14.ドッ死ボール⑤
「勝負ついたな」
向こうコートで身を寄せる三人を眺めながら、要が口を開いた。
わいわいと何か作戦会議をしているようだが……学園でも屈指の防御力を誇る星羅を失った今、もはや彼らに残された選択肢は降参か全滅の二択だろう。
猫又とろくろ首……そして未だ霊力の操作すらままならない新米祓魔師では、誰がどう見ても圧倒的にパワー不足なのである。
だがそんな要の言葉を、「まだよ」と横から一蹴りする人物が。
「……随分とあの子をかってるんだな、神代」
未だ肌がひりつくような霊力を放つ咲桜に、要はさも意外だと眉を上げて問いかける。
「買う?いいえ、私はあの子から貰ってばかり。……”当たり前”だとか”常識”だとか、そういう凝り固まった視点で彼女を測ってると……」
うっかり足元掬われるわよ。
咲桜の言葉と同時に、話し合いを終えたらしいほたるが助走をつけて勢いよくボールを投げてきた。
……狙いはどうやら自分らしい。
同じ人間だからまだ相手になるとでも思ったのだろうか?
……舐められたものだ。
要は特に身構えることもせず、愚直に直進するその球体に視線を合わせた。
確かに一般人に比べればかなりの速球だが、人間止まりに変わりはない。
これならそのまま素手で取ることも可能ではあるが……
一瞬逡巡した後、要は軽く呼吸を整えて、体内を駆け巡る霊力を喉元へと集中させる。
言霊とは、言葉に宿った霊力の塊。
言霊使いはそれらを放つことで、思い通りの結果を自在に操作することを可能としている。
さて、せっかく注目を浴びているこの機会。
言霊紡の異名を持つ名門赤坂家の次期当主として、ここは我が能力をとくと味わっていただくことにしよう。
――……カッコつけとは、男が生まれ持った不治の病なのである。
目前に迫る球へと意識を集め、喉から一本のナイフを投げ放った。
「止まれ――」
鋭く尖ったそれは、絶対的な支配力を持って哀れな球体の運動を停止させる。
……はずだった。
「……なっ!?止まらない!?なんで、」
バン、と勢いよく要の胸部に衝突したボールはそのまま跳ね返り、再びほたるのもとへとボールが戻ってきた。
……ど、どういうことだ!?霊力ごと跳ね返されたのか!?
驚愕に目を見開いて固まる要を置いて、ほたるは立て続けにBチームのメンバーを撃破していく。
「うおっ!?」
「あいたっ!?え、うっそー!」
気を操る成瀬にチート絶縁神様の白峯までやられただと……!?
あの般若でさえ髪一本触れるだけで苦労するわ、と音を上げる化け物二人に、彼女は、今……ボールをぶつけたというのか。
よぉーしぎゃくてーん!と呑気にハイタッチしているほたるに、底知れない恐怖心がふつふつと湧き上がってくる。
……というか、あんなに霊力が多かっただろうか?明らかに大きさが増しているだろう、あれ。
冷静さを取り戻し始めた要の脳が、彼女の急速な変化にブザーを鳴らす。つい先ほどまで僅かに体内を循環しているくらいだった彼女の霊力が、今や体から溢れ出て全身を覆い尽くす程の量になっているではないか。
並みの祓魔師よりも遥かに大きく濃いその霊力に、要はようやく天星ほたるという少女が異常な存在であることに気が付いた。
成瀬すら読めなかった気の流れ、弾かれた言霊……そして、神をも凌駕する特異な霊力……まさか。
一つの仮説が頭に過り、咲桜の方へがばっと顔を向ける。
「なあ神代、まさか天星って……って泣いてるぅ!?」
つぅー、と涙を流し、胸の前で手を組む彼女に思わずぎょっと目を剥く。
「あぁ神様仏様感謝致します……!こんなにも神々しいほたるちゃんを見られて……わたくし神代咲桜、もはや我が生涯に一片の悔いも御座いません……!」
「うそだろ神代!?せっかく核心に突きそうだった俺をこのまま放置するつもりか!?」
いくら話しかけても反応のない咲桜に頭を抱えていると、左側から絶賛鳥籠状態の風詩の悲鳴が聞こえてきた。
カオス、ここに極まる。
「いやぁぁぁ無理無理!!なんでみんな当たってんの!?いつの間に姿消しちゃったの!?怖すぎヤバすぎこれなんて怪談ー!?」
「ハッ、大人しくあの世に逝きやがれッ!」
「ごめーん、恨みとかは全然ないんだけど咲桜よりも当てやすそうでさー!」
あぁ、黒皇と天星のコラボレーションとはなんと気の毒な……まさにくわばらである。
要は心の中で手を合わせる。
まだまだ試合は続きそうだし、とりあえずは外野の方に移動しなければなぁと歩みを進めようとした……その時だ。
バチンッ!
静電気のような……しかし体育館中に響き渡るその音に、全ての存在が動きを止める。
一瞬の静寂の後――
「ッ、みんなにげろッ!」
切羽詰まった風詩の叫びが、空気をびりりと痙攣させた。
どうしたと声を出すよりも先に、ぐらりと揺れる視界と浮遊感。
遅れてやってきた痺れと痛み、そして両手に感じる固い感触から、どうやら自分が地面に投げ飛ばされたことに気が付いた。
「ぐっ……」
反射で体を起こし、自分が先ほどまで立っていたところに顔を向ける。
「おいおい、冗談だろ……」
……驚愕、絶句。
幾層もの螺旋が際限なく絡み合い、周囲の存在全てを飲み込まんとする暴力的な空気の渦が、腹を膨らませて、上へ上へと登り詰めていく。
天井の照明は暗雲によって閉ざされ、無数の雷鳴が鼓膜を震わせる。
「これは……」
「ばかッ、避けなさい!」
何者かに右腕を強く引かれて、思わずそちらに体勢が傾く。
次の瞬間――……ドカンッ!という衝撃音と眼球を焼かれるような眩しさに襲われ、思わず視界を固く閉じた。むわりと喉を覆う焦げ臭に、生理的な涙が溢れ出る。
「ゲッホゲホッ!」
……か、雷だ。あと少し遅ければ御陀仏だったに違いない……。
額に冷汗が伝うのを感じながら、同じくここまで吹き飛ばされたらしい命の恩人神代に謝辞を述べる。
「すまん助かった。あれは……風詩の神術なんだよな」
「えぇ、暴走状態にあるけれどね。……早く止めないと、全員無事じゃ済まなくなるわ」
僅かに眉を寄せて呟く咲桜に、要はぐっと歯噛みする。
神の源となる力……神力は物質界や精神界に多大なる影響を与える。
人間の愛憎から生まれた存在を妖とするなら、神は人間の信仰心によってその存在を保っていると言えるだろう。
信仰とは、人の生涯そのもの。
生を願い、欲を願い、死を願う。
何千、何億もの人間が、その名を冠する存在に己が運命を委ねる。
祈り、嘆き、贖い……それらは人や妖怪が持つ力を遥かに凌駕し、圧倒的で絶対的な存在を創り上げる。
故に、万物は神に敵わない。
神々は人間が吐き出したこれらの信仰心を用い、神術という複雑かつ壮大な術式を行使する。
狂飆を吹かせ、大地を震わせ、幾筋もの光線を突き立てる乾坤の猛威。
時に福をもたらし、時に命の縁すらも断ち切る時勢の奏者。
まさに、人智を凌駕した天変地異。
神とは、そういう存在なのである。
……だがしかし。
此岸を統治するのは、あくまで人間でなければならない。
それは天孫降臨の後、八百万の主神が定めた絶対不可侵の掟である。
故に彼らは、此岸にその身を置く場合、無闇矢鱈な神術の行使を禁止しているのだ。
それは、この学園に通う神々も例外ではなく……
「あーくそっ、どんだけ規格外の神術使ってんだよあいつ」
雷神と風神の子供である桑原風詩は、そのどちらの能力をも受け継ぎ、持ち得る神力も大きさだけならば学年随一を誇る……いわば"いと尊き神"なのである。
神格も持ち、神として申し分ない彼だが、唯一大きな欠点があった。
そう、神力の制御ができないことだ。
「風詩くん、神力操作のセンスが絶望的にないものね」
互いに落雷を躱しつつ、普段の風詩の情けない姿が叫び声付きで脳裏に思い起こされる。
「……あぁ。練習しろとは言ってるが、『むりむりやだよ怪我するじゃん!!あれめっちゃ痛いんだよ!?俺死んじゃう!!』と泣いて首を振るばかりでな……」
そんなんだからふとした精神の乱れで神力が暴発するのよ、と言わんばかりに片眉を器用に上げる咲桜に、「あいつなりに頑張ってはいるんだ」と要は苦笑を返す。
「見た感じ、他の皆もそれぞれで固まって何とか耐えてるみたいね」
「だな。こうなった以上は聖先生に助けてもらうしか……」
咲桜たちから見て右側にはほたるや成瀬たちが、左側にはトワや真紘たちが、無差別に降り注ぐ電光を危機一髪で回避している。
下手に触れば魂ごと焼かれかねないため、トワやこのはもこの竜巻にうかつに手を出せないでいるらしい。
残る希望は我らが担任のみ。四神の一柱である聖ならば、風詩の神力を元の大きさまで戻すことも恐らく可能だろう。
さて、彼の元までどう移動しようかと頭を働かせていた時――……
「っ、おい、あれ!」
「なっ……ほたるちゃん!?」
キラリと輝く金糸を靡かせて、少女がひとり、渦中へと駆けていった。




