太陽神降臨
そして、神楽が始まった。
恵比寿様が太鼓を打ち、与根神倉さんが笛を吹く。
通常の人間からすれば何もない所から音楽が聞こえてくるのだからこれでも立派な軌跡である。
神々の奏でる音楽が周囲の空気を厳かなものへと変えてく。
岩倉さんには見えていないだろうが周りに群がるスサノオ様達もその舞を興味深げに眺めている。
「さすがやな、練習の成果もあるんやろうが、疲れすら感じさせない完璧な舞やで。」
千住院も満足げである。
確かに、その舞は気品がありながらどこか艶やか、手先足先の細部に至るまですべての所作が美しく、いつもの岩倉さんとは違う何かが乗り移ったかのようだった。
それはいつも語らっている神々を超えるほどの神々しさすら感じる。
まさに女神。
ほれぼれする踊り、とはまさにこのこと。
と、思った俺だったが。徐々にそれが演出によるものでないことを感じ始めていた。
舞う岩倉さんから、うっすら光が見える。それは徐々に強くなり、肌で感じるほどの気配を感じ始めていた。
それは、公園で日向ぼっこをした時のような、お日様に干した布団の中にもぐりこんだ時のような安らぎ。見ているこちらが徐々に癒されていくのを感じる。
それは自然現象ではありえない、まさに神の奇跡というべき現象だった。
「うまくいったようですね。」
これで、この辺りの穢れは払われる。
スサノオ様達も晴れやかな表情になってきた。
神々しい光のおかげか、すっきりした心持ちで胸をなでおろす俺。
同じように手を合わせる千住院。
だが、彼は数秒後、舞台の光の変化に気づき始めた。
「……なんか、光がどんどん強くなってないか?」
「え?」
俺は千住院の言葉にはっとなって舞台を見た、舞う岩倉さんはまぶしいほどに光を放っている。
数秒前までは春の陽気のような光がこの数秒で初夏の陽気のようになり、やがて真夏の太陽のようになってきた。
そして、数秒で岩倉さんはまぶしくて直視できないほどの光を放つようになっていた。
まるで太陽がここに降りてきたようだ。
熱い、体中から汗がにじみ出てくる。
たまらず目を背け、後ろを向いた俺の背中が、火であぶられたように感じる。
そして、背広の生地が焦げていくような臭いがし始めたので、いよいよこれが、霊的現象ではなく。自然現象としてこの場に実体化していることに気が付いた。
「熱い!」
なにせ根本が光である。
黒い物の温度が上がりやすい物理法則に従い、髪の毛が耐えきれないほどの温度に達し、俺と千住院はたまらず、控室にしていた物陰に飛び込んだ。
「おい!これちょっと威力高すぎちゃうか!」
先ほど安らぎはどこへやら、恐怖に引きつった顔で千住院が叫んだ。
すぐ隣で、数柱のスサノオ様が発火するのが見える。
どうやら霊的な存在にはさらに効いているらしい。
俺も、その光景に恐怖を感じ始めていた。
「もしかアマテラス様、無茶苦茶怒っているのでは!?」
もはや悲鳴に近い声で俺も答えた。
これはもはや慈母の光を飛び越え、裁きの光とかそういうレベルである。
このままでは穢れが焼き払われるついでにこちらも巻き添えを食らいかねない。
俺は必死に身をかがめ、大きな庭石の陰にうずくまった。
そして次の瞬間、それは起った。
ものすごい音と共に、爆風が中心部から外側に駆け抜ける。一瞬で周辺のスサノオ様達を吹き飛ばしたそれは、今度は逆風となって中心部に吹き抜けた。
最初の爆風は物陰になっていた庭石が影になってくれたが、逆に吹いてきた爆風はもろに食らうことになった。何かを判断する間もなく俺たちは正面から体当たりを食らったような爆風に襲われ、何が起こったか認識する前に、俺は背中にしていた庭石に叩きつけられることになった。
なんとか正気を取り戻した時には、周辺はもうもうと立ち込める砂煙に覆われていた。
多分部隊の土台になっていたビールケースが解け落ちたのだろう、プラスチックが焦げる匂いと共に、破片のようなものがパラパラ降っている。
「……さすが大日如来の化身。えげつない威力やな。」
千住院も無傷とは言えないが無事のようである。
彼は砂まみれの姿のままよろよろと立ち上がり辺りを見回す。
どうやら強烈な発光現象は収まったようである。
「一時的に日本全国のパワーをここに集中したみたいなもんですからね。しかしここまでの威力とは……。」
まさにこれが神の本気というものなのだろう。いつもは町内担当の福の神ばかり相手にしているが、国家規模の守り神ともなると、軽く天変地異が起こるらしい。
おそらく、虫眼鏡で光を集中させるようにこの地域一点にパワーを集中させたのだろう。区域をホテルの敷地一点に絞ったので、威力がさらに増大したのかもしれない。
「こんな繰り返しとったら、日本から四季が無くなってまうぞ。」
千住院のぼやきも、まったく冗談に聞こえなかった。
無人の建築現場を選んだのは正解だった。
場所が悪ければ死人すら出かねない。
実際我々も危なかったのだ。
身を屈めていたのが幸いしたらしいが、吹き飛ばされた位置や打ち所が悪かったら、今頃どうなっていたことか。
俺は、身を盾にした庭石の位置が少なからず動いていることに気づき、ぞっとする思いがした。
「榊はん、無事でっか?」
土煙のもやの中から、恵比寿様と与根倉さんが姿を現した。
岩倉さんの近くにいたようだが、彼らはスサノオ様達とは逆で属性的にノーダメージだったようだ。
こちらが手を振ると、二柱の神々は興奮した様子で駆け寄ってくきた。
「いやぁ、大成功でんな。わてもこんなすごいの見たの久しぶりですわ。アマテラスはんのお怒りは相当なもんですな。」
「……やっぱり、あれキレとったんか。」
千住院の言葉に俺はこの浄化を超えて天罰ともいうべき現象に納得が言った気がした。
どうも儀式がうまくいった意外に、アマテラス様のお怒りも相当あるようだ。
まぁ、あれだけの災厄を起こされたのだ。
弟とはいえ限度はあると思う。
そして、あと一人、この神降ろしの成功の貢献者の姿が見えないことに気が付き、俺は辺りを見回した。
「あれ?岩倉さんは?」
俺の言葉に二柱の神々は一斉に後ろを振り向いた。
そして与根倉さんがすっと、土煙の向こうを指さした。
「……あそこ、まだ、終わっていない。」
そして、土煙が振り払われる。
俺たちの目に映ったのは、巫女服のままそこに佇む岩倉さんの姿だった。
彼女は無表情だが目や口から光があふれ出ており、まるで体内に小型の太陽が入っているかのようだった。
先ほどの爆発的なものではないが、畏れ多いほどの神々し気配をまとっている。
そう、彼女に降りた神はいまだ帰っていなかったのである。
そしてさらに風が吹く。
周囲の砂埃が巻き上がり、風がそれを一点に集め始める。
やがてそれは徐々に人型を形成し、数体のスサノオ様として像を結んだ。
流石は神。あれだけの浄化の光をまともに受けても、かき集めればまだこれだけの霊威があるらしい。
だが、健在とはいえ、ダメージはあったらしい。明らかにその数は5体ほどに減り、身なりも爆発に巻き込まれた直後のようにぼろぼろになっている。
彼らは岩倉さん……いや、アマテラス様の前に向き直ると実に楽しそうに笑った。
「フハハハ!ええのう!ええのう!こういうのを待っとったんじゃ!」
言いながらスサノオ様達は両手を広げて腰を落とす。
各々のスサノオ様の筋肉が膨張し、上半身の筋骨隆々とした体があらわになる。
そして、ここぞとばかりに禍々しい気配を発し、周囲に風を起こし始めた。
「久しぶりに全力でやりあおうやないか。……なぁ?ねーちゃん」
不敵に笑うスサノオ様達に無言で構えるアマテラス様。
神話の時代から繰り返された神々の姉弟喧嘩が、これから始まるようであった。
裁きの光を伴って。
太陽神が降りてきた
周囲の穢れを焼き尽くし
穢れと罪を焼き払う。
だがスサノオ様も負けてない
これぞ祭りと力を示す
神話の御代より繰り返された
姉弟喧嘩が今始まる!
その戦いの決着は!?
次回更新お待ちあれ!




