11.ドッ死ボール②
「よーし、準備できたな?じゃ、死なねぇ程度にがんばれよ」
コートを軽く見回し、相変わらず軽い調子で聖が口を開いた。
最初は勿論ジャンプボールから。
いつの間にか人型に変身してセンターサークルでボールを構えているハチに思わずほたるは苦笑する。
あいつめっちゃ楽しんでるなぁ……。
どこかキメ顔で中央に立つ彼はひとまずスルーするとして。
……試合開始前の独特な緊張感に、思わず体が強張る。
ふっと息を吐いて、ついでに周りを見渡せば、他のみんなもどこか落ち着かない様子だ。
「……ねぇ、あの人なんであんな殺気立ってんの」
身長が一番高いからとAチームのジャンパーに選ばれた物草鷹介は、気だるげに目の前の少年に問いかける。
「さぁね……俺も詳しくは知らないけど、『ほたるちゃんを傷付けるなんて極刑だけど、誰かにやられるくらいなら私がやるわ』って言ってずっとあんな調子だよ……」
同じくBチームのジャンパーである成瀬彩波がそちらにちらりと視線を向け、肩をすくめる。
「ひぃぃぃ本気モードの咲桜ちゃん怖すぎるぅぅぅ」
「か、神代……ゲームだからな。いいか、間違っても殺すなよ……」
視線で射殺さんとばかりにAチームを見据える咲桜に、Bチームのメンバーも恐る恐るといった様子で機嫌を伺っているようだ。
何やってんだこの人たち……と背中越しに聞こえてくる騒がしい声に、鷹介は隠すことなく溜息をついた。
「ふふ、それじゃあ、始めるよ」
二人の会話が終わったタイミングでハチがそう言葉を切り出し、ぽんっとそのままボールを上げる。
「よっと」
「あっ」
先に地を蹴ったのは成瀬だが、目線ひとつ分上の鷹介が僅かに早くボールを押し出した。
コロコロと転がったボールは、赤髪の少女――黒皇トワによってその運動を止められる。
そうして球体を手にした彼女は……ニヤリ、と口の端を吊り上げた。
「ボールを当てれば勝ちってことはよぉ~、つまり、当て方は何でも良い……ってことだよな?」
「ゲッ、離れるわよ!」
「えっ!?どういう……」
焦る星羅から背に庇われた瞬間――……ブワッという轟音が空気を揺らし、トワの周りを青く激しい炎が包み込んだ。
「うわぁっ!?」
な、なにこれー!?絶対熱いやつじゃん!!
空気の揺れから肌を焼き尽くすような熱風を身構えたほたるだが、いつまでも痛みが襲ってこないことを疑問に思いそーっと瞼を開けてみた。
「大丈夫よ。私は鏡の付喪神でね、だいたいの衝撃は私の力で跳ね返せるのよ」
大船に乗ったつもりでいなさい、と笑う星羅の前には、確かに何か半透明な板のようなものが浮いているのが見える。
なるほど、これが先程聖が言っていた妖術や神術というやつか。
「星羅ちゃんすごい……!じゃあ、トワちゃんのあの炎もそういう能力ってこと!?」
未だ轟々と燃え盛る炎の中心に立ち、どこから取り出したのか大きな鎌を片手で振り回すトワの姿をほたるは夢でも見ているかのような気分で凝視する。
よく見たらちょっと浮いてる……!?な、何でもありだなこの世界……!
困惑するほたるに、星羅はふっと苦笑する。
「名前、呼び捨てで良いわよ。……初見はその反応が普通でしょうね。あれは死神が使う死鎌術って言ってね。あの無駄にデカい鎌で人間の魂を根こそぎ刈り取ったり、悪さする妖怪をぶっ飛ばしたりするのよ。アンタもこの世界に足突っ込んだんなら、今後何度も見ることになるでしょうけど……生身の人間は絶対にあの刃先の炎に触れちゃダメよ」
灰も残らず焼滅するから。
至極真っ当という表情で言ってのける彼女から、それが冗談でも何でもないことが分かる。
他のAチームのメンバーもかなり距離を取ってトワの様子を見ているため、それだけ強力で危険な力なのだろう。
たらり、と額から汗が流れる。
「神代咲桜ァ、今日こそどっちが最強の座にふさわしいか、はっきりさせようじゃねーかよぉ!」
そう言って咲桜に狙いを定めたトワは、ボールを軽く上げ――……持っている大鎌の刃先を思いっきり衝突させた。
「――五色死鎌術、灰簾流……狐火ッ!」
ぶわりと一際大きな火焔が上がり、蒼炎を纏った何かが目にも止まらぬ速さで咲桜の顔の真横を通り抜ける。
彗星のように空中を駆けたボールは勢いをそのままに壁へ激突し、しゅう~と何かが焼けるような音を立てて落下した。
……目線を上げれば、激しく亀裂の入った壁が。
一瞬の出来事に未だ状況を理解できていないほたるをおいて、咲桜がトワに口を開く。
「あら?レディの顔面を狙うなんて……人の魂を取りすぎて、自分のモラルまで刈り取っちゃったのかしら?」
「はっ、ぬかせ!死んだ理由も分からず彼岸送りにするのは可哀想だっつー、死神なりのモラルだろうが」
次は外してやんねーぞ!、と言い放つトワに、やってみなさいよと不敵な笑みで返す咲桜。
そんな二人のやり取りに口をぽかーんと開けて固まっていたほたるに、星羅がポン、と優しく肩を叩いた。
「大丈夫よ。そのうちこれが常識になるわ」
「……あはは、わぁ、たのしみだなぁ……」
トワも大概だが、それを平然と受け流す咲桜も咲桜である。
最強争い発言を否定しない辺り、マジで学園の最強格に近い存在なのか……。
うちの幼馴染、もしかしなくてもめちゃくちゃすごいのでは……?
星羅のフォローになってないフォローに頬が引き攣る気配を感じつつ、
まだまだ試合は続いているため意識をコートへと無理やり引き戻した。
ここまで来たら受け入れたもん勝ちだ。
誰と戦っているのか……というツッコミはさておき、ほたるはさっそくわいとわいと騒がしい向こうコートの攻防に目を向けることにした。
「このにゃかで一番弱そうにゃのは……ふーた、おまえだにゃ~!」
外野でボールを握る猫宮くろの言葉に、ミルクティー色の少年――桑原風詩がいやあああああと絶叫しながら逃げ惑う。
「そんなへっぽこな走りじゃ、ボクの目からは逃れられないにゃーよっ!」
そう言って風詩に一直線に伸びていったボール――もちろん速球だ――を横からぴょんっと飛び出てきた小柄な少女がキャッチする。
小さな鬼のお面を額の横に付けたゆったりおさげの黄色髪の彼女は、確か土野このはという名前だったはず。その名の通り、ツチノコである。
一見するとクラスに一人はいそうな草食系少女のような雰囲気だが……。
ゴンッ、という明らかにボールを取るときに鳴ってはいけないような音が聞こえても無傷でケロリとしているあたり、うん。間違いなく人外だろう。
「ボールいただきなのは~」
「こ、このはちゃあああん!ありがとうっ!神っ!かっこいいい!!!」
「いや神はアンタでしょっ!もっと威厳見せなさいよ!!」
神様でありながら情けなく膝をついてこのはに感謝する風詩へ、星羅がすかさずツッコミを入れる。
そう、風詩は風神と雷神の一粒種なのだ。
「うにゅ~咲桜のかたきなのは!――大地にとどろけッ、森羅の憤怒!」
これまたどこから取り出したのか、自身の身長ほどある巨大な槌を掲げ、ためらいなくボール目掛けてフルスイングする。もはやノックボールである。
……てか咲桜まだ死んでないよ。
ドゴォ!と大砲でも打ったかのような爆音を鳴らして近づてくるボール――聖特製のためちょっとやそっとじゃ壊れないらしい――を、トワが器用に体を捻らせて避ける。
「っぶな!あいっかわらずの馬鹿力だな!」
「火力バカのオマエにだけは言われたくないのは~」
うーん、どっちもどっちだと思うなぁ……
バチィ!と火花を散らす二人のやり取りに苦笑しつつ、ほたるは振り返って外野に出ていったボールに視線を向けた。
……が、しかし。
「……あれ、だれもいない?」
――ボールどころか、そこには外野一人立っていなかった。




