助けがなけりゃやばすぎる
「リゾートホテル!?」
恵比寿様の話に俺と千住院は思わず声を上げていた。
恵比寿様の話では、何を思ったか、街のど真ん中にリゾートホテルが建つという。
しかも、疫病が猛威を振るって、観光業界が大打撃を受けているこの時期に、である。
「確かに駅に近い土地が長年空き地になっていましたが……。」
「場所といい、時期といい正気の沙汰とは思えんなぁ……。」
俺と千住院は顔を見合わせた。
多分、いろんな事情で広大な土地が安くなったのだろうが、場所は以前問題になったパチンコ屋のすぐ近く、周辺は問屋街と下町だ。平成どころか昭和の匂いすら残る区域で、地元の人間からすればリゾート感ゼロである。
正直平時でも、うまくいくかどうか微妙な計画だ。
何か我々の理解できない価値観か展望でもあるのかと思いたくなる。
「……万博もあるし、外国からの観光客を見込んでの計画やったんやけど、まさかこんなに状況が悪化するとは思っとらんかったんですわ。工事も遅れがちやし、このままやったら……。」
「……また、巨大な不良物件と廃墟が誕生しますね。」
俺は地図に描かれた広大な土地を眺めて頭を抱えた。
観光客の増加して周りが開発される前提のプロジェクトなのだろうが、現実問題としても霊的にも失敗する要素がてんこ盛りである。
千住院も俺の言葉に渋い顔をする。
「下手すりゃまた伏魔殿の誕生やないか。ここが崩れたら霊的に勢いづかれてまうぞ。」
どう考えても、タイミング、場所、かかっているお金の規模まで、最悪の状況だ。
福の神が身動き取れない状況でこんなプロジェクトを動かしたら、たちまち新しい物好きなスサノオ様達に占拠されてしまうだろう。猛獣の群れに生肉、いや、虫歯患者が甘いものを食べるようなものだ。
そして、巨大な負債と廃墟が生まれ、悪い噂が立ち込めこの周辺の評判はさらに下がる。そしてそれは、疫病がおさまってもこの地に残り続けることになるだろう。
それは持久戦で守りに入りたい我々にとっては巨大な弱点ともいうべきものだった。
「つまり、ここを防衛しないと現状維持もおぼつかない、ということですか。」
「へぇ……。そう言うことになりまっしゃろうなぁ。」
えびす顔の恵比寿様が困り果てた顔で頷く。
時間が味方しない、というのは、なんとも厄介な話である。こちらも何かしら対応しないといけないだろうが、有効打がない以上下手をすればこちらが消耗してしまいかねない。
「……どこかから助けを呼ぶことはできないんですかね?今テレビでやっているワクチンとか。」
俺の問いに社長は腕を組んで渋い顔をする。
「そっちは神農さんが頑張ってくれとるけど、じっさい世界中の神々との争奪戦やからなぁ。それに……。」
「……厄介な神がいる。」
社長の言葉にパソコンの中の与根倉さんがつぶやいた。
俺たちが振り向くと画面にSNSの画面が映し出される。
「これは……。」
「……ワクチン不要論、疫病軍事兵器説。いろんな噂が流れている。ネットに強力な神が生まれて邪魔をしている。」
そして映し出されるパソ神様。
それはもう強力な力を持った霊的な何かに変貌しているようだった。
「皆さん、この疫病は陰謀です!ワクチンも陰謀です!何もかも世界の人口を減らすための陰謀なのです……。」
俺はそこまでで映し出されたサイトを消した。
「……こっちも世界規模の災厄になっとるな。」
千住院もそれに頭を抱えた。
どうやらここ数が月でさらにネット上の不安と噂を学習して恐竜的に進化しているらしい。
無駄に積極的なのでアマビエ様よりもはるかにたちが悪い。ネットの噂は一種の呪詛。これだけ集団の意志が集中すればそれは霊威を持って現実社会に襲い掛かってくるだろう。
「世界各地どころかネットでも神様が戦っているんですね……。」
どこもかしこも手が空いていないという事である。
渋い顔をする俺に社長は腕組みをしてうなづいた。
「ごらんの通りの状況ではどこもかしこも余裕はないやろ。隣近所も期待はできん。わしら神々も持ち場がある。そこを開けられる神はそうはおらんやろ。」
なんとも出口が見えない。
社長の言葉に俺たちは沈黙した。
先ほどのホテルの話は規模は大きいが、あくまでこの近所の話だ。よそでも大なり小なり似たようなことがあるのだろう。そのあたりの神様をうっかり連れてきたらそこが穴になりかねない。
数秒の沈黙の中、アイデアが出ない重々しい空気の中、小さな社長が声を上げた。
「……こうなると、やはり持ち場の広い神さんにすがるしかないな。」
「持ち場が広い神様ですか?」
「こういう事態に備えて……というわけではないが、この辺は神社の格と担当区域は決まっとるからな。ウチみたいな地域を担当しているところもあれば、この地方全体をまとめる格の高い神社もある。まぁ、あちこち呼ばれてて、大変やとは思うが、ワシの方から事情は話して優先的に来てもらうように働きかけてみるわ。榊君らにはそれまでの時間稼ぎをしてもらお。」
「時間稼ぎ?」
社長の言葉に首を傾げる千住院。
それに俺はある程度指示の内容を察してため息を付いた。
「……つまり、スサノオ様をお祭りして、なだめてこいってことですね。」
「……そっちかいな。」
千住院はそれに実にいやそうな顔で首をうなだれた。
ひとまず人間できることは今の所その程度のようだった。
助けが無けりゃヤバすぎる
だけど余裕がなさすぎる
ひとまず時間がなさすぎる
助けが来るまで時間をつなげと
社長は指示を出すけれど
果たして一体いつまで持つか?
次回公開お待ちあれ!




