スサノオ様やる気出す
駅を降りてすぐの一等地にその施設はあった。
もともと建てられたビル型の遊園地として始まったそれは、周辺の環境とのミスマッチや経営の見通しの甘さもあり凄まじい勢いで赤字を生み出していった。
遊園地はただの巨大なゲームセンターになり、やがて目玉だったジェットコースターも止まり、ほとんど廃墟のような場所になってしまった。
そしていつしか周辺の穢れの吹き溜まりとなり、強大な疫病神の住まう伏魔殿のような場所になってしまっていた。
周辺の穢れのパワーの吹き溜まりと化してしまったその神はそのあまりにも巨大な穢れのパワーのため、下手に怒らせるとどこに災厄を起こすかわからないということで、追い出すわけにも、ましてや退治などもできず。結局その地に鎮座していただいている状況になっているのである。
千住院と出会ったのも、ここからその疫病神を追い出すかどうかで対立したことによる。結局、周囲の神々のとりなしもあって現状維持となったのだが、その危険性はそのままといえばそのままになっている。
時折、ささやかに酒などを持って訪ねては飲み相手になることで慰め、徐々に穢れのパワーを浄化するようにしていたのだが、荒廃は留まるところを知らず、最近は本物の廃墟になってしまっていた。
先ほどの話では大阪市から企業に売却されたという話なのでそのせいもあるのだろう。封鎖区域が広がって人間の俺には中に入るにはなかなか困難な状況になっていた。
そんなわけで、隣駅の仕事をしている事もあって、この辺りに顔を出さなくなっていたのだが、考えてみれば核兵器クラスの霊的な爆弾が放置されているような状況である。さすがにここまで顔を出さないとさすがに不安になるというものである。
そんなわけで、千住院ともども様子を見に来たわけだが……。
「……。」
俺たちはそこの様子を見て唖然とした。
そこには、何もなくなっていた。
更地である。
異形の七階建ての建物は姿を消し、完全に何もない地面になっている。地下鉄の入り口が申し訳程度に残されていた。
解体したビルの残骸もない見事な更地であった。
「……ちょっと見ないうちにこんなことになっていたんですね。」
「ついこないだまで、解体するかどうかでもめとった気がするが……決まったら決まったで最近の工事は早いもんやな」
聞けば外国の企業と聞いているが現代の工事技術は見事としか言いようがない。場所を間違えたのかとすら思えるほどの見事な変わりようである。
と、なってくると職業的にどうしても気になってくる部分が出てくる。
すなわち、霊的にどうなっているかどうかである。
何しろ核兵器に例えられるレベルの危険物が鎮座していたのだ。うかつに建物を解体していいのかどうかというのもよくわからない。今まではあまりに強力な穢れの力で話が進まなかったのだが、いつの間にか人間の側がどうにかしてしまったようだ。これは考えようによっては非常に危険なことだった。
俺たちはそのことに思い当たり互いに顔を見合わせた。
「……これ、ここの神々はどうなったんですか?」
「……いや、管轄外いうとるやろ。……しかし、どうなんねんこれ……。」
言い知れぬ不安に辺りを見回す俺たち、だがその回答はすぐに向こうからやってきた。
「いよう!榊君やないか!久しぶり!」
遠くから声が聞こえ、独特のオーラが近づいてくるのが感じられた。見るとそこには空き地からやってくる巨漢の男神の姿が見える。
周囲の穢れた力を懲り固めたような存在感はそのままに屈強な大男の姿をしたその神様は、以前はぼろぼろの着物に毛むくじゃらの姿であったが、むさ苦しさはある程度そのままに小ぎれいな短パン、Tシャツ姿になっていた。あくまで霊視の結果だが、その辺の人ごみに紛れていても違和感のない程度にはこざっぱりはしていた。
この神こそ、その粗暴さから天界、高天原から追放され、かのヤマタノオロチをその手で退治した神、建速須佐之男命である。
過去の神話の通り、義侠心に溢れた人懐っこい神であるが、気分屋で粗暴な上に周囲の穢れた力に影響を受けまくった姿。いわゆる「荒魂」な部分が分離した存在らしく。この界隈ではSクラスの危険な神として周囲の神々からはある意味一目置かれている。
彼と仲良く話せる俺は、ある意味彼が暴れないようになだめる、いわゆる「お祭りしている立場」なのである。
「スサノオ様……。ちょっと雰囲気変わりましたね。」
「いやぁ、廃墟を片付けてもらってさっぱりしたがな。やっぱりアレやな。たまには掃除してもらうのもええもんやのぅ。」
どうやらスサノオ様の中では建物そのものに全くのこだわりはないようである。どちらかというと浄化される方向に行っているようでひとまずは一安心というところだろうか。
考えてみれば除霊なり魔よけの第一歩は掃除からだ。
結果論だが、廃墟になったビルごと撤去してしまったので結果的に穢れが払われてしまったのだろう。もともと土地に憑いているスサノオ様にとってはむしろ歓迎すべき状況ということのようだ。
さすが企業、多分わかってないと思うが個人レベルではできないレベルの除霊ができるものである。
「そう思っとるんやったら、たまには自分でやらんかい!おのれのせいで自治体がどんだけ損したと思うとるんじゃ。」
相変わらずスサノオ様には口が悪い千住院。
無理もない、彼にとって汚れまくったスサノオ様は「疫病神」とか「魔」とも定義される存在である。暴れないようになだめて浄化するという八百万の神々の方針とは認識が違う。
公務員としてもスサノオ様がここにいることで大阪市にもたらされた損益は数百億は下らないという、正直彼にとっては存在自体何とかしたいものなのである。
スサノオ様もそんな千住院は嫌いなようで彼の言葉には反省する様子もない。ふん、と鼻を鳴らすとどこかとぼけた様子で千住院に答えた。
「やったってもええけど、皆辞めろって言うからなぁ。ワシ福の神ちゃうからそういうの苦手やねん。いや、俺は構わんのやで?」
確かにこの神様、悪気はないのだが万事やることが感情的な上に雑で大雑把である。そもそも穢れのパワーを霊威の源にしているせいか、いらぬところに被害が出ることが多い。はっきり言っておとなしくしてくれたほうがありがたいのである。
とはいえ、どれもこれも人間が生み出した噂や嫉妬、怨念といった感情が生み出した穢れがこの地に吹きだまった結果である。何らかの形で人がそれを浄化しなければそれは天罰という形で人に害を為す。
確かにこの地を企業がお金と労力をかけて瓦礫を片付けたことで贖罪と浄化がなった形になったのは確かにいい機会だったのかもしれない。
俺はきれいな更地になった土地と、それにリンクするようにこざっぱりしたスサノオ様を見比べてひとまずは胸をなでおろした。
そして、俺はその先に話が気になってスサノオ様に向き直った。
「……しかし、これからここどうなるんですか?駐車場にするにはいい場所ですが。」
「なんか詳しいことはよう知らんけど、でっかい施商業施設建てるらしいで?楽しみやなぁ。いっちょド派手な建物にしてもらいたいもんやのう。」
「……相変わらずここに居座る気まんまんやな。」
まるで自分の家が新しくなるかのような無邪気さで語るスサノオ様に不安げな千住院。
それに俺もうなり声をあげる。
「……確かに、一時的にここが浄化されても、汚れやすいこの土地の状況が霊的に改善されないとまた赤字施設ができちゃいますね。」
「会社の経営方針もそうやが、霊的にも過去の反省なしに動いたらおんなじことの繰り返しやからな。ここでコケたらいよいよこの土地にケチがついて、さらに業をため込むことになるぞ。」
千住院の言う通り、いかに一時的に浄化されたとしても、霊的にこの施設がうまくいかない事情を放置すればまた同じことの繰り返しになるだろう。それはさらなる負債と評判の悪化を招き、街の荒廃が促進してしまう。
「とはいえ、スサノオ様にお移りいただく場所となるとやはりそれなりに大きな器がないといけませんしねぇ。」
「もう、この際埋立地とかでええんちゃうか?夢の島。」
「あそこ、万博だかカジノとかやる話なかったでしたっけ?」
「ああ、それは不味いわ……。」
これがこの問題のややこしい所である、被害を出さないように浄化するとなるとそれなりに予算も時間もかかる、とはいえよそに移るとなると霊的には穢れの塊をほかの土地に押し付けることになるのだ。
当然移った先で何が起こるかは想像に難くない。事故や火災などで済めばまだいいほうで下手をすれば大規模な災厄すら引き起こしかねないという。
結果、現状維持という現在の答えに至っているわけだが、かといってこのままというのも……。
考え込む人間二人。
だが、それにスサノオ様は何か思うことがあったのか笑顔で俺たちの肩を叩く。
「よっしゃ!ここはやはりわしの出番やな!せっかく建物が新しくなるんや。感謝の気持ちを込めて、ここでワシの霊威を示すときやろ!」
え?
「いや、さっき苦手って……。」
「大丈夫や。何事もやってみなわからんがな。何度でも失敗したら反省して、やり直したらええんや。一番悪いのは挑戦せんことやで。なぁ?何せワシ、力は有り余っとるわけやし。」
「……はぁ。」
なんとも無邪気で前向きなまなざし。
いかん。
ある程度浄化されて上機嫌なのかやる気を出してきた。
俺は無邪気にやる気を出すスサノオ様の気持ちを無下にもできず、生返事を返すことしかできなかった。
「……なんかすごい嫌な予感がするんやが。」
隣でつぶやく千住院の言葉に、俺は言葉に出さないまま心の中で同意した。
更地になってすっきりしたら
スサノオ様がその気になった!
穢れた神が商売繁盛
それってホントに大丈夫?
一体どうする?榊君
続きは次回のお楽しみ