儲かる営業、神様が教えます
「そりゃまた……なんかえらいことのなっとるなぁ。」
数日後、街の巡回の途中で合流した明石さんにスサノオ様のパチンコ屋の話をしたところ、彼女もなんとも複雑そうな顔をしてその状況に関する感想を述べた。
「そうなんですよ。……一応社長に報告はしたんですが、まぁ、儲かっている以上は辞めさせるわけにもいかんだろう、と。」
「まぁ、ギャンブルなんてそんなもん。と言われればそうやからなぁ。純粋にお客さん増やすと、いいことも悪いこともあるっちゅうのがなんとも……。」
そうなのだ、これがこの件のややこしい所である。
方法はともかく、大真面目にパチンコホールへの集客を増やしていることに疑いはないのである。生活の余剰金を落とさせることで人を不幸にする穢れの力を燃焼させるのにもある意味一役買っているに違いない。
しかし、どうにも度を越しているように思えてならない。
あれでは不幸な人間を無理やり作り上げたり、貧乏な人間をますます貧乏にしてはいないだろうか?
ここ数日何度か考えたことなのだが、今のところ解決方法が見当たらない。そこについては社長も明石さんも同じのようだった。
「多分今聞いた話やと、その辺の貧乏神さんたちの穢れを、スサノオさんがしょい込んでる形になっとるんやろうなぁ。ぶっちゃけ金銭の多い少ないは浄化の指標にはならん、ようは心がこもってるかどうかやからなぁ。つまりは……。」
「つまりは?」
「まぁ、「穢れた金」を集めてるってことか。」
「……最悪ですね。」
ギャンブルにおいて、遊んで、楽しんだという気持ちになって手放した金は穢れを払うが、生活に困窮して一発逆転を狙い、さらには負けた金には怨念、悲しみなどの穢れた感情が乗っかる。あそこまで強引に、しかも貧乏神が集客したお客の落とす金である。どちらの感情がより多く乗っているかは想像に難くない。
俺は明石さんの言葉にため息をついた。
「やっぱり様子見するしかないですかねぇ。」
「んー。パチンコ屋の中の話やったら、もうほっとくしかないわなぁ。うちらから見たら貧乏神に取りつかれるのも、人間の側にそれなりの心の弱さがや穢れがあってのことやから。一種の天罰みたいなもんやねん。こっちも縄張りみたいなもんがあるから。人間の側からお願いされてもおらんうちはいちいち追い払ったりできんしなぁ。」
要するに、個々の案件に対処はできても、全体の構造を破壊するのはやりすぎになるらしい。
やはり、神社にはまめにお参りしておく方が良いようだ。
「……なんか、この方法で天下取るとか言ってましたけど。どうするつもりなんですかね?」
「財力にモノを言わせて多角経営ってやつでもやるつもりやろか?ほかの神さんに迷惑かけることなかったらええけど……。」
そんな話をしながら、歩きながら二人して複雑な面持ちでため息を付く。
そして、角を曲がったところで白い犬がこちらに駆け込んでくるのが見えた。
それはその先にある携帯ショップの守り神であった。
「あれ?犬神様。どうしたんですか?」
どうも我々を探していたらしい。獲物を追いかけるように猛然とこちらに向かってきた犬神様は俺の目前で急停止すると人通りの多い路地であることも構わず俺に吠え掛かった。
「大変だ!お店に大量の貧乏神がやってきたぞ!」
普通の人間には犬の鳴き声にしか聞こえないだろうが、俺の耳にははっきりとそう聞こえた。
その言葉に俺と明石さんの顔は真っ青になった。
慌てて携帯ショップに行くと、そこには大量のお客さんが順番待ちしている状態だった。
しかも見渡せば老人ばかり。しかも、一人ひとり貧乏神がついている。
そしてこちらに気づいたのか、店の中からスサノオ様が顔を出してきた。
「いよう!榊君に明石。お客さん一杯連れてきたったで。」
どこまでも無邪気なスサノオ様。さすがに明石さんは黙ってはいなかった。
「ちょっと!こんなにお年寄りばっかり集めて、一体何売るつもり?」
そういう明石さんの言葉にスサノオ様は動じない、むしろよくぞ聞いてくれたといわんばかりの顔で答えた。
「決まっとるがな、スマホを買ってもらうんや。この時代、おじいちゃんおばあちゃんこそスマホを持ってもらわんと。家でボタン一つで買い物ができるようになるんや、便利やで?」
「……使い方、みんな解ってんの?」
「そら、あとは本人の気合と根性次第やろ。分からんかった聞きに来たらええし、毎月金払ってたらそのうち慣れてくるわ。」
「……んな無茶な。」
確かにスマホでお年寄りの生活は便利になるだろうが、貧乏神が無理やり連れてきた人々が全員が全員、その利便性に気づき、かつ使いこなせるかというとそれははなはだ疑問である。見たところ電話以外の機能に興味がないという層がお店に集結している。
だが、スサノオ様はその辺もわかっているらしい。そのあたりに張り出しているプランを指さして説明を始める。
「まぁ、なんかあって突然インターネット低速になったらビックリするからな。ここはみんなに使い放題にプランを付けてもらう。」
「……初心者には絶対必要ないやろ。」
「しかも、今ならタダで使えるんやで?」
「最初の三か月だけや。」
「2台買ったら機種代も半額やで?」
「二台目買わす気か!」
うーん、なんというか。
割引は確かにお得なのだが、この複雑な割引のメリットとデメリットをご老人たちが完全理解できているとは到底思えない。
というか、若者でも無理だ。
一時間かけて説明された契約内容をそれだけで全部理解して期限どおり行動し、お得にプランを使いこなす人間などそうは居まい。
これはめんどくさいと思考停止して放置するとガンガンお金が減っていくやつである。
俺は店の中にひしめきあう貧乏神たちがどういう結果をもたらすか考えて血の気が引いてきた。
そしてさらに、カウンターのお客さんが貧乏神に伴われAIスピーカーや、SDカードを買おうとしているのが見え、さすがにスサノオ様に問うた?
「あのオプションも貧乏神さんに買わせるよう言ってるんですか?」
「おう、なんせタダで持って帰れるからな。あっても困るもんやないやろ。」
「……なんでタダにできるんです?」
「スマホの分割に一緒に上乗せしたらタダで持って帰れるんや。凄いやろ?」
「……それ、タダじゃないです。」
俺たち二人の会話に明石さんは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「……あかん、こんな商売のやり方は間違っとる……。今は良くても後が続かんやろ。」
目の前で起きている状況に絶望の表情を浮かべる明石さん。
先ほどの話ではこのような形で集めたお金は神々の言う「福」には当たらない。お店の利益を求め、客からのお金の搾取と不信の増大をもたらすものだ。
おそらく彼女にとっては見たくもない光景なのかもしれない。
だがそれに、スサノオ様は彼女の肩を優しくたたき。優しい顔で諭すように慰めた。
「今のこの不景気、ワシらはまず生き残らなあかん。きれいごと言うてる前につぶれたらそれで終わりやないか。まずはどんな手を使っても成功すること。福をなしたかったらそれからにしたらええ。大丈夫や、老人たちはなーんもわかってへん。」
「……やっぱり騙しとるんやないか。」
明石さんの冷静な突っ込みに、俺は大きく頷いた。
やれこうすれば儲かるなどと
親切心でおっしゃいますが
後先かまわぬ儲け方では
神様は達はかなわない
はてさて一体これからどうなる?
続きは次回のお楽しみ