勅使は決戦の祭りに挑む
2日後の早朝。
俺たちは工事がストップしたリゾートホテルの敷地内にいた。
祭壇と、簡易的ではあるが舞台を設置し、周辺を清める。
下準備はこれで完了である。
協力してくれた恵比寿様も、それに満足そうに頷く。
「どうにか間に合いましたなぁ。なんとかアマテラスはんにお越し頂けそうですわ。」
「ありがとうございます。恵比寿様の協力のおかげです。取って付けたような、祭壇と舞台ですが、無いと始まりませんからね。」
ビールケースに布をかぶせただけの舞台、祭壇は組み立て式のものだが、ここに持ち込んで組み立てるのにはこれが精いっぱいである。
それでも必要な形式と条件を恵比寿様と与根倉さんの監修のもと短期間で完成させることができたのである。
それは、神々の協力と、俺があちこち飛び回った結果であった。
「やるだけはやりました。あとはやるだけですね。」
そう言って、誇らしげに祭壇を眺める俺。
だが、恵比寿様は少し不安そうだった。
「せやなぁ……けど……」
そう言って、彼は後ろを振り向く。
「わてが言うのも何ですけど、こんな大勢のスサノオ様、捌ききれるんでっか?」
そこには、周囲を埋め尽くさんばかりのスサノオ様達が集結していた。
さながらコンサートの開演を待つファンの群れである。
一般人には何も見えてはいないが、我々視点では実に恐ろしい光景が広がっている。
「スサノオ様を払うためのお神楽をやるって言ったら、ノリノリで集まってきたはいいんですが、まさかこんなにたくさん集まるとは……。」
「相手する神々もおらんかったから、暇を持て余しとったんでしょうなぁ。これ、もしかして大阪中のスサノオ様が集まっとるんちゃいますか?」
恵比寿様の言葉に俺は笑うしかなかった。
効果がありすぎるというのも困ったものだ。
基本は神降ろしに成功したらあとはお任せなのだが、万が一この量の穢れが処理しきれなければ、スサノオ様達の暴動でも起きかねない。
「ここは、天照大御神を信じるしかないですね。」
もう一か八か。
神降ろしに成功し、神楽がスサノオ様達を慰め、穢れを払うことに下手すればこちらの命もかかっている状況であった。
「おう榊君!準備できた?ワシ、神楽とか久しぶりやから。楽しみやねん。もう待ちくたびれたわ。」
最前列のスサノオ様が俺に声をかける。
それに俺はなんとか笑顔で頷いた。
「舞台はできましたので、もう少しお待ちください……なんとか、これで楽しんでもらって、穢れが払えればいいですけど。」
「そうやなぁ、とびきり楽しい奴を頼むで。」
そして沸き起こる怒号のような歓声。
なんというかすごいことになってきた。
俺は恵比寿様と複雑な顔で目を合わせると、そのまま簡易の控室になっている資材の置き場の裏手に移動した。
「どうです?千住院さん、岩倉さんのコンディションは?」
「おう、ばっちりやで。」
俺の声に控室にいた千住院がOKサインを出す。
そしてその傍らには、巫女装束に身を包み、ぐったりしながら椅子に腰かける岩倉さんがいた。
「……昨日から徹夜で踊りの稽古で……もうダメ、体力ギリギリ……。」
もはや、所作を気にする余裕はなく、目はうつろ、化粧で何とかしているが、目にはクマが出来ているだろう。
それでも化粧はしっかりしているのが彼女の矜持という所だろう。
「昨日から、稽古で心身をギリギリまで追い込んできた。これで意識はもうろうとしとる。簡易的やけど、これで無心で踊れるやろ。」
小声に俺に耳打ちする千住院に俺はうなづいた。
どうやら調整は万全のようである。
神を降ろすためには、いわゆるトランス状態で踊ってもらう必要がある。
無我の境地に至るため、元来は滝行や断食をやってもらう代わりに彼女を舞の稽古の名目で、極限まで追い込んだのである。
千住院の話ではこの状況に至ると、普通の人間でも時折神仏を見る人がいるらしい。
大半は疲労からくる幻覚だそうだが。
俺は紙コップに入ったジュースを岩倉さんに手渡すと、彼女の肩を叩いた。
「あと少しです、勅使として、天照大御神になりきりましょう!……いや、あなたは天照大御神!日本を救う、女神です!」
「……私は女神、私は女神……」
ぶつぶつと、つぶやきながら手にしたジュースを飲み干す岩倉さん。
いい感じに出来上がっている。
「……なんか味も分かんなくなってきたわ……。」
冷たいものを飲んで少し意識が戻ったようだ。岩倉さんはそう呟くと。紙コップを俺に手渡し、ゆっくりと立ち上がった。
「頑張ってください!」
「……もう、目をつぶってても大丈夫なくらい練習したわ……。安心して、あと一回だけなんだから……。勅使としての役目を果たすわ……。」
「女神様、ですよ。」
「そう、私は女神……。」
力なくつぶやくと、彼女はしずしずと舞台に向かう。
さすが、一度スイッチが入るとたいしたものである、岩倉さんは完璧な所作で舞台に向かっている。
それを千住院もほっとした表情で見送った。
昨日付きっ切りで岩倉さんを追い込んでいた千住院も目にクマが出来ている。
彼もまたこの儀式を成功させようと必死であった。
「まぁ、やるだけのことはやったな。うまいこと神の力を降ろしてくれるか、あとはそれこそ祈るしかないな。」
そういう千住院に俺は小さくうなづいた。
そして、隠してあったお酒の缶を取り出し、千住院に見せる。
「さっき飲んでもらったの、アルコール度数高めのお酒です。甘く味付けしてあってすっと、飲める奴ですけど踊っている間に回ってくるでしょう。」
「なんやて!?お前そんなことしとったんか!」
俺の告白に驚く千住院、俺はそれに笑顔で答えた。
「あれで、意識はさらに遠くなるでしょう?むしろ寝ていた方が神様は降りてきやすいわけですから。これくらい景気付けた方がいいじゃないですか。……まぁ、だまし討ちみたいになったのは申し訳ないですけど。」
「……いや、ちゃうねん。」
「え?違うって?」
「ワシもおんなじこと考えとって、さっきのジュースに導眠剤盛ったんや。」
言いながらポケットから薬の包み紙を取り出して見せる千住院。
俺はそれに、目が点になった。
なんとも考えることは同じである。
俺たちは、何とか意識を保ちつつ舞台に上がる彼女を眺め。
「まぁ、なるようになるか。」
と二人同時につぶやいた。
まぁ、この際、舞台で眠りに落ちても神は降りてくれるだろう。
今はそう信じるしかなかった。
これから始まる史上最大の祭り!
細工は流々、準備は万端!
果たした神は降りるのか!
いや、降りたとこでどうにかなるの?
果たして儀式は成功するか?
次回決戦!更新を待て!




