災厄は止まらない。
「……消えた。」
俺は、その事実をようやく飲み込むと緊張のゆるみから全身から力が抜けるのを感じ、その場にへたりこんだ。
「……許された!……これで救われる!」
本気で死を覚悟した後の解放感。
そして肩の荷から一気に責任が取り払われると、人間は笑いがこみあげてくるものらしい。
俺は、最初は静かにそして徐々に声を上げて笑った。
任務終了。
スサノオ様は自信の穢れの浄化を終えたのか消え去った。
これで電気街は、そして日本は救われた。
体の力が抜けるほどホッとし、心は晴れ、踊りだしたい気分だった。
笑い疲れ、ほっと一息。
隣を見ると、スサノオ様が俺を祝福してくれている。
「よかったなぁ榊君。」
彼はそう言うと、俺の肩を抱き、俺と一緒にまた笑う。
よかった。
これで何もかも解決……。
……。
あれ?
俺は俺と肩を組むスサノオ様を二度見した。
どう見ても先ほどと同じ穢れたスサノオ様がいる。
「……あの、スサノオ様?さっき消えたんじゃ……。」
「おお、消えたな。心のこもった説得に浄化されたんやろなぁ。さすが榊君、ワシも聞いとって感動したわ。」
そう言って、他人事のようにうんうん頷くスサノオ様、
俺は訳が分からず、ただ、スサノオ様を呆然と眺めていた。
「……ええっと、スサノオ様は浄化され、消えた。……では、あなたは?」
「え?ワシ?ワシもスサノオノミコトやで。」
「どういうことですか?」
「さっき消えたのは、ワシの分身や。ほんでワシも分身。」
「分身!?」
「いやー、海外で穢れを集めたら、霊威がすごいことになってしもてな。さすがに小回りが利かんくなってきたから分身したんよ。ほら、お地蔵さんが分身して六道を回ってるやろ?あんな感じ。」
お地蔵様と違って実にありがたくない話だ。
俺はまさかの展開に頭が完全に混乱していた。
これはどう解釈したらいいんだ?
落ち着け。
深呼吸。
「……あの、さっき消えたのはスサノオ様の一部、ですか。」
「そう、言うとったやろ、「ちょっと癒された」って。たいしたもんやで。分身一つ浄化してしまうんやからなぁ。」
ちょっと?
俺はスサノオ様の言いように、崖に突き落とされたような気分になった。
そして、恐る恐る聞きたくはないが聞かねばならないことを尋ねた。
「あの……、分身ってどれくらいできたんですか?」
「ああ。ぎょうさんおるで。いちいち数えてへんけど……。おーい!出てこーい!」
スサノオ様が大声を上げると、見渡す限りの扉、通路、天井、床から無数のスサノオ様が顔を出す。
「ん?」
「どうした?」
「お?榊君やん!」
「久しぶりやなぁ。」
わらわらとこちらに寄ってきてめいめいに話し出すスサノオ様達に俺は本気で血の気が引いた。ものを感がるどころの騒ぎではない、もう卒倒しそうである。
「いやぁ、海外の穢れってすごい所はすごいなぁ。戦争やってるところもあるから、もう霊威が高まってしゃぁなくてなぁ。」
悪夢だ。
いや、夢であってくれ。
俺は逃げ出したいという本能に抗いながら必死に考えた。
が、
こんなものどうにかできる気が微塵もしない。
一柱づつは多少霊的には弱体化してるのかもしれないが、ボスクラスの聞き分けのないおっさんが中隊規模くらいいるのである。こんなもの、どこかの宗教団体の教祖やカリスマクラスの詐欺師でもどうにかできるのかどうかの話だ。
全員一気に説得するか?そんなこと効果あるのか?
いや、まずはこの船を岸壁から離さないと、どこから上陸するかわかったものではない。
俺は顔を引きつらせながら。考えていた。
もはや、死なばもろとも、この船を沈めるべきではないか―。
俺がそんなことを考えた瞬間。
「ああ、なんか勘違いしてるみたいやから一応言うとくけど。」
何かを思い出したかのようにスサノオ様のウチの一柱が俺に耳をほじりながら語り掛けてくるのが聞こえた。
「別にワシら、全員でこの船に乗ってきたわけやないで?」
「……はぁ!?」
垢をふっと吹き飛ばしながら言うその言葉にスサノオ様全員が頷く。
俺はその時、ようやく疫病の、そしてスサノオ様の分身の恐ろしさを知った。
「当たり前やがな、同志同胞は世界中に散ってるんやで?日本に入る方法はなんぼでもあるやん。船みたいな回りくどい方法やのうても、人間が乗ってたら飛行機でばーんとこ来れるがな。」
そうなのである。ここまで分身がいるのであれば、いくらでも日本に侵入する方法を試せるのである。
ウイルスも同じだ。数限りないトライ&エラーを繰り返し、増殖し、もうすでに日本に入ってきている。
すなわち、ここをどうにかしても、すでに手遅れに買っている可能性がある。
俺はその結論に行き当たり、とうとう何も考えられなくなってしまった。
「だから言うたやろ?榊君。人間全部の穢れを背負いこむのは、人間一人ではどだい無茶な話や。榊君も、福の神どももなーんも悪くない。これは地球上の人間全部がしょい込んだ罪と穢れの結果なんやで。」
そう言って勝ち誇ったように笑うスサノオ様。
終わった。
商店街や日本どころではない、向こうは世界中の罪と穢れを背負ってきているのである。
あまりにも霊威の勢いが強すぎてもはや太刀打ちできるレベルではない。
俺は作戦の失敗を認めざるを得ず、いよいよその場にへたり込んだ。
災厄は
そう簡単にとまらない。
疫病神が世界中からやってくるなら
当然道は一つじゃない
こんなの止められるわけがない
榊君は打つ手がない
さてさてこれからどうなるの?
次回読まなきゃわからない!




