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15.ふるうは力、はらうは涙



「追わなくて良いのかァ?このままだとお前の主、魂ごと消え去っちまうと思うぜェ」


 へらりと笑う男に、天誅が下る。


 男の頭上目掛けて直進するそれは、しかし寸でのところでバチッ!と枝分かれして男から離れていく。


 それは、隣に立つ男も同じのようで。


 まるで休日の公園を眺めるように佇む彼らの、なんと異質なことか。


 (ひじり)の言葉に、ハチは「必要ない」と間髪入れずに否定を返す。


「ハハッ、だろうなァ~」


 鼻歌を歌うように答え、聖は心の中でじっくりと味わうように呟いた。


――……だってアレは、アマテラスのお気に入りなんだからよォ


 愉悦に歪む口元が、眩い光で映し出された。




「うわぁー勢いで来ちゃったけど風強っ!」


 下手をすれば足元を掬われそうな感覚に冷汗を流しながら、ほたるは渦の中心へと足を進める。


『良いかいほたる。君は天照(あまてらす)大御神(おおみかみ)という、八百万の最高神から加護を受けているんだ。だから基本的には、どんな妖怪や神様の力も跳ね除けることができるんだよ』


 初めは半信半疑だったハチの言葉だが……(かなめ)の言霊を弾き、こうして風詩(ふうた)神術(しんじゅつ)に突撃しても無事であることから、なるほど確かに嘘ではなかったらしい。


 それでも周囲を止めどなく流れる稲妻などは見えるわけで、当たらないとはいえ普通に恐怖だ。

 うわぁ、また光った。


 ごめんちょっと行ってくる!と慌てて制止する成瀬(なるせ)やこのはたちを押し切ってここまでやって来てしまったため、後で皆にしっかり謝らなければ……


 そうほたるが反省していると、渦の中心で手の平を外側に両手を伸ばす風詩の姿が飛び込んで来た。

 どうにか力を制御しようと四苦八苦しているらしい。


「ぐッ……あークソッ!」


 ミルクティー色の髪の毛に、エメラルドグリーンのような瞳。


 加えて先程まで前髪に覆われて見えなかった左側の瞳も、今ははっきりと視認することができる。


 美しい、金色。


 

 ……綺麗だ。


 神聖ながらも悍ましさを孕んだ双眼(オッドアイ)に思わず釘付けになっていると、「えっ、天星さん!?なんでっ!?」という叫び声が頭に響いて、はっと我に返った。


「あぁそうだった、助けに来たの!ごめん風詩くん、ちょっと手触るね!」


 そう言って風詩の両手に触れると、途端にビリリ!と強烈な痛みが体中に広がり、思わずその手を放してしまう。

 

 信じられないという顔で風詩が声を荒げる。


「いたっ!?」


「ばかッ!当たり前だろ!?こんな濃い神力(しんりょく)に生身で触れたら、肉体に留まらず魂にまで傷が入るんだぞ!」


 風詩の言葉に、なるほどそれは痛いわけだ、とほたるは未だ痺れる手を軽く振るう。


 どうやら、全てを払い除けるというアマテラス様の加護にも限度があるようだ。

 最近覚醒したばかりでまだ結びつきが弱いともハチは言っていたし、ここまで怪我無く辿り着けただけでも上々だろう。


 絶対無理しちゃダメだからね、とハチから笑顔で釘を刺されたことはこの際頭の隅に追いやって、ほたるは再び少年の両手に手を伸ばす。


 人間が持つ最強の切り札。

 気合と度胸のお出ましだ。


「ウっ……ぐ……!」


 眉根を寄せ、全身を切り裂かれるような激痛に耐えているであろう目の前の少女に、風詩は「もういい放せッ!これ以上は君が危ない!」とその身を引こうとする。


 が、こちらが力を入れた分だけ向こうも掴む力を強めるせいで、すっかり膠着状態だ。理解できない彼女の行動に、風詩の頭は疑念で覆い尽くされる。


 ……何故だ。


 ……何故見ず知らずの他人に、そこまで手を尽くせる。


 泣くほど痛いはずなのに、叫びたいほど苦しいはずなのに、なぜ泣き言一つ零さない。


 俺は神で、君は人間なんだぞ。


 神力を暴走させ、あまつさえ守るべき存在(人間)へ牙を向けた無様な神など、信仰される価値もないのだ。


 そんな邪神など捨て置いて、さっさと記憶の中から消してしまえ。


 君たち人間にとって、それが最も安全で最も効率的な選択肢だと言うのに……


 懐疑と自己嫌悪に澱む風詩の瞳へ、金色が微かな光を放って侵入する。


 バチッと、合う視線。


 どうかしたのかと、重い口を動かした。




 ……いや、動かそうとした。


「だーいじょーぶだって!私も一緒に謝ってあげるから!」


――……あ。


 ドクン、と鼓が音を鳴らす。


 周囲の喧騒が、一瞬で掻き消える。


 頬を、生ぬるい何かが、駆け下りていく。


 耳が、茹るほど、発熱する。


 鼻で、上手く、息ができない。


 渇く喉が、勝手に震えて、言葉が出せない。


 視界はぼやけているのに、彼女の表情がひどく脳裏に焼き付いて……何度瞬いても離れない。





 あぁ……この子は……なんて温かくて、綺麗な笑顔を浮かべるのだろうか……




 風詩の抵抗が弱まったのをこれ幸いに、ほたるは今一度ぎゅっと彼の両手を包み込み、目を閉じる。

 集中しろ、私。

 ぐわんぐわんと流れ込んでくる、全身の骨と筋肉を捻り潰されるような風詩の神力。

 その流れに意識を合わせ、何をしたいのか心でイメージする。


 やり方なんて全く分からない。


 手を握ったのは、そっちの方が上手くいきそうだと思ったのと、彼がずっと震えていたから。


 あの時はただ、目の前の怪物をどうにかしたい一心で力を使ったけど。


 今は……目の前で泣いて震えている彼を助けるために、力を使いたい。



 祓うためじゃなくて、守るために。


 だから神様……どうか私に、力を貸してください!


「――……遠神(トオカミ)笑美給(エミタメ)っ!」


 瞬間。世界が、白く包まれた。


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