ベビーフェイスじゃいられない
結局、我々はホテルを追い出され、通天閣のビリケンさんのもとに逃げ込むことになってしまった。
交渉には参加していなかったのだが、異常を察して駆けつけた千住院がその光景に頭を抱える。
「ほんなら、まんまとホテル丸ごと渡してもうたんかいな。」
周囲に対し平謝りし続ける恵比寿様にもはやどういう表情をしていいのかわからない千住院。
周辺は展望台の見晴らしの良い場所ではあるものの、霊的にはいよいよ手狭な場所に神々が押し込められ、さながら難民キャンプのような惨状である。
俺は千住院の言葉に力なく頷いた。
「事前に状況を確認していなかった我々も間抜けですが、まさか向こうもここまでやってくるとは……。」
「……まぁ、普通『話し合う』言うたら。物事を解決するために動くと思うわな。」
なんとも情けない話である。
結局、交渉に疲労した恵比寿様が話し合うまでの条件をいい感じで吊り上げられ、うかうかそれに乗ってしまったために、おいしい所だけさらわれてしまったという訳だ。
こちらとしては、話し合うからには解決の方向に向かうという固定観念と、まさかそんな図々しいことはしないだろうという勝手な思い込みでこうなってしまった。
情けないことだが、向こうに不義理は何もない。
こっちが交渉できると解決を焦って安売りしてしまっただけのことである。
「南さんが戻ってこれたのはせめてもの救いですが……。」
それにしても被害が大きすぎる。
俺は腕を組んでうなった。
電気街からはほぼ締め出され、駅前の拠点も差し出してしまった。
ここ通天閣にはビリケンさんの好意で何とか間借りしているが、さすがにこれでは神々も霊威を保てない。ここに神社でも建てなければ、ここの神々はじきに霊威を保てなくなるだろう。
「社長は?」
「もう、像を結ぶのも難しなってきてお社にこもってもらってるわ。ウチらもネットの影響あるからまだましとはいえ、基本は土地に根差してるから時間の問題やな。」
「……絶体絶命。」
「どうしましょう……。」
明石さんと与根倉さん、そして南さんの言葉に俺はさらにうなり声を上げた。
流石に腹が立ってきたが多分状況はこれで終わりではないだろう。
向こうの最低条件がこちらの全面降伏なら、これからもあの手この手で、こちらの勢力を削りに来るはずだ。
これまでのようなやり口では手玉に取られるのが目に見えている。
ならば……。
「戦いましょう。」
俺は静かに言い放った。
それにお稲荷さんはじめ神々が色めき立つ。
「話し合いで解決する方に持ち込もうとしても、向こうは足元を見てきます。もうこうなったらこっちの力を決定的に見せつける必要があります。」
「せやけど、ウチらもう霊威が衰えてもうて、抵抗できるほどの力は残ってへんで?」
「しかも、向こうは武神です。争いごとになるとどうしても効率が悪くなりますよ?」
明石さんの言葉に力なく頷く神々。
千住院とて同じ様子だった。
「協力してやりたいのは山々やが、ワシも一介の人間にすぎん。神々の争いに介入して、ましてや神に仏罰を与えるなんちゅうことは、仏法の敵でもない限りご利益は期待できんぞ。」
確かに、神々は今弱り果てている。
仏様も、神同士の争いに介入するには大義名分が立つまい。
「それでも、今ここで後ろを見せたら。それこそ追撃を食らいます。こちらが譲歩すれば、全部持っていくまで引き下がらないでしょう。向こうがその気なら、こっちも手段を選ばず行きましょう!」
「選ばないって?」
「一つ心当たりがあります……ですが……。」
南さんに答えながら、俺は窓の外の風景に目が留まった。
そして、その外に見えるものを指さし、神々に提案をした。
「皆さんにはあのアマビエ様の力を借りてこれらるよう働きかけてもらいましょう!みんなの『不安』を吸い上げて巨大になったアマビエ様。あの神様なら巨大な霊威を持ってます!」
俺の言葉に一斉に疫病が流行って以来。ずっとそびえ立ち続けているアマビエ様を見上げた。
経緯はともかく、現在日本国内で最も有名な神になりつつあるアマビエ様。これを味方につけ。協力を得られれば大きな力になるはずだ。
「でもアマビエ様は件の一種で……。」
「アマビエ様は、厄除けの神!救世主です!八百万の神の仲間なんです!そういうことにするんです!」
「……ああ、なるほど。」
俺の勢いに押され、目を泳がせながら納得する南さん。
それに明石さんは静かに頷いた。
「……確かに、ウチら神々の役割は人間の期待によって変わる。ウチらも天神さんみたいに祟り神が学問の神になったり場所によっては縁結びの神になったりしとるからな。ほんならアマビエさんも、こっちの味方に引き入れてしまえばええという事やな。」
「はい、皆さんで、アマビエ様を説得してください。人間の側でもなんとか……。」
と、そこまで言ったところで、俺はもう一つ閃いた。
人間、追いつめられると色んなことが思いつくものである。
俺はすかさずスマホを取り出すと、最近近づいていなかったあのサイトを検索する。
「おい?どうしたんや?」
怪訝な顔でのぞき込む千住院。それを横目に俺は必死でページをめくる。
そこには陰謀論の神となった元パソ神様の姿があった。
「お久しぶりですパソ神様……いや、ネット神様、実はご報告があります。」
「どうした?何かあったのか。」
こちらから呼ばれ、ましてや話しかけられる事が少ないせいか珍しくこっちの話を聞く姿勢のネット神。
それに俺は大きく息を吸い込み、あらん限りの気合と情熱と怒りを込めて、パソ神様に言葉を放った。
「いま日本は外国勢力から侵略を受けております!このままでは日本は滅びます!急ぎ戦士を募ってください!救世主はアマビエ様です!あの神が目覚めれば、日本は救われます!」
心のこもった言葉は神に響きやすい、俺は腹の底から振り絞った声で訴える。
それにパソ神は怪しげな光をスマホ内で放ち始めた。
「なんと!それは大変だ!私も力の限り協力しよう!世界中から光の戦士を集い、アマビエを目覚めさせ、侵略を阻止するのだ!」
「よろしくお願いします!」
俺の言葉に両手を広げ、大きくうなづくと、パソ神様はネットの海に再び消えていった。
これで、海外の神々に対する脅威論がネットを駆け巡り、アマビエ様を救世主と信仰する流れが出来ていくだろう。
一先ずはこれで良し!
そう頷いてスマホをポケットにしまう俺を、千住院は流石になんとも言えない顔で俺を見ていた。
「……お前、それ現実なら風説の流布やし、霊的にも呪詛のやり口やぞ。」
「手段は択ばないって言ったじゃないですか。何も嘘は言ってないし。向こうがギリギリの手段を使うなら、こっちも対抗するまでです。」
「ワシの立場からそれは、褒められんなぁ……。」
流石に僧侶の身ではなんとも言えない、と言った面持ちの千住院。
だが、こちらもお行儀のいい事はやっていられない。
俺がネットを煽ったことを受け、早速準備に取り掛かるべく、展望台の神々があわただしく動き始めた。先ほどまでの陰気な空気は無くなり、どうすべきかの議論が巻き起こり始める。
流石、目的を持てば、神も人も生き生きとしてくる。
ここでしくじれば後はない、ここは各々がやれることをやるだけである。
「ウチらが動いて人の意識を変えていけば、不安は希望へ変わるやろ。せやけど、相手は外国の武神や。油断はできへんで?」
今までが今までだけにさすがに気が抜けない様子の明石さん。
だが俺はそれに、不敵な笑みで答えた。
「その辺は、もう当てがあります。実際あの神様に頼るのはちょっとどうかと思っていたんですが。もう、この際仕方ないでしょう。」
「まさか……。」
「そう、こっちにもそっち方面が大好きな神様がいます。八百万の神の本気、見せてやりましょう!」
そう言うと俺は自分の仕事を果たすべく、あの神様の居る場所へと向かった。
ここまで追い詰められられたなら
なりふり構っちゃいられない
使えるものは総動員
何でも使って戦うぞ
いよいよ最終決戦だ!
次回更新お待ちあれ!




