指令!神降ろしを実行せよ!
意識が戻ってからしばらく、岩倉さんは俺が事情を話すのを二日酔いの朝のようなひどい顔で聞いていた。
どうやら脳か魂かはわからないが、それなりにダメージは入るらしい。
彼女は今後の方針について、おしぼりで頭を冷やしながら答える。
「神降ろしの儀式?そりゃ基本は習ったことはあるけど……。」
さすが、勅使に選ばれるだけはある。霊能力が無くてもこういうスキルはちゃんと持っているらしい。
だが、その様子では、実地でやったことがない……。というよりそれでどれほどの霊的効果があるかピンと来ていないようだった。
「まぁ、四方を清めて、祝詞を奏上……あとは依り代が神楽を舞う……って感じよね。」
ぼんやりと記憶をたどる岩倉さん。
俺は与根倉さんを見て、それが合っているか目くばせで問うた。
「……間違ってはいない。」
その言葉に俺と千住院は目を合わせて頷く。
「形式はあっとるとして、問題は効果やな。せっかくの機会やし、最大限に生かしたい所やが……。」
千住院の言葉に応じて、俺は手元のスマホの地図を開き、床に置いた。
「当初の予定では、ここの恵比寿神社で儀式を行う予定ですが、これでこの区域一帯の穢れが払えますかね?」
「……効果はある。でも、場所は絞った方が効果大。」
与根倉さんの言葉に俺は千住院と地図をのぞき込んだ。
「ほんなら、区域の中心というより、霊的に効き目のある場所をピンポイントで狙った方がええっちゅうことか。」
「……できるだけ、穢れが集中してる場所。」
「そうなると、やっぱりあのパチンコホールですか?」
俺は地図を拡大し、現実的にどうすればいいか考えた。
「……確かに理想的ですけど、実際やるとなるとどこかに祭壇を作らないといけないんですよね?何とかして中に入れますか?」
「一応、民間の施設、それも閉鎖中やからなぁ。」
我々が言ったような霊的な空間には岩倉さんは連れていけない。となると物理的に建物内に入らねばならないが、何しろ相手は一般企業。宮内庁の名前を出してお祓いさせてください、などという話がすんなり通るとは到底思えない。
「……しかも、こんな近くでやるとなるとこっちの動きも悟られかねん、気をつけんと逃げ散ってしまうぞ。」
確かに、穢れた場所というのはつまりスサノオ様達がいる場所のことだ。そんな所で儀式を行うとなると不意打ちなど成立しない。
多分、好奇心旺盛な神々が寄ってたかって群がって来て、悪気無く妨害してくるだろう。
……いや?
俺はふと考えた。
好奇心旺盛なら逆に好都合ではなかろうか?
そして、地図をもう一度見直す。
「いっそ、スサノオ様達に集まってもらうのはどうです?」
「集めるって……どうやって?」
千住院は首を傾げる。俺はそれにスマホの地図を指さして見せる。
「ここですよ、建設中のリゾートホテル。ここでお神楽をやるって言って集まってもらうんです。スサノオ様達退屈してたから、喜んで集まってきますよ!」
「……なるほど!集まってきたところを一網打尽にするわけやな!ここなら屋外のスペースもそこそこあるし、工事も止まっとるから人気もない!」
俺の言葉に千住院は膝を打って喜んだ。
与根倉さんも無言で頷きそれを肯定する。
場所は決まった。
ここにスサノオ様達を呼び込むのは、さほど難しくはないだろう。
なにしろスサノオ様達は浄化されたくないわけではないのだ。
「……あとは、儀式の完成度か……。」
俺たちは、頭痛薬を飲む岩倉さんを二人で見ながら、言葉を飲みこんだ。
こうなると、ちゃんと神降ろしできるかどうかが気になる。
彼女の素養では、さながらペーパードライバーに運転を依頼するようなものだ。どこでアクシデントが起こるかわからないし、効果がちゃんと出るか不確定である。
かといって、今から山籠もりしてもらうというわけにもいくまい。彼女が霊的に完成度の高い神降ろしの術を習得するためには、それこそ人生観が変わるくらいの経験をしてもらう必要があるだろう。そんな事を短期間でやらせたら、それこそ命の危険すらある。
「……まぁ、ぶっつけでやってもらうしかなさそうやな。曲がりなりにも勅使なんやから。」
「一応、二度も神様は降りてきてますから、我々よりは確実ですよね。」
そんな我々の不安そうな視線に気づいたのか、岩倉さんはキョトンとした顔でこちらを見返した。
「大丈夫よ。これでも私、踊りは得意なのよ?昔はバレエもやっていたんだから。」
いろんな経験をしている人である。
それが果たして霊的にどう影響するかはわからない根拠なのだが、自信はあるようだ。
この際、自信がないよりはよほど良いだろう。
「……あとは神楽の完成度を高めてもらうしかない。舞いながら、神そのものになる。」
与根倉さんがまたぼそりと補足した。
「なるほど、神楽で舞いながら神を演じ、神に近づくわけやな?」
「岩倉さんには神楽の練習をやってもらった方がいいですね。」
与根倉さんの声が聞こえずきょとんとする岩倉さんを尻目に、互いに頷く俺と千住院。
そして、俺は岩倉さんに向き直りまっすぐな目で語り掛けた。
「もろもろのお膳立ては俺がやります。岩倉さんは勅使として神楽を完璧なものにしてください!」
不安はあるが、方針は決まった。
今はやれることを全力でやろう。
俺たちは神降ろしの儀式に向けて準備を始めることにした。
この災難を払うため
強力無比な神降ろせ
言うは易し、
行うは難し。
人を超え、神なるため
煩悩、雑念捨て、踊る!
さて、反撃開始のお祭りは?
次回更新座して待て!




