祀りたいけど祭り無い
テーブルに地図を広げる。
それは以前俺が作ったこの近辺の「守り神」の配置状況を記した地図である。現在はあちこちにバツ印が打たれ。事実上スサノオ様達に占領された状況であることを示すものになっていた。
そこに社長は文鎮のように座り、溜息をつく。
「ごらんの通りですわ。前までおった福の神はほとんど逃げ出し、空いたところにスサノオ様が入って来とる。外国の神さんが居ったところが一部残ってはいるが、街が死に体で観光客もおらんではじきに枯れていくやろう。」
「わての恵比寿神社も、まぁ半分乗っ取られたようなもんやなぁ。大黒さんらがスサノオさんを対応してはおるけど、出ていく気配はなしですわ。」
社長に続き恵比寿様もため息を付く、まさに占領下。霊的にはこちらがどう考えても劣勢である。
千住院も予測はしていたとはいえ渋い顔をする。
「仏教勢力も、自分ところの檀家さんや寺の防衛で今の所は手一杯や。何せ被害者の規模と数が違いすぎる。お地蔵さんも手が回らん状況や。多分、他宗教どころか世界中この状態やろな。」
その言葉に、俺はうなり声を上げた。今回ばかりは隣近所の助けは全く期待ができない。なにせ世界規模の話で、海外は海外で魔王クラスの霊的な何かが容赦なく暴れているのだろう。多分他に助けをよこす余裕などあるとはとても思えない。
「ざっと見てきましたが天満の天神様や、四天王寺は籠城状態、他は恵比寿様の所みたいに軒並み乗っ取りや居座りを食らってました。特に神職や住職の居ないような所はひとたまりもなかったようですね。」
俺はそういうといくつかの箇所にバツ印を付け足した。
実際行ってみると、霊的に武装し、要塞のように変貌している寺社はいくつかあったもののやはり人間の管理者がいない所は霊威も必然弱くなるようである。
地域の霊的な役割の能力を失ってしまった場所がロックダウンの継続とともにどんどん増えている。
千住院もそれはここに来る途中見ていたらしい、彼にも思う所はあるのだろう俺が書き足した地図を苦々しく眺める。
「ここにおった稲荷明神どもはどうしたんや?」
「明石さんは行方知れず。南さんはスサノオ様に捕まって今は閉まっているおもちゃ屋で見かけたという話も聞きましたが……何かあったのかこっちに顔を出さないんですよね。現在健在なのは……。」
「……私。」
突然、背後のパソコンから声が聞こえ、慌てて千住院は振り向いた。
そこにはパソコンの画面からテレワークよろしくこちらを見る与根倉さんがいる。
「……おったんか!もともと影薄いから気づかんかったわ。」
「もともと、アダルト関係に関わってる与根倉さんはネットを中心に動いていたおかげでどうにか福の神としてやっていけてます。実店舗が被害を受けて、今はネットの方が主になってきてますよ。」
「……エロは不滅。」
言いながら、無表情で親指を立てる与根倉さんに千住院は複雑な顔で頷いた。
さっさと逃げた結果とはいえ、人々が外に出てこない現状。ネット空間が商売活性化のほとんど唯一のルートになりつつあった。
先進的な商売の展開と言えば聞こえはいいが、毎度のことながらこういう時はエロ先行なのが複雑な心境である。
「外食関係は出前やら弁当でどうにか経営はやってますが、正直青息吐息ですわ。飲み屋は営業停止、従業員をクビにするとこも珍しゅうなくなってきましたわ。」
対して、もともと外食や飲食とかかわりの深い恵比寿様の弱りようは相当である。
俺はさらに地図に印をつける。
「飲食店は営業不能、時短営業か……。海外から人も来ないからホテル業界もダメ。当然買い物にも来ないから商店も開けてる意味がない……。」
こう考えると改めて思うが、本当に深刻である。
人の出入りを禁じてしまえば街が霊的にも死んでしまう。
特に問屋、商店の街では街の存続自体脅かされかねない事態だ。
「正直、すぐ終わるとどこかで思っていましたが、社長の見立て通り長引いてますね。まさかこんなことになるなんて……。」
人間の側の思いがまさにこれであった。数か月で終わるとみていたロックダウンは時期を延ばし、最初は限られた地域だったのが今は日本全国に広がっている。
一体いつ終わるのか?という不安が人間の側には増大され、アマビエ様の成長に寄与しているという有様である。
まさに絶体絶命。
商店街どころか全世界が、今まさに緩やかに滅びつつある状況であった。
「何か打つ手はないんですか?」
この問いは、ここ数か月何度も俺の口から発せられたものだった。
それに社長は小さな体でしばし瞑目した。
「ここまで状況が悪い以上。奇抜なことをやってもこっちが消耗するだけや。まずは基本に立ち返らんといかんな。」
「基本、ですか。」
社長に指示され、俺は地図用のA3サイズのコピー用紙を地図の上に置いた。その上にまた社長は文鎮のように座りこむ。
「まずひとつづつ挙げてこう。基本、ワシらの霊威を増すために必要なのは、「祭り」や。人々が思いを込めて神々に願いを伝えねばならん。」
確かに無駄と思われていても基本に立ち返ることは大事だろう。俺は社長の出した案をコピー用紙で箇条書きにしていった。
「……ですが、これはスサノオ様も同じですね。あの神様、人の集まるところには容赦なく集まってきて、病気を広めてしまいますね。」
「パチンコ屋や、イベント関係は真っ先に封鎖されたさかいなぁ。」
俺の言葉に千住院は苦々しげに答えた。
「各地で祭りも中止、加持祈祷の類も人を集めるのは禁止。できるのは家で写経やお勤めくらいやな。」
「まぁ塵も積もれば、という奴やな。そういう「願い」の力はじきに力になるやろう。」
まさにささやかな願い。その願いの力はどこに行くのか?
恵比寿様はそれに不安そうであった。
「せやけど、わてらとしては霊威の衰えの方が深刻ですわ。お参りに来る人もおらん、祭りもやらんとなると、スサノオさんの前にウチらが枯れてしまいかねませんわ。」
そうなのである、イベントや祭りの中止とは諸刃の剣であった。スサノオ様の霊威が強くならない反面、神々の霊威も衰えていく。最終的に病が蔓延して人類が絶望し、人々が神々へ信仰心を捨て去ってしまえば神々は消え去るしかない。
これはまさに持久戦であった。
「逆に言えば、人間が神仏に対する信仰心を捨て去る前にあの疫病神を弱らせたらええっちゅうことやな。」
ある意味前向きな千住院の言葉に、俺たちは大きく頷いた。
「さっきも千住院さんが言った通り、ひとまずはお金をかけて新規事業を起こすようなことはリスクが大きいからやめた方が無難ですね。むしろいい養分になってしまいます。こうなると霊的なアプローチが一番いいんでしょうが……。」
なんとなく方策は見えてきたが、何しろあの量とパワーである。それが解れば一挙解決なのだが……。
「あのう……。新規事業の話なんやけども……。」
思い悩む我々の中で恵比寿様が実に言いにくそうに手を上げる。
それは、俺たちをさらに苦悩させる内容だった。
どこもかしこも巣ごもりで
神々力が振るえない。
さりとてお祭りやったなら、疫病神も大歓喜。
さらにどうやらえべっさん。
なにか心配あるみたい。
はてさてそこの中身とは?
続きは次回のお楽しみ!




