報連相のその結果
俺の勤務先。「弘田土地管理」は電気街のはずれに存在する。
……と言っても、普通の人間にはたどり着くことはできない。
神に招かれたか、霊的な存在の視点でしか見えないその異世界への入り口は、木造平屋建て、表のガラス戸には数々の物件情報が張ってあるという今時めったに見ない佇まいで存在している。
俺が入ったころは筆字の古風な張り紙だったが、いい加減パソコンの導入が進んだ現在、それなりに作られてプリントアウトされたものに変わりつつあった。
勤務体制については神々の感覚なので「日が沈むまで」というざっくばらんすぎる話なのだが、さすがにしまりがないので、よほどのことがない限り日報くらいは書きに帰るようにしている。
本日、会社に帰るなり最優先で報告したのは、やはり先ほどのスサノオ様の一件だった。
それに俺の上司たる三柱の神々は頭を抱えてうなり声をあげる。
「……あの神様。やる気無かったらない、あるならあるで大体ロクなことにならんからなぁ。毎度のこととはいえ……。」
俺の隣でそういったのは明石稲荷大明神。法被を羽織ったOLの姿に化身しているが耳と尻尾は狐のそれである。家電その他を担当しているいわゆるお稲荷さんである。
「……神がやる気出すのは本来いいことなんですけどねぇ……。」
俺の向かいで苦笑してそう言ったのが南稲荷大明神。おもちゃやホビー関連同人誌漫画関連を担当することが多い。担当しているものに影響されているのか、何か明石さんより幼い姿をしており、しっかり耳も尻尾もついているせいか何か事務所のマスコット的な存在である。
「……波乱の予感。」
最後に南さんの隣の席で与根倉稲荷大明神がぼそりとつぶやいた。アダルトグッズ関連を担当しているこの神様は、同じく狐耳と尻尾はあるものの、どこか陰気で言葉少なめである。長い黒髪で下を向いてパソコンやスマホをのぞき込んで何かぶつぶつ言っていることが多いので、福の神というよりは幽霊に見えることがある。
この三柱の神が土地神である社長の元この辺りの霊的な案件を取り仕切っている。俺の仕事はそれの補佐なので、見た目は事務員三人組だが、まぁ、上司とカテゴリーしてもそれこそ罰は当たらないだろう。
ほとんどの案件は人間である俺の手には余るので、頼まれなくても報告、連絡、相談をしているわけだが、今回の一件は神々も頭を悩ますようである。
彼女たちは各々の席で天井を仰いだ。
「どないしょ?どうせ止めても言うこと聞かんしなぁ。」
「……下手するとへそ曲げちゃいますよね。」
「……多分、ムキになる。」
これがこの仕事の厄介なところである。何しろ神々だけに万事合理性がなく、ほぼ面子と感情論である。この際、お金で解決という選択肢があった方が楽というものだ。
「それにしても、人間も前向きやなぁ。あんなケチのついたところによー商業施設なんか建てようとか思うわ。」
「一応は駅直近の超一等地ですからね。施設を作ることで街のイメージ刷新を図りたいんでしょう。」
明石さんに俺が答えると彼女はなるほど、うなづく。
確かに人間の側からするとそういう理屈になる。周辺の歴史と環境が劣悪とはいえ一等地をそのまま廃墟にしておくわけにはいかない。先ほどの美術館前の場所をはじめ政治が動いてよりよくしていこうとしているのだ。もちろん霊的にどうだとか言う話を行政が理解しているはずがない。
よって我々の仕事が増える、というわけである。
「……そもそも、商業施設って何が建つんですか?」
南さんの言葉に俺は即座にパソコンで検索してみた。
もちろん、あの広さの土地だ。いとも簡単に回答が検索に引っかかる。
「……ありました。パチンコ屋さんですね。ディスカウントショップも併設するようです。どちらかというとこれは遊戯施設では?」
「……まぁ、前の遊園地よりはらしいというか、マシのような……。」
人間の側もいろいろ考えているようである。それともスサノオ様が引き寄せた結果なのだろうか。根拠はないがなんというか、スサノオ様の好きそうな施設である。
明石さんも同感らしい、顔をしかめたままではあったが何度かうなり声を上げながら考え込み。やがてため息とともに結論を出した。
「まぁしゃぁない。この辺にはうまいこと営業してるパチンコ屋かてちゃんとあるんやから遊園地ほど場違いちゃうやろ。しばらく任せてみよか。」
「……いいんですか?」
「遊技場やから、毎日お祭りやってるみたいなもんやろ。うまいこと行ったら憂さも晴れて穢れが落ちていくかもしらん。まぁ、すぐ汚れたり、観葉植物とかが枯れたりするやろから、お金かけてまめにきれいにしていけばいいんちゃうかな?」
「……排気ガスのフィルターみたいですね。」
なるほど、たしかにああ見えてさみしがり屋のスサノオ様のことだ、大音量のパチンコホールはお祭り的な効果が期待できる。それで浄化されていくのであれば、これは好機と言えるかもしれない。
「それに、こんだけでっかい施設や。畑違いのスサノオさんには補佐なしでは手に負えんわ。そのうち根を上げるか、飽きて放り出すやろ。」
「……それもありそうですね。」
俺は明石さんの身も蓋もない予想に同意した。
スサノオ様の神様の属性上、素人がノリでお店を始めるくらいの話だ。うまくいくとは到底思えない。
だとすれば、適当に遊んでもらって早いうちに飽きてもらうのもありと言えばありなのかもしれない。
「うちらとしては、癇癪起こして暴れんように遠巻きに見ておこう。他の神さんはほっといても追い出すやろし、何をやっても自分のせいやったら暴れようもないやろ。」
「ということは……。」
「放置。」
三柱の神々の決が下った。
なんとも事なかれ主義の決断のようだが、どう考えても下手に動く方がリスクになりそうなのでもう、こうするしかない。
俺は神々の言葉にため息交じりにうなづいた。
まぁ、建物ができるまで定期的に励まして、ご機嫌とるくらいのことはしておくか。
俺はそんなことを考えながら、本日の日報を書き終えた。
報連相のその結果
何もしないと神の沙汰
さて、その結果はどうなるの?
続きは次回のお楽しみ