表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

忘れっぽいあなたへ

作者: はらっぱ

私はよく荷物をなくす。

財布、傘、鍵、カバン……数え上げればきりがない。

恋人はそんな私を見かねて、誕生日に小さなプレゼントをくれた。


GPSタグ


「これがあれば、もう忘れ物しても安心でしょ?」

冗談めかして笑う彼女に、私は救われたような気がした。

以来、鍵にもカバンにもタグを付け、スマホで追跡できるようにした。

おかげで何度も助かってきた。


けれど——今回は、この便利なアイテムに振り回されることになる。

いや、正確に言えば、全部私が悪いのだ。


そう。私は恋人をサービスエリアに置いてきてしまったのだ。


……意味がわからないだろう。

私だってわからない。

でも、私の忘れっぽさは、ここまで重症なのだ。


気がついた時には高速をかなり走ってしまっていて、すぐにUターンすることもできない。

慌てて電話をかけたが、着信音は助手席から鳴り響いた。

彼女のスマホは車に置きっぱなしだった。


連絡手段を失い、頭が真っ白になる。

そのとき、ふと思い出した。


——GPSだ。


彼女と共有しているタグで、居場所を確認できるはず。

スマホを開くと、確かに位置が表示されていた。


だが、違和感があった。

タグのアイコンは、サービスエリアから離れて動いていたのだ。


「移動してる……?バスか何かに乗ったのだろうか?」


焦りと不安がないまぜになりながら、私はハンドルを切った。

そこから“恋人を探す旅”が始まった。


しかし、追いかけても、追いかけても、彼女の姿は見つからない。

アイコンは、どんどん先に進んでいく。


奇妙なのは、その行き先だった。


最初に辿り着いたのは、小さな水族館。

ガラス越しにペンギンを見てはしゃぐ彼女の笑顔を思い出す。

次は、古びた映画館。

暗い館内で、彼女が眠り込んで肩にもたれかかってきたことがあった。

夕陽を見に行った海岸。

夕陽は雲に隠れてしまったが、夕陽に染まる彼女の笑顔はとても輝いていた。


どこも、かつて二人でデートした思い出の場所ばかりだった。


「なんで……どうしてこんなところに……?」


どこに行っても追いつけない。

恋人のいたずらなのだろうか。

懐かしさと不安が交互に押し寄せ、頭が混乱していた。


人混みの中、駐車場、ベンチ……必死に探しても、そこに彼女はいなかった。

ただ地図の上で、タグの光だけが私を導いていた。


やがて夜が訪れる頃、アイコンはゆっくりと郊外の方へ動き出した。

たどり着いたのは静かな墓地だった。


スマホの画面で光が止まった瞬間、背筋が冷たくなった。

足がすくむ。それでも私は歩み寄る。


墓石の前で立ち止まった時、目に飛び込んできた名前に、息が詰まった。


——そこには、彼女の名前が刻まれていた。


思い出す。

そう。今日は命日だった。

彼女は、昨年の今日、交通事故で亡くなったのだ。


スマホの画面を見下ろすと、GPSはまだ点滅している。

まるで「もう一度デートに行こう」と誘っているかのように。


その時だった。

風の音に混じって、確かに声が聞こえた気がした。


——「あなたの忘れっぽさは健在ね

でも、私のことはずっと覚えてくれてるのね。」


私はしばらくその場に立ち尽くした。

忘れっぽい自分が、決して忘れてはいけないものを、改めて胸に刻むように。


夜空の下で、GPSの小さな光が、星のように瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ