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1.天星 ほたる



―ふむ、浮かない顔だな?


くすりと笑みを向けるそいつに、思わず嫌悪の感情が溢れ出る。


―ふっ、そう怒るな。あの子ならきっと、やり遂げてくれるはずだ。


無責任な。

そうは思っても、幾億と繰り返したこのやり取りに今更歯を剥く力は残っていない。


こんな世界、クソ喰らえだ。


いっそのこと、無くなってしまえば…


―おっと、それは禁忌思考だぞ?時空の守人よ


態とらしく肩を竦めるそいつを、隠すことなく睨み返す。


…あぁ、腹立たしい。


全てを知って尚、飄々とした態度を崩さぬこいつが。


…全てが視えて尚、何もすることができない己の弱さが。


『だーいじょーぶ!私を信じて?』


脳裏に浮かぶ彼女の表情は、いつも綻んでいて。

その言葉に、幾億も背中を押されて。


…。


―そう、彼女は諦めない。いつだって。どんな時だって。


お前が一番分かっているはずだ、なんて言うこいつは本当に意地が悪い。


…この無謀で、途方も無い旅に、此度こそは終止符を。


最愛なる彼女に、二度目の春を。



―…さぁ、始めようか。天星ほたるの、怪奇…いや、怪綺なる物語を…


待っててね、ほたるちゃん。

今度こそ、君を助けてみせるから。








………………………………………………






ひらりひらりと春舞う4月―


もうすぐ始まるであろう新学期に、どこか皆浮き足立っている今日この頃。


学校内の各所から聞こえてるくる部活動生の声にも、一段と気合いが入っているように感じる。


野太い掛け声、重なる返事、床を踏みしめる靴の音。

頬を伝う汗が、陽光を浴びてきらりと光る。

どこを切り取っても、掛け替えのない青春の1ページだ。


「おりゃあっ!」


さて…そんな春の温もりなど吹き飛ばしてしまうような、一際威勢の良い声が。

グラウンドの隅から高らかに響き渡っている。


「ぐっ…!」


「よいっしょお!」


「なっ…またそっち!?」


「ていやっ!」


「うそでしょ…!」


「そーれいっ!」


「ぐぅ…!?ぎり間にあっ」


「っっ、そこだぁぁぁ!!」


バコン、と豪快な音と共に何かががコートの際で勢いよく跳ね返る。


まるで弾丸かのようなストレート一本に、2人の激闘を観戦していた生徒達は口を開けて硬直している。


「やっほーい!これで9877戦4939勝で私の勝ち越しぃ〜!」


「うわぁーん!ちょー悔しいっ!」


未だ理解が追いついていない彼らを置きざりに、視線の先の少女2人はきゃっきゃと嬉憂の表情を露わにしていた。


「へへーん。約束通り、ジュース1本おごりねー」


「ねぇ〜!おねがいもう1回!もう1回やろう?次やったら絶対わたし勝つし!」


「ね?ね?ダメ…?」と両手を合わせて上目遣いで擦り寄る可愛らしい少女に、一括りにされた金髪が特徴的な少女―天星(あまほし)ほたるは思いっきりデコピンをくらわせた。


「あいでっ!?」


「今日はだーめ。この後デートの約束があるから、もう帰らなきゃ」


「むぅー!ひどい!私よりもデートの方が大事って言うのぉ!?」


「当然」


「うわぁーん即答!」


ほたるからのあんまりな言葉に、友人である笑子はぷくぅ〜と頬を膨らませて非難の声を上げる。


「ふーんだ!ていうか、デートなんて言っておいて、ほんとはただお友達と遊ぶつもりだって私知っとるんやからね!」


「ありゃ、バレてたか」


「も〜!今日はほたるのこと独り占めできると思とったのにぃ〜…」


はいはい、また今後やってあげるからね、とほたるはぷくっと頬を膨らませる笑子の頭をよしよしと撫で、一足先に道具の片付けを始める。


未だに不服そうな表情を浮かべたままの笑子だが、去り際には「も〜!わたしが勝ったら次はわたしとデートしてもらうけん、覚悟しとってよねっ!」と言い放って意気揚々と練習に戻っていった。


可愛らしい友人からの宣戦布告に、ほたるは思わずふはっと笑みが零れる。


「はいはい、楽しみにしとく〜!」


去年初めて同じクラスになり、ようやく1年の付き合いになろうかという白石 笑子(しらいし えこ)だが、ほたるにとっては既にかけがえのない友人のひとりになっている。


…ちょっと距離近くない?と感じるときもあるが、そこもまぁ、ご愛嬌ということで。


そんなことを考えながらほたるが部室へ向かっていると、「お、ほたるじゃん!」と向かいから歩いてきた好青年が笑顔で手を振ってくるのに気が付いた。


えぇと、彼は確か…


「野球部次期部長の今田くん!!」


「いや橋本だよっ!美女違いやわ!」


「あぁ、ごめんごめん。歌舞伎町の女王の方だったか…」


「JR新宿ぅ駅の〜東口をでたらぁ〜って、ちがうわ!何言わせんだよっ!」


「あっはは!今田まじでおもろ〜!」


「だから橋本だって!」


ぜぇぜぇと肩で息をする今、じゃなくて橋本は

ガタイ良しの丸刈り高身長と如何にもな風貌の高校球児である。顔が端正なためモテてはいるらしいが、いじられキャラが定着してしまって今のところ隣りはお留守のようだ。

所謂、残念イケメンである。


「ふっ…強く生きろよ」


「なんだよその可哀想なものを見る目はぁ!」


「そんなことより、何か伝えたいことがあったんじゃないのー?」


「はっ!そ、そうだった…!くそっ、ついお前のペースに乗せられちまった…!」


橋本は一度大きく咳払いをして呼吸を整えると、改めて口を開いた。


「げふん、あーあれだ。今度の日曜、俺たち練習試合やるから…その、よ、良かったら応援来てく」


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」


橋本の言葉に被せて突然甲高い声が聞こえてきたかと思えば、背中からがばりと勢いよく抱きつかれた感覚がする。

「ふぎゃっ!?」


「だめだよ〜ん、ほたるは日曜ウチらの試合に来るんだから、ね?」


「げっ!お前はバレー部次期部長の川崎!」


そう呼ばれた短髪のクールビューティ系美女―川崎は橋本に見せつけるようにほたるに密着して、嘲笑を浮かべる。


「ふっ、今ちゃん…お前がほたると付き合おうなんて、100年早いのよ」


「な、べべべつに付き合うなんてひとっことも…って、おい!俺は今田じゃな」


橋本の言葉が、またもや別の声の登場により遮られる。かわいそうに。

今度は凛と芯の通った落ち着きのある声に、ほたるはこの声は…とそちらの方に視線を向けた。


「全く…騒がしい人達ですね。これだから脳筋揃いの運動部は好きじゃないんです」


「うわぁ、弁論部次期部長の小池さんやん!?なんでわざわざ外おるん!?」


川崎の言葉に、さらさらロングストレートを靡かせながら小池は得意げに眼鏡を上げる。


文化部の部室はかなり離れているはずのに、どうしてここにいるのだろうか…。

3人の気持ちを代弁する川崎に、小池は「ふっ、愚問ですね」と小馬鹿にするように笑った。

「ムキィィィ」と飛びかかりそうになる川崎をほたると橋本は何とか宥めつつ、小池の言葉に耳を傾ける。


「貴重な人材を取られないためですよ。ほたるさんは我々弁論部のサポーターとして、次の日曜日にある弁論大会に参加することが決まっています。なので、その他勧誘はどうぞ諦めてください」


「だそうだが?」


「うーん、初耳!」


「こんの嘘つきメガネめっ!」


「おい川崎!気持ちは分かるがステイステイ!」


運動も勉強もそこそこできる(というのは本人の自認であり、実際は校内でも指折りの実力があるのだが…)ほたるは、取っ付きやすい性格もあってこの一年で何かと行事の運営や部活の助っ人に携わってきた。


おかげで今や校内で天星ほたるの名を知らぬ者はいないというプチ有名人っぷりである。


ぜひとも彼らとの話に花を咲かせたいほたるであったが、生憎約束の時間が迫ってきている。


「おーい!私そろそろ…って、あちゃー、完全に聞こえてないなこりゃ」


いつの間にか水泳部や卓球部などその他の部活生までもわらわらと集まってきており、渦巻きの中心に立つほたるは抜ける隙を完全に失っていた。


皆誰がほたるの日曜日を手に入れるかに夢中で、残念ながら当の本人の声に一切気付かない。


さてどうしたものか、と思案を巡らせようとしたその時。


「…わっ!?おぉ…!」


こっちだよ、という言葉と共にほたるの手は優しく引かれ、するすると人の輪をぬけていく。


「…よし、ここまで来れば大丈夫かな」


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