やっぱり戦いは続く!
疫病の大流行から始まった商店街の危機はこうして一様の終結を見た。
空いた物件には連れてきた神々に入ってもらい、社長もどうにか元の霊威を取り戻しつつあった。
長い戦いの果て、ようやく弘田土地管理に日常が戻ってきたのである。
「いやぁ、今回ばかりはさすがにもうアカンかと思うたわ。」
事務所の営業再開日。明石さんはやれやれと言った顔で一連の騒動を振り返った。
「一歩間違えば、私たちもどうなっていたことか……。」
長い間事務所に戻ってこられなかった南さんもしみじみと頷く。
一体どこの過ちからこうなったのかわかりもしないが、霊的には人類の罪と穢れの一時清算を強制的に行わせる形になってしまった。
神々としては価値観や信仰の対象がどこに行くかわからない状況であり、一歩間違えば霊的な勢力図が入れ替わる寸前だったのである。
世界各地でこのような激震が起こったというのは、霊的にも現実社会においても大災厄と呼んでいいほどの事件だったと言える。
「色々大変でしたが、何とかなって本当に良かったですねぇ。」
俺はほっとした顔で神々にそう答えた。
世界各地でこのような騒動が起こったようだが、ひとまず電気街の平和は守られた。
人間社会には知られてはいない功績だが、それは、誇ってもいい事だと思うことにした。
「……でも、被害は甚大。」
南さんの隣の席で与根倉さんがまたぼそりとつぶやく。
それに元気になってようやく通常サイズに戻れた社長は大きく頷いた。
「そうやな、現状、この辺は焼け野原みたいなもんや。今回の騒動で電気街のみならず、商売全体の仕組みが大きく変わってしもうた。ネットでの商いも多くなって電気街としても形が大きく変わりつつある。穢れが大幅に清算されたのは喜ばしい事やが、課題は山積みやな。」
どこか嬉しそうではあるものの、やはり気が抜けない様子の社長に俺も同意した。
疫病の流行により、結果的にネットでの商売が活性化され、実店舗は致命傷クラスのダメージを食らった。
生産力の低下や、復興のサイクルが始まり、今度は物不足、人手不足が起きるだろう。
もはや以前の電気街は戻ってこないかもしれない。
先日の外国の神々の乗っ取り騒動もそうだが、霊的にもやらねばならないことは山積なのである。
「それにしても、今回スサノオさんにはえらい目に遭ったっちゅうか助けられたっちゅうか……。」
「……根はいい神様ですからね。そこがかえって毎度扱いに困るというか……。」
「ちゃんとしたお祭りが必要。」
明石さん、南さん、与根倉さんがそれぞれコメントを述べる。
確かに、今回元凶となったスサノオ様についてはなんとも一言では言い表しにくい。
粗末に扱ったのが悪かったのは確かだが、ああなっても決定的に縁を切らずに居たから助けてもらえた側面もある。
複雑な顔をする三柱のお稲荷さん。
それに社長はポットでお茶を入れながら答えた。
「ああ見えてスサノオさんは、その身に穢れを背負って、理由もなく暴れるわけでもなく。いざとなったら助けてくれる。優しい神なんや。ええ付き合いしとれば、二つ返事で駆けつけてくれるんやから。これからもちゃんとお祭りせんとな。」
「悪気無く、行く先々で騒動起こすんですけどねぇ……。」
結局、スサノオ様との奇妙な関係は続くようである。
俺はこの先の事を考え、大きくため息を付いた。
「そういえば、そのスサノオさんはどこいったん?あれから姿を見てへんけど。」
明石さんの疑問に俺はああ、と頷いてスマホの画面を見せた。
そこには疫病平癒の守り神としてあがめられるアマビエ様の画像の数々が並んでいた。
「関公様との戦いの後、皆さんがアマビエ様のコントロールをやめちゃったので、アマビエ様が疫病封じの神として行動を起こしちゃいまして。日本中のアマビエ様追われてどこかに行きました。多分、アマビエ様ブームも収まりつつあるので、お互い力を相殺したんじゃないかと。」
結局あの騒動の後、あの穢れたスサノオ様は姿を消した。
と、言えば聞こえがいいが、巨大なアマビエ様に追われるようにどこかに行ってしまった。
現状、日本中から疫病の脅威が消えつつあるので、彼の穢れた力はかなり弱まったようである。
その点ではある程度罪と穢れの清算は行われたようである。
それはこの大災厄におけるせめてもの救いだった。
「そのうち、またひょっこり戻ってくるんじゃないですか?あの神様、にぎやかなのが好きですから。」
「会いたいような、会いた無いような……。」
俺の言葉におのおの複雑そうな顔の神々。
古代から繰り返されているとはいえ、さすがにうんざりするのだろう。
それはそんな神々を苦笑して眺めた。
あれだけやってもあの調子の神々である、穢れと背負いながらまた陽気にやってくるに違いない。
社長の言う通り、こんどはちゃんとお祭りしないとな。
そんなことを思っていると、俺の突然スマホが鳴り響いた。
「あ、噂をすれば、ですよ。」
それは、スサノオ様からのテレビ電話だった。
「いよう!榊君!すまんなぁ。こないだはドタバタで挨拶もなしにどっか行ってもうて。」
なんというか、律儀な神様である。
なぜ動画付きの通話で連絡してきたかは謎だが。
背景には抜けるような青空と広大な工事現場が見える。
俺たち事務所一同は肩を寄せ合ってそれをのぞき込んだ。
「いえいえ、そちらこそ浄化が進んで何よりです。今はどちらに?」
「おお、アマビエに追われていくうちに埋立地に来てもうてな。聞いたらここで今度でっかい大規模なイベントがあるそうやないか、ワシ、ここの守り神と仲ようなってん。」
「……はぁ?」
いいつつ、我々に見せつけるように、体中にいくつもの目を付けた赤と青の色をした神様をヘッドロックでカメラの画像に無理やり押し込んできた。
言葉を発してはいないが、その守り神は実に迷惑そうに、逃げようと必死にもがいている。どうやって「仲良く」なったのか考えたくもなかった。
「ワシ、しばらくここにおるわ。また遊びに来てな!」
そして切れる電話。
「埋立地……って。まさか万博会場?」
俺がそう言って振り向くと、背後から画面をのぞき込んでいた三柱のお稲荷さんが青い顔で互いの顔を見合わせていた。
「あの神さん確かマスコットキャラちごた?」
「どう見ても押し入ってますよね!あれ。」
「……イベントの危機。」
やはりそうなるか。
俺は神々の言葉に反射的に立ち上がっていた。
大阪市が全世界に向けて行う一大イベント、万博に疫病神がいる。
その先で何が起こるのか、考えたくはないが大方は想像がついていた。
「榊君。」
社長の言葉に頷きながら背広のジャケットと鞄を持つ
どうやら、俺に安らかな休日が訪れるのはまだ先の話のようだ。
「ちょっと埋立地に行ってきます。」
そう言うと俺は神々に見送られながら、事務所を出て、埋立地へ向かった。
この後、万博に関する様々な騒動が巻き起こるのだが、それはまた別の話である。
艱難辛苦を乗り越えて
商店街に福来る
けれどもやっぱり人々の
穢れと罪は消えません。
貴方の家に街角に
いつも神様見てるから
榊君は止まらない
一先ず幕となりますが
今日も明日も彼は行く
貴方の街で、お社で
いつかまた会うその日まで
ご武運ご多幸をお祈りし
最後に一言
ごっどぶれすゆー!




