13.ドッ死ボール④
「おわっ!?」
「いてっ!……でも欠損ないだけマシか……」
トワと真紘が立て続けに撃破され、一気にコートが広くなったように感じる。
……これはマズイ。完全に外野と内野の鳥籠状態だ。
春祈が戦線離脱した後、さらにくろがこのはを当てて内野に戻ってきたまでは順調だった。
まさか、怪力このはと自称人間の咲桜、このコンビネーションがこんなにも息ぴったりだとは……。
高速ラリーの途中でいきなり軌道を変えて狙い撃ちされるため、死神や妖怪でも完全に避けることは難しかったのだろう。トワの悔し気な顔と咲桜のドヤ顔と言ったらもう、ね。
「てかさ、みんな撫子さんには絶対ボール投げないよね」
ふとコートの端で涼しそうに試合を眺めている撫子が目に入り、隣で猛攻を受けている星羅に声をかけた。咲桜はどうやらほたる以外を先に一掃するつもりらしい。
……半ばとばっちりを受けているだけのような星羅に、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「っま、撫子は機嫌損ねると怖い、からねッ、ぶない!アイツらも、命は惜しいッて、ことよ!」
器用に躱す星羅におぉと舌を巻きながら、なるほど彼女は怒らせてはいけないタイプなのかと納得する。
確かに、どこか底知れぬ雰囲気を持っているような……ほたるの視線に気が付いたのか、ふふと撫子が上品に笑いかけてくる。
……うん、今後は粗相に気を付けよう。
背筋を伝う冷汗は無視した。
そうしてこのは&咲桜のサンドイッチに首を絞められること数回。
突如、百合園が視界から消えた――……いや、転倒した。
「ダイナミック横転(物理)ですと……!?」
「んなこと言ってないでさっさと起きなさいよ!」
「もう遅いのは~」
コートの中心で横たわる百合園に、このはが微塵のためらいもなく狙いを定める。
「こ、ここここここのは氏、一旦話し合うでござる!!脂肪という名の天然防弾チョッキを常時着用している拙者でも、さすがに大砲級の鉄球は爆散するでござるよ!そそ、それにっ、オタクの血飛沫よりも、美少女の欠損の方が正直何倍もおいしっ……需要が、あると思うでござるッ!」
「今おいしいって言わなかった……?」
「アタシらを売りやがったな!この人でなし!」
「拙者ただのいたいけな妖怪でござるですしおすし」
早口でまくし立て、びしぃっとほたるや星羅たちがいる方向を指差す百合園に各所から冷たい視線が注がれる。
「うにゅー……お気の毒だけど、全国の女の子たちのためにも成仏してくれなのは!」
ぱっと大槌を片手に握り、このはが横たわる四角眼鏡に一等強くボールを打った。
「キェェェェェ!!拙者が死んだら真っ先にパソコンのハードディスクを破壊してほしいでござるぅぅぅぅぅ!!」
頭をガードして衝撃に備える百合園だったが、ビュンッという風音が頭上を
掠めていったことに、つい顔を上げる。
「むむ……?拙者、生きて……」
「ふぅん……美少女の、欠損……ねぇ?」
「ヒュッ」
まるで業務用冷凍庫に放り込まれたかのような冷気を背後から感じ、百合園はおそるおそるその方向に顔を向ける。――真後ろだ。
「……ふふ、そんな化け物を見たような顔してどうしたのかしら……私が代わりに祓ってあげましょうか?」
見るものを魅了するうっとりとした笑みを浮かべた、神代咲桜が立っていた。
もちろん片手にはボールが。
「ささささ、さくら氏……!!」
「百合園くんってば……ずぅいぶんとほたるちゃんと仲良くしゃべってるんだから……ふふ、妬けちゃうなぁ……」
「デュフッ、嫉妬咲桜氏ご馳走様デス!ってア……イエッ、こここここれはただの鳴き声みたいなものでござって拙者の悪戯好きなお口が……」
「出番よ、茜小町」
「ひぃぃぃぃ、お、お慈悲を!!」
「んん!?何あれ!?」
「ゲッ、ほたる、アタシの後ろに避難しときなさい」
アカネコマチ、そう咲桜が口にした瞬間、赤い光とともに彼女の右手に槍のような物が出現した。
何だあれは、かっこい……じゃなくて、咲桜の特殊能力的な何かだろうか。
「……あれは、現祭具か」
少し驚いたように目を大きくするハチに、気持ちは分かるぜェと隣に立つ聖が口角を上げる。
人間の持つ力――つまり霊力は、妖怪や悪霊に対抗する際に必要な力となる。
どんな人間でも大なり小なり霊力を持って生まれ、その力が大きければ咲桜や要のように、人の身でありながら妖魔や神々と対等に渡り合える存在になるわけだ。
……霊力を練って獲物を形作る祓魔師は特段珍しくはない。
だが、祭神を祭具として顕現させる現祭具は、それらと規格が全く異なっているのである。
実体化させるだけでも名家の巫女30人程の霊力を必要とし、それを維持するともなれば、さらに倍以上の霊力を求められる。
跳梁跋扈蔓延る平安の世ですら滅多にお目にかかることができなかったこの特別な祭具を、クラスメイトにむかついたからという理由でいとも簡単に顕現させるとは……
「凄まじいな。彼女は一体何者なんだ?」
ハチの純粋な疑問に、聖はそうだなァと少し考えるそぶりを見せる。
「美人、冷たい、他校に彼氏がいる……色々言われてるが……」
「僕は別に気になってる女の子の子細を友人に尋ねる思春期男子ではないんだけど?」
「……おまえ、そういうツッコミとかできんのな」
「現代の知識は大方網羅しているからね。君のようなご老神とはキレが違うから驚いただろう?さぁ、話の続きをどうぞ」
しれっと澄まし顔で続きを促すハチに、コイツ……と心の中で盛大に舌打ちした聖は、改めて咲桜が普段校外で妖怪を退治している姿を思い浮かべ、口にする。
狙った獲物は逃さない。
突いた妖魔は数知れず。
彼女に出会ったが最期……どんな悪鬼も恐怖に震え、
狂ったように泣き叫び、
必死の命乞いごと串刺しにされる。
冷酷無慈悲な最凶槍使い――……それが、神代咲桜のコッチでの姿だ。
「字面だけで妖怪退治できそうだよなァ。はッ、お前もグサッといかれないよう
せいぜい気を付けるこった」
肌を幾千もの小針で突き刺すようなおぞましい霊力を解き放つ咲桜に、
ハチは「……善処しよう」と静かに目を閉じた。
「――槍奉、十七節……血褪逢魔ヶ狂哭」
感情の一切が消えた瞳で呪詛を放つように零した言葉に合わせ、流れるように槍を振るう咲桜。
恐ろしいながらもどこか美しさを含んだその動きに、ほたるは思わず釘付けになる。
もちろん、こんな必中必殺技を横転しているだけの百合園が避けられるわけもなく……
ドォンッ!という衝突音と共に、辺り一帯を土煙が覆った。
星羅の鏡のおかげでこちらは傷一つ付いてはいないが、それでも物凄い衝撃が百合園に直撃したことは分かる。
視界が晴れ、コートの中央で仰向けに倒れた百合園がゆっくりと口を開いた。
「ゲフッ……新刊、の……ネタ……は、溺愛、スパハニっ、美少女……かける……
無自覚……天然人たらし……美少女、デッ……きまり……デュフ」
「百合園くーーーん!!!」
「アイツ最後まで煩悩まみれだったわね」
気絶してハチにずるずると場外へ運ばれていく百合園へ、星羅が溜息をついて肩をすくめる。
「でも、気絶で済んでるだけすごいよね」
「腐っても酒吞童子ってことよ……なんであんな残念な仕上がりなっちゃったのかは知らないけど……」
百合園は酒吞童子という妖怪の中でもかなり上位な種族らしい。だが本人は絶賛禁酒中らしく、本来の十分の一程度の力しか出せないそうだ。
理由を聞けば、「献血に並ぶためでござるよ!次の夏までまだ期間はあるでござるが、今の内から清潔な血を蓄えておくのでござる」と眼鏡を光らせていた。
酒吞童子の血って、つまり鬼の血だよね……誰に輸血する用なんだろう……
ほたるは深く考えることを止めた。
とりあえずこの戦況をどうにかするわよ、と仕切りなおす星羅にほたるが返事を
返そうとしたとき……近くにいたくろが、あにゃ?と何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、今日はアイツが静かなのにゃ~」
「アイツ……あぁ、言われてみれば。って、あれ?……どこにもいないじゃない!?どっかで当たって外野に行ったわよね!?」
「……あら、ふふ。よく見ればボールもありませんわね」
撫子の言葉に血相を変えて当たりを見渡す星羅と「これはやられたにゃあ~」と
わざとらしく肩をすくめるくろ。
「えっと、アイツって……?」
状況があまり分かっていないほたるに、星羅が半透明なラウンドミラーを浮遊させて中の映像を指差す。残っている二人も近づいてきて、四人で鏡を覗き込んだ。
「窓からの映像だから少し見にくいけど……これは、」
「教室だにゃーね。めるがいるから、ここは二年A組だにゃーよ」
「うふふ、白澤先生と何かお話しているみたいだわ」
彼女たちが言うアイツとは、どうやら教卓の前で教師と会話している緑髪の人物のことらしい。
……えぇと、名前は確か、海呼みどりだったはずだ。
分かりやすく語呂も良いためすぐに覚えられた名前である。
今後髪の毛を染めるときにはぜひ一報……っと、今は関係ない話か。
逸れていた思考を戻して海呼の動きを再び眺めていると――……ぴたり。全員がソレを視界に入れた途端、思わず動きを止めた。
「さっすが白澤センセー。話が早い大人、ボクだーいすき」
へらりと笑う彼女が、右肩に担ぐ……明らかに平和な教室とアンマッチな重火器。
映画やドラマでしか見ないようなそれに、ほたるは「……わぁ」という幼子の
ような感想しか出てこなかった。
「あはは……それは褒められてるのかなぁ……。そういえば、今隣の教室にいるのは酒口先生だけど大丈夫?多分この後ですごく怒られると思うよ……」
「それぐもーん。センセ、世間からの批難を恐れてちゃあ、知の探求は始まらないんだよ。――……オーバー、こちら海呼みどり、いつでも発射おっけー」
海呼の言葉に、ほたるたちの後ろから、あまりにも知っている声が返事を返す。
「――……こちら神代。残る鼠は三匹。好きなときに打って良いわよ」
インカム越しの咲桜の言葉に、ひひっと海呼が目を弧にする。
「君は相変わらず実にオッカナイ人間だ」
「貴方にだけは言われたくない言葉ね、どうもありがとう」
「つれないなぁ~。ボクはただ、自分の溢れんばかりの好奇心に従ってるだけさぁ」
ロマンを追い求める探求者として、当然の心理だろう?
ふふんと胸を張る海呼に、咲桜は無言を返す。
雲外鏡の強度を調べられるだけでもラッキーなのに……まさか八岐大蛇の妖力まで測定することができるなんて……あぁ、ほんとうに……
「なんってロマンティックなのかナァ!」
カチャッと安全レバーを解除し、流れるように引き金を引く。
自身の妖力を込めて作成した擲弾はA組の壁を難なくぶち破り、B組、C組……そしてついには天井を二枚突き抜け、一面に広がる青空へ飛び込む。
先頭に取り付けられたボールがキラリと陽光を反射した。
まさに天馬行空。
創造は、自由である。
隣の教室から鬼のような形相で飛び出してきた酒口に職員室へ連行されながら、海呼はふっと笑みを零した。
「……ミッションコンプリートだ。健闘を祈る」
「どッこの世界にドッジボールでRPG持ち込むヤツがあるかぁーー!!全員伏せろぉッ!!」
星羅の言葉と同時に、二階の窓ガラスを豪快に破壊してソレが落下してくる。
――……そして。
ドカンッ!!
耳を劈く爆発音と、全身ごと吹き飛ばされそうな風圧に、ほたるは思わず目を瞑ってぐっと身をすくめた。
…が、熱くもなければ衝撃も小さい。
もしやと思い、立ち込めるけぶりにせき込みながら顔を上げると……そこには。
「ぐ……なんとか、ぜーいん……生きてる……わね……後は、たのんだ……わよ」
「星羅!!わっ、!?」
恐らく自前の鏡で爆風から皆を守ってくれたのであろう星羅が、ぐらっと姿勢を崩すのを慌てて支える。どうやら気絶はしていないらしい。
本当に、最初から最後まで頼れる姉御であった。
後でちゃんとお礼言わなきゃな。
腕の中で「おのれみこみどり……げにゆるすまじ……」と
悪態をつく彼女に苦笑しながら、ハチのもとへ歩みを進めるのであった。
Aチーム全滅まで残り、猫宮、六九六、天星……三名。




