーンと占拠している。
驚きで思わず変な声が飛び出るほたるを、横からくすりと笑う声が。
「ふふ、ご加減いかがかしら?」
「あ、撫子さん……!」
椅子に腰かけて笑みを浮かべる彼女を見て、先程までの記憶がするすると脳内を駆け抜ける。
「そうだ風詩くんっ!あのあとどうなっ……てあれ、ここ体育館じゃない……?」
壁や天井が先程よりも随分と近くにあることに気付き、どうやら別の場所に移動させられたらしいことが分かった。
ベッドに寝かされているこの状況……もしかしなくても祝詞を唱えて気絶してしまったのだろう。
あぁやってしまったぁ……ハチにどう顔向けしよう!
ぐぐ……と項垂れるほたるに、さらに撫子の隣にいた人物が声を掛ける。
「アンタねェ……開口一番が他人の心配?アイツなら元気よ。アンタのおかげでぴんぴんしてるわ」
さっき全員の前で土下座してたんだから……そう溜息をつく少女の顔を見て、ほたるの頬が思わず緩む。
「星羅!もう大丈夫なの?あの時は助けてくれて本当に……」
「だぁぁぁもう!アンタはもっと自分の話をしなさいよ!バッカみたいにデカい神力感じて飛び起きたら、体も魂もボロボロで霊力すり減ってるアンタが運ばれてきたアタシの気持ち分かる!?」
目を吊り上げてぐいっとほたるの眼前に詰め寄る星羅に、同じく部屋にいたらしいこのはや真紘がやれやれといった調子で言葉を返す。
「素直に心配したって言えばいいのは~」
「国語の設問みたいな文句だな」
「さっすが我が学園が誇るツンデレ界のエースストライカー星羅氏……!!言動から振る舞いまで、まさに一級品の尊み神ストレートでござる!」
「うっ、うっさいわよ!外野はだまってなさい!……ってか、アンタたちはいつまでそこで寝てんのよ!」
染まる頬を誤魔化すようにビシッ!と星羅が指差す先には、向かい側で自分と同じくベットから上体を起こしている百合園の姿が。
その隣にはやっほーとこちらへ手を振る春祈の姿があり、なるほど気絶した皆はここへ運ばれていたのかと納得する。
「ここは仮眠室にゃーよ。ウチは大抵の傷なら勝手に治っていくヤツが多いから、保健室がないんだにゃー」
「えっ、保健室がない!?」
このはと真紘の間からにゅっと顔を出したたくろに、ほたるは思わず丸ごと同じ言葉を返す。
「ないにゃーねぇ。にゃはは、残念だったにゃ!ウチじゃ保健室の先生とのあまーーい青春ライフは最初っから閉ざされてるにゃーよ!」
「別に青春できないのがショックで聞き返したんじゃないと思うわよ……」
にゃっはっは!と上機嫌に笑うくろに、星羅が額を押さえながらぼそりと呟く。
そんな賑やかなやり取りにたまらず笑みを零していると、ふと自身の枕の横で小さな白蛇がとぐろを巻いていることに気が付いた。
「……ハチ?」
「……」
反応が無い……怒ってる……?と一瞬身を強張らせたが、どうやら眠っているだけのようだ。
上目のまま寝ているのがなんとも可愛らしい……
初めて見るハチの姿に、むふふふ……とだらしなく頬が緩んでしまう。
「よく眠っているわね。……ふふ、ほたるさんの傍が、彼にとってそれほど安心できるという証拠ですわ」
「ハッチーめちゃくちゃ頑張ってたにゃーよ?ここまでほたるを運んできたのもハッチーだにゃえ」
「アンタのことぶっ通しで治療してたのよ。破壊大好きの迷惑妖怪がやけに大人しくなってるもんだからきも……不思議に思ってたけど、まさか神格持ってるなんてね……アレが神力フルで回して真剣な顔で治療してるもんだから、三回ぐらい頬抓っちゃったわよ。しっかり現実だったわ」
神格とは、あなたを神様として認めますよという免許証のようなもの。
医師免許の無い医師が公的な手術を行えないように、神格を持たない神は公で神力や神術の行使を禁じられている。
通常ならば試験に合格して取得しなければならないそれだが、ハチの持つ神格は恐らくほたるの守護神であるアマテラスが直接授与したものだろう。
我が子の初めてのお使いにSP付ける大統領夫人かよ、と肩をすくめる星羅に「あはは……確かにちょっと過保護かもね……」と苦笑しつつ、そこまでハチが尽くしてくれていたことに不謹慎ながらも嬉しさがこみ上げてくる。
「好きだよ」「君が一番だ」「僕以外の式神なんて不必要だろう?」と今まで全くもって取り合っていなかったハチの言葉たちだが、もしかするとほんの少しは本心が混じっていたのかもしれない。
彼が目を覚ましたら、ちゃんとありがとうを伝えて……今後はもう少し、優しく接してあげてもいいかなぁ……
百恵との扱いの差に不満を漏らしていた彼の顔が思い返しながら、そんな考えを巡らせる。
「……あ、そういえば風詩くんは?……ここにはいないみたいだけど、もう帰っちゃった?」
「あー……アイツは……」
ぐるりと辺りを見渡し、二十床ほどあるベッドのどこにも彼の姿が見当たらないことに気付いたほたるは首を傾げる。……多いな、ベッド。
既に夕焼け色に染まっている窓の様子からかなりの時間眠っていたことが分かる。星羅の言葉からもD組の皆への謝罪は既に済んでいるようだし、とっくに帰宅してしまったのだろうか。
せっかくなら元気な姿をこの目でも見ておきたかったのだが……
そんなほたるの疑問に星羅はどこか遠い目をして、くろや撫子、周りにいる面々も「まぁ……」「うふふ」「あいつはなぁ……」「仕方ないでござるよ」とぎこちなく言葉を濁す。
「……?なにかあったの?」
ほたるがますます疑問符を増やしていると、入り口の扉が丁寧に三回ノックされた。
はーい!と返事をすれば、扉の先から見慣れた群青色の少女が。
「……あぁ、咲桜!まだ残ってたんだ!ねぇ、外に風詩くんいなかっ……」
た?という語尾は、咲桜が片手に持つロープの先――……グルグルに巻かれて床に引き摺られている風詩の姿を見て、すっかりどこかへ飛んでいってしまった。
「えっと、咲桜、それは……」
「ほたるちゃん!良かったぁ元気そうで……!」
「あっ、スルーしてく感じね……」
「さつきちゃんがね、ほたるちゃんが目を覚ましたって教えにきてくれたの」
さもいつも通りですといった様子で会話を続ける咲桜の隣で、ぴょんぴょん飛び跳ねるソレに視線を向ける。
さつき、と呼ばれたその傘は、最初にほたるの視界をダイナミック占拠していたあの和傘と同一人物であることに気付いた。……言われてみれば、星羅たちと話していたときは部屋にいなかった気がする。
持ち手を足のように弾ませて「そうだゾ~感謝しろ~」と傘に生えた口を動かす様子から、なるほどこの子はからかさ小僧的なあれだろうかと予想を立てる。
「ふふ、助かったわよ。……それじゃあ、準備に取り掛かりましょうか」
ぱん、とひとつ鳴らされた拍手を合図に、咲桜の後ろからぞろぞろと人が入ってきたかと思えば、手前にあるベットを端へと移動させていく。
「えっ、えっ、急になに!?……って、桃李さんにトワちゃん!?あれ、よく見たらみんなD組の人達じゃん!?」
Bチームにいた要や成瀬、白峯の姿も見受けられ、皆咲桜によって集められたのだろうと察する。
右端で独りでに動くベッドは影無くんだろう、間違いない。
状況をあまり理解できずぽかーんと固まるほたるをよそに、彼らはテキパキと体を動かし、やがて完成したソレを取り囲むように位置についた。
こ、これは……
地面に置かれた円形の台から2mほど伸び、さらに左右に分かれた十字の柱に固定された風詩を見て、咲桜はうむと満足そうにひとつ頷いた。
「さぁ、愚か者の処刑タイムといきましょうか」
「いやぁぁぁぁぁぁお助けぇぇぇぇぇ!!」
まさに磔刑。槍をぶんぶんと振り回し、ウォーミングアップを始める咲桜に風詩が絶叫する。
見たところ元気そうで良かった。……まさに今その命が危機に瀕してはいるが。
「おいお前らぁ!何で観衆側に回ってんだよ助けに来いよぉ!!」
「あー?んなもん自業自得だろ。私らメロスじゃねーし」
「えぇ、女王は大層ご立腹のようで我々ではもはやどうすることも……」
「残念、世界はハッピーエンドばかりじゃないんだよ」
「……神はおっしゃいました。ここで貴方は死ぬ定めだと……」
「四面楚歌じゃねーかよぉぉ!!せめてひとりぐらい賛美送ってくれてもよくない!?俺だって一応神様なんだよ!?」
「よしよし風詩はよくがんばってるよ~。ご褒美に風詩の生命線切ってあげるねっ!」
「ぎゃあああ!?そのデカいハサミ向けるのやめてッ!!善意で何でも切ろうとするリアルサイコパスの賛美はいらないんですけどぉ!?」
ねぇっ!?と情けなく涙と鼻水を垂れ流す風詩は、観衆サイドで唯一常識が通じそうな要にがばっと顔を向けて助けを求める。
「いやぁ……そりゃ助けたいのは山々だが……天星さんがいなかったら、お前即刻退学処分だったんだぞ。今聖先生が寿明理事長と話し合ってるけど、多分お咎め無しって言ってたし……」
これぐらいはまぁ……仕方ないんじゃないか、と困ったように笑う要に、観衆達や咲桜はそうだそうだと野次を飛ばし、さすがの風詩もウッ、それは……と言葉を詰まらせる。
確かに、今回彼女には神として打ち首されても当然と言える迷惑をかけてしまった。
ここはひとつ、潔く散るのが和の流儀というものか……。
そう風詩が覚悟を決めていると、今まで隅で座り込んで一人かちゃかちゃと何かを操作していた海呼が口を開いた。
「ねェ、せっかくなら十字架に取り付けた機能いくつか試してみてもいいかい?このスイッチを押したら作動する仕組みになってるんだ。試しにこの『今まで夜のえっちなお供に使ってきたものしか言えなくなる』スイッチとか……」
「いやぁぁぁぁぁ!!今すぐ俺を殺せぇぇぇぇぇぇ!!」
それは話が違うだろ!!ちょ、咲桜ちゃんそんな冷たい目で見ないでよ!!
おい男どもォ、なにキラッキラした目でコッチ見てんだ!!祟るぞ!!
「さっさと観念して死ぬんだゾ~」
「おいさつきソレを押そうとするな!だいたい能力セーブ役のお前がどっかふらついてるからこんなことになったんだろうが!!なに他人事みたいな顔してんだ!」
「ん~責任転嫁なんだゾ」
「部下の管理は上司の務め……人間界の常識よ」
「待って咲桜ちゃん槍向けないでおっ、落ち着こうほらっ!」
「――……槍奉」
「いやぁぁぁぁ!!」
「わー!みんな一旦ストップストップ!」
ぎゃーぎゃーと風詩たちが騒いでいるところへ、星羅に支えられたほたるが慌てて姿を現す。
「ほたるちゃん……」
「あはは、すごいねこれ。近くで見るとさらに迫力があるや。……えっと、とりあえず咲桜はそれしまおっか?私は元気だし、風詩くんに怒ってるわけでもないからさ」
ね、と優しく微笑むほたるに、咲桜は何か言いたげに口を何度か開け閉めした後、はぁー……と大きな溜息をついて槍を一振りする。
「うわっ!?……っ、てあれ、金具が!」
どさり、と地面に手をついた風詩は、どうやら今の一閃で拘束具を外されたらしいことを理解した。
しかし安堵したのも束の間……コツン、コツンと、ほたるが近づいてくる足音に、全身から血の気が引いていく感覚がする。
怒ってはない、彼女はそう言ったが、それ以外の負の感情が無いという意味ではない。
失望、憎悪、嫌悪……彼女がどんな表情を浮かべているのかが怖くて、顔を上げられない。
自分でやらかしておいて嫌われたくないとは、我ながら虫が良すぎる話だ。
……分かっている。だが、無理なのだ。脳裏に焼き付いた彼女の瞳が、睥睨の色に染まっているのを想像しただけで、息ができなくなってしまう。
……お願いだ、嫌わないでくれ。
だって、だって、俺はもう、君のことが――
しかし悲しいかな。彼女はそんな俺の気持ちなんてお構いなしに、そっと頬に両手を添え、顔を上げさせる。
目が、合って。
――……あ。
瞬間――視界が真っ黒に染まった。
「っ……!」
「わあああああほんとよかったぁぁぁ!!加減間違えてハチのときみたいに木っ端微塵にしちゃってたらどうしようかと思ったよぉぉ!!」
「っ!?あ、あまほしさ……ぐっ……!」
ぎゅうと頭に腕を伸ばされて、うまく息ができない。
どうやら抱き着かれているらしい。
……抱 き 着 か れ て い る ら し い ! ?
え、なにこれどゆこと神展開!?どこで確変入った!?
待って、めっちゃいい匂いするんですけど……?
あのーてか、めっちゃ顔に当たってます。アレが。
しかもあの天星さん、着瘦せするタイプなんですね……けっこう、いやかなりデカいむ……
すっ……と背中に鋭利な刃物を向けられる気配を感じたため、これ以上考えるのは危険と判断した。命、だいじに。
「あ……の……む……じゃなくて……いきが……」
「えっ、あっ、ごめん!私がトドメ刺しちゃってたね!」
うっかり、と頭の後ろに手を置くほたるに、風詩は思わず込み上げてきたものをぐっとこらえる。
――あぁ、変わらない、よかった……
「ううん、君なら大歓迎だよ……なんてね。……ごめん、天星さん。君を危ない目に合わせて。おこがましいとは思うし、何様だって感じだろうけど……ちゃんと言いたかったんだ。……ありがとう、俺を助けてくれて。俺と……等身大で向き合ってくれて。俺、めっちゃうれしかったんだよ」
一緒に謝ろうって、言ってくれたこと。
……あぁ、いま、おれ、ひでーかおしてんだろうなぁ……まじだっせぇ……
金をぼやかした目の前の少女が、ふっと笑う気配がする。
「大げさすぎだって。それに、ちゃーんと皆に謝れてるじゃん。私なんて大口叩いた割にこうしてぶっ倒れてるわけだし、ほんと格好つかないよ。もっと修行しないとだね……あ、え、てか謝るで思い出した……私、ハチとの約束片っ端から破っていったから、ハチにごめんなさいしないといけないんだ……えこれ帰ったら、めーっちゃ怒られるやつじゃない?え、だれ?今後は優しくしてやるか……とか付き合ってすぐの俺様彼氏みたいな言葉吐いたやつ。ちょ、ホントにまって……」
やばいやばい!静かに怒る美人はマジで怖い!!と百面相するほたるに、顔を袖で雑に拭っていた風詩は思わずふはっと吹き出す。
先程までの絵画の中に住まうような少女はどこへやら。
目の前には、自身の式神の機嫌をどうにか取れないかと頭をひねらせる普通の高校生の姿があった。
……あぁ、なるほど。
顔はそのままに、風詩はそっと、後ろの彼女にだけ届くような声で呟く。
「君の気持が、分かった気がするよ」
群青色の髪の毛を揺らして、少女は静かに口角を上げた。




