勅使が街にやってきた!
スサノオ様の根城から出ると、俺たちは脱力してその場にしゃがみこんだ。
多分無意識に緊張していたのだろう。個人的には好意的に対応してくれる神とはいえ、油断すれば一瞬で病気になりかねないような霊的危険地帯である。気が張らないほうがどうかしている。
「……これ、時間稼ぎできたって言って良いんですかね?」
「……なんもやらんよりはマシ程度やな。どうせこっちの指示なんかその場の気分で都合よく忘れよるやろ。」
「放置してたらまずかったのが分かっただけでも良かったと思うしかないですね。」
そして、俺たちは本日何度目かのため息を二人そろって吐いた。
もう、あのリゾートホテルは風前の灯である。
どんなにお金をかけて豪華なホテルを作っても、無邪気なスサノオ様の集団によってたちまち穢されていくだろう。
俺たちは遠くにそびえるアマビエ様を仰ぎながら、近くの自販機の前で缶コーヒーを買い、二人で一息ついた。
「やっぱり、強力な力であの不浄を払わんと話にならんな。」
いかにも退魔僧である千住院らしい見解である。
だが、確かに神々をお祭りし、暴れないようにお願いする方向性では穢れが払われるまでには気の遠くなるような時間がかかる。
それまでに霊的な荒廃は社会をどんどん蝕んでいくだろう。
「人間どころか、神々ですら持て余していますからね。何か対抗策というか、弱点みたいなものはないもんですかね?」
俺の言葉に千住院はコーヒーを飲み干し考え込んだ。
「ワシが力を借りてる不動明王さんは確かに相性はええんやが、ワシごときの法力ではあの量は対処できん。向こうは人の業の化身を超えて天災の化身に成長しきってもうた。人間ごときがどうにかできる話やないぞ。」
「となると、やはり神クラスの力が必要となるわけですか……。」
「しかもこの辺の福の神はその手の仕事は専門外やろ。……まぁ、だせやから逃げ散ってもうたんやけどな。」
確かに普段から人間には友好的な神々だが、荒事は苦手なのは間違いない。せいぜいその手の武神なりをどこかから連れてくるくらいだろう。
「スサノオ様に対抗できる神様というと……。」
空になった缶を握りしめ考え込む俺。
今や国家規模で最強の霊威を持ちつつある神である、それに対抗できる霊威と属性を持つ神などいるのだろうか?
考え込む俺。
そして、そんな俺の肩を誰かが叩いた。
「誰かと思ったら榊君じゃない!久しぶり!」
振り向くとそこには、サングラスにマスクをした女性がいた。どうも旅行中なのか巨大なスーツケースを引きずっている。
当然のことながら、人相など判別できないので俺はたっぷり2秒ほど沈黙しながらその怪しげな女性を見回した。
「……どなたでしょう?」
どうも人間らしいが、なにしろ「榊」の名前で自分を呼ぶ人間が珍しい。
必死に記憶を探る俺に彼女は自分のいでたちに問題があったことに気づいたようだった。
彼女は「ああ」と声を上げると、マスクとサングラスを取ってこちらに顔を見せる。
「私よ!宮内庁の岩倉朋美!」
彼女の顔を拝んでようやく記憶がつながった。
マスクに隠れて見えなかったが、その美貌は間違いなく岩倉朋美その人だった。
千住院は名前に憶えがあったらしい。
彼女の言葉に俺の背後でポンと手を打つ。
「ああ、ワシに電話してきた宮内庁の官僚か!マスクなんかしてるから何者かと思ったわ。」
「ああ、あなたが千住院さんね。」
千住院の言葉に岩倉さんは彼が誰かを理解したようだった。さすが、我々より記憶力がいいようである。
「……それにしても、あなたたちこそなんでマスクもせずに外出してるのよ!疫病になりたいの?」
言いつついそいそとマスクを着けなおす岩倉さん。
実際我々は危険が霊視できているのと、俺個人は攻撃対象外なので必要ないのだが、そんな能力もない彼女からすると確かに深刻な話だろう。
加えて、最近はマスクすることがエチケット化しており、確かにマスクなしで外出するのは実に気まずい。
我々は神々の前に行く関係や、変に霊能力があるせいで鈍感になりがちだが、彼女の反応がごく一般の最近の常識であった。
俺たちはそれに気づき二人そろって鞄に入れていたマスクをつける。
「……とにもかくにも、無事病気は治ったみたいで何よりですね。」
そういえばあの時、高熱でうなされる彼女を救急車に投げ込んで大慌てで大阪に帰って来てたのを思い出していた。
あれから色んなことがありすぎて、彼女のその後の話は全く気にしていなかった。
「あの時は世話になったわね。入院はしたけどこの通りよ!」
どうやら無事完治していたらしい。なぜか自身に満ちたオーラもすっかり回復している。
「……失敗の責任とかは取らされなかったんですか?」
そのオーラの健在ぶりに俺は素朴に岩倉さんに尋ねた。
何しろ国家規模の災厄を防ごうとして失敗したのだ。
普通考えればキャリアや査定に大幅なダメージが入ったはずである。
だが、彼女はその問いに人差し指を立て、ちっちっ、と左右に振って見せた。
「榊君、解ってないわね。前も言ったけど、庁内でも霊的な部署は存在感も影響力もほとんど皆無よ!つまりそこでどんな失敗をしてもキャリアや査定には全く影響はないわ!」
「……そんなもんなんですか。」
なんでこんな情けない話を堂々と言えるかわからないが、どこまで言っても自信満々の岩倉さん。
「こいつ、ひょっとして、ものすごい窓際なんちゃうか?」
千住院が俺に小さな声で囁いたが、俺はそれについてのコメントをしないことにした。
なんだかそんな気がするが別段証明しなければならない話でもない。
俺は細かい話はさておいて、今は素朴な疑問を彼女に投げかけた。
「……で、なんで宮内庁の岩倉さんが大阪に?」
俺の言葉に岩倉さんはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの態度でふふん、と鼻を鳴らした。
マスクなので表情読みにくいのに態度でそれが解るのがすごい。
「勅使よ!私、勅使として大阪に来てるの!」
そう高らかに言い放ち、胸を張る。
その言葉に俺は千住院と顔を見合わせた。
勅使が街にやってきた!
使いは知り合い岩倉さん
でもそれって一体何なのさ?
来たから何がどう変わる?
続きは次回のお楽しみ




