街は変わりゆく
うだるような真夏の日々。
俺はいつものように土地の神々との交渉事に奔走していた。
俺は神の導きで今の会社「弘田土地管理」で働くことになった。
土地管理会社とはいえ、社長はここ近辺の土地神。上司は三柱のお稲荷さん、商売相手はその近辺の一癖も二癖もある人ならざる「モノ」ばかりである。
はっきり言って神主やお祓い屋と言ってしまえば区切りは楽なのかもしれないが、雇っている側はそんな人間側の肩書などどうでもよいらしく、なんだかスーツ姿で町中をうろうろすることになってしまっている。
仕事ぶりの評価が高いかどうかはわからないが、最近はどこかで聞きつけたのか一駅向こうの繁華街の神々からも依頼が舞い込んでくる。
なんでも巨大な商業施設や高いビルが建つらしく。神々もその辺の縄張りでも区分けでもめがちなのである。
どうにも人間で神の声が聞けるのは貴重であるらしく。なんだかんだと呼び出されることが多くなった。
いつだったかも工事現場に埋まっている遺跡に気づいてもらうためにずいぶん骨を折ったことがあった。あまりに具体的に場所を言い当てるので、不審がられたものである。
そんなわけで、早朝からの一仕事を終え俺は事務所への帰路についていた。
いい加減灼熱の太陽光は弱まりだし、いい感じの風が周囲を吹き抜けている。
先ほどずぶ濡れになったスーツはすっかり乾いてしまい。スマホも異常ないことが確認された。今回もうまくいったとは言えないが、給料分の仕事はした。
さて、帰ってあとは日報書くかな。
そんなことを考えてながら歩いていると、久しぶりの知り合いにばったり出会った。
「おう、榊やないか。久しぶりやの。」
こちらの見るなり半袖シャツの男が声をかけてくる
この仕事では珍しい人間の知り合い、大阪市の公務員と兼業の退魔師、千住院守こと……。
「ええっと、千住院さん。本名は・・・なんでしたっけ?」
「それは覚えとらんでええわ!危ない言うとるやろ!」
俺の言葉に即座に突っ込む千住院さすがは公務員とはいえ退魔僧。しっかりしている。
われわれ人間は特に本名が知られると非常に「モノ」に祟られやすくなってしまう。言ってしまえば霊的なパスワードのようなものである。
ゆえに彼は「千住院」を名乗り俺は「榊」と名乗っている。ある種これはこの業界のたしなみのようなものだった。
それにしても日が傾いたとはいえ平日の昼間に会うのは珍しいものである。いつもは副業である退魔師として会うことが多いので本業の姿を見るのは初めてではなかろうか。
「今日は本業の方ですか?」
俺がそう尋ねると彼は手にした法具をこちらに見せる。見れば手には数珠が握られていた。そういえば周囲に香のにおいが立ち込めている。
「兼用や。仕事のついでに見かねた部分を帰りにちょいちょいな。」
そういうと彼は印を切り、静かにお経を唱える。すると向こうの路地にあった異形の植物のようなものが薄ら消えていくのが見えた。
どうも「見え」過ぎていて気にならなかったが低級霊の類であったららしい。
彼はこれで良し、とつぶやくと数珠をしまう。
俺はその姿に関心し、辺りを見回した。
考えてみればこの辺り、以前よりずいぶんすっきりしている気がする。
「いわれてみれば、このあたり奇麗になりましたねぇ。」
「まぁな。」
俺の言葉に千住院は大きく頷く。
この隣の駅から事務所に至る地帯は美術館や動物園がある、。
普通考えたらデートコースでふらりと歩くような場所なのだが、以前は昼間から酔っぱらったおっさんやら営業許可をちゃんととっていないであろう屋台が並ぶディープスポットで、昼間から酒の匂いとなぜかカラオケの大音響が響く、とてもではないがデート歩くのはいかがなものかという場所であった。
それがなんだかんだあって徐々に工事が始まり、静かな路地に変わりつつある。
今思えば千住院はその辺であれこれ奔走していたのだろう。
「知事さんも変わってここもキレイにしようと自治体もあれこれやってるんや。そうなると霊的にひずみも出てくる。元来ただ働きはせんのやけどさすがにほおっておくわけにもいかんしな。何しろ本業も噛んでるしな。」
確かに、これだけ状況が変わると霊的にも大きな動きがある。神々が穢れともいう人の業、怨念などが吹きだまると人に害を為す神、見る人が見れば妖怪とか悪霊とか呼ばれる「モノ」が生じやすくなる。物理的なものと同時に霊的なフォローも必要になるということである。
「昔は、いろんな供養をやってそれなりに処理しとったんやけどな。今はいろんな宗教やら権利やらがややこしくてどうも雑になりがちや。それなりに浄化しとかないと後々厄介事になるからな。」
「雑草の処理みたいなもんですか。」
「……供養しとるわけやから。その言い方は適切やないとおもうけどな。」
どうもなんとなく「見えている」俺と違って宗教的にいろいろ解釈が違うようだ。
彼は仏法によって魔を払う、供養するという立場だが、こちらは神々の調停が主な仕事だ。ほとんど近所のおやじ同士の話を聞いて回っているようなものである。低級霊くらいだとちょっと癖のある雑草か昆虫くらいの認識くらいになってしまった。多分千住院にとっては認識が違うのだろう。
まぁ、見え方が違うといえ認識は同じだ。霊的なひずみを見逃さず浄化してトラブルを防ぐ心がけはむしろ関心すらさせられる。こうやってここは徐々に浄化されていくのだろう。
「浄化といえば……。」
そこで、ふと俺はこの歩いた先にあるたる場所に思い当たった。頭の中で地図を思い描き「そこ」が意外に近いことを思い出し俺は口を開く。
「あの遊園地ってどうなりましたっけ?そういえば最近エリア外の仕事が多くて寄っていませんでしたが。」
「ああ。あそこか……。」
その言葉に千住院は苦虫を嚙み潰したような顔になった。思い出したくないものを思い出したという顔だ。
「土地そのものはすったもんだの挙句どうにか外国の会社に売却したはずやけど、その先はもう管轄外やな。あんなおぞましい所、仕事でもない限りワシもよう寄ってないぞ。」
「……さすがに放置しとくのはマズそうですね……。帰り寄ってみましょうか。」
「そうやな、あそここそほっておくとホンマに何が起こるかわからんからな。」
俺たちは二人でため息を付くと、話題の「遊園地」に寄り道することにした。
時は巡り街は変わる。
あちこちの路地がキレイになって。
街がすっきりする頃に
神や仏は果たしてどこへ?
そして廃墟はどうなった?
続きは次回のお楽しみ