スサノオ様をお祭りせよ!
結局、一人で船内を捜索する羽目になった俺だが、元凶の発見にはさほど苦労しなかった。
メインホールから少し外れたベランダに堂々といたのである。
防護服を着ていない、大柄でライオンのような髪と髭の大男。穢れの塊のような気配を持つ男。
何やらヘビメタのロックシンガーのような服装をしているが、間違いなく疫病神、スサノオノミコトである。
彼はこちらを見るなりうれしそうな顔でこちらに向かってきたのである。
「誰かと思ったら榊君やないか!いやぁ、久しぶりやなぁ。迎えに来てくれたん?」
ああ……。
間違いなく、明石さん達が追放した「あの」スサノオ様だ。
俺は、無邪気にやってきたスサノオ様に頭を抱えた。
「……やっぱりスサノオ様でしたか……。今まで何してたんですか?」
「いやぁ、酒に酔うてる間に海に流されてしもうてな。せっかくやから世界中ぐるーっと回ってきてん。」
「世界中を……。」
やはり、海に流された程度では浄化されなかったようである。
そうでなければよいと思っていた事態が今まさに目の前に存在しているのである。
しかも世界中を回ってきたというのは誇張でもないようである、
彼から放たれる霊威はより一層どす黒く、邪悪なものになっていた。
「でな、世界あちこち回っていろんな神々に会ってきて話し合ったんや。やっぱり、人間の罪深さは目に余る。みんな、ワシみたいに嫌われて日陰に追いやられとる。ここは我慢せんと、ありのままの自分で人間と向き合おう、言うてな。」
「……世界中の神々って……。」
それはおそらく、他宗教では悪魔とか堕天使とか破壊神とか言われる類の神々だろう。
俺は世界中の疫病神が結集する光景を想像し、血の気が引く思いがした。
「そんなわけで、ワシも日本を代表して天罰を下すべくはるばる大陸から帰ってきたというわけや。こんだけ力を解放するのは百年ぶりくらいちゃうか?きもちいいもんじゃのう。」
言うと同時に、防護服が吹き飛びそうなほどの霊圧が俺に浴びせられる。
世界中の穢れのパワーを集めたのか共振したのかはわからないが、以前より強力な霊威を身に纏っている。
いや、これが「本気」のスサノオ様の力なのかもしれない。
リミッターを外した状態のスサノオ様が船に乗り込んだだけでこのありさま。普通の人間なら近づいただけで病気になってしまうだろう。
まさに疫病神。しかも、世界中の穢れた神々と連携しているとなれば、話は世界規模である。俺はたかが疫病と侮っていた自分の甘さを後悔していた。
「それともう一つ。」
硬直する俺に、スサノオ様は不敵な笑みを浮かべさらに付け加えた。
「ワシを追放した福の神どもに復讐したる!あいつらどつきまわす程度じゃ腹の虫がおさまらん!とことん病気流行らして、あいつらの商売邪魔したるんじゃ!」
「ああー!やっぱりー!」
気づいてないのかと思いたかったが、全然そんなことなかった。
俺は悪い想定通りの状況にもう、悲鳴しか上げられない。
「安心せい。榊君はいつも世話になっとるから大丈夫や。変にかくまったりせえへん限りはワシはなーんもせんからな?」
にこやかに、だがドスの効いた声で俺に語り掛けるスサノオ様に俺は震え上がった。
もう言っていることがヤクザのそれである。
いい顔してくれているのだが、それに付随する見返りを確実に要求している。
はいそうですかと言えば、俺は神々を売り渡すようなことに手を貸す羽目になるのである。
しかし、事はもはや町内どころか国家規模、世界規模の話である。
ここでわが身可愛さに引き下がるわけにはいかない。
俺は胸の奥から湧き上がる恐怖を呑み込み、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「……スサノオ様のお怒りはごもっともです。ですが、日本で疫病を流行らせるのは勘弁してください。」
ふり絞るような俺の言葉。
だがスサノオ様は首を横に振った。
「榊君。無茶言うたらあかんわ。さっきも言うたとおり、これは世界中の人間の穢れを清算するための通過儀礼や。なんもワシ一柱の神の話やない、世界中がこの天罰を受けるべき時が来ただけの話や。申し訳ないが君一人で背負いきれるもんやない。……まぁ、ついでにストレス解消はするけどな。」
「そこを曲げて!」
もう何も考えてはいられなかった
俺は、防護服を脱ぎスサノオ様に土下座して懇願する。
「今回の件は、どう考えても福中身の皆さん、ひいては俺に非があります。スサノオ様をお祭りしきれず、このような事態になってしまいました。ですので、私どもはどうしていただいても結構です!ですが!どうか、疫病は流行させないでください!お願いします!」
結果的に明石さん達も生贄に差し出すことになるわけだが、もうこの際死なばもろともである。日本の平和が守るために福の神がいるわけだから、この際無茶でもなんでもストレス解消のために犠牲になってもらおう。
俺はただ、ただ、必死に頭を下げた。
「……まいったなぁ。気持ちはあれいがたいけど、ワシもほかの神さんとの義理があるんや。人間の言葉でそう易々と引き下がるわけにもなぁ。」
「これ、スサノオ様の大好きなお神酒です!追加ほしかったら買ってきます!」
そう言って持ってきた酒瓶を差し出す。
この際、出せるカードはすべて切るべきだ。
俺は困り顔のスサノオ様にさらにひれ伏した。
「ここで怒りを収めてくださるなら、何とか頼んでお社を作ってもらいます。そこでゆっくり怒りを鎮め。浄化しましょう!日本の神々はみなそれを望んでいます。どうか、天罰だけはやめてください。私にできることがあるなら何でもします!これ以上スサノオ様の悪名をとどろかせるのはやめてください!」
もう駆け引きとかそういうものも吹っ飛んでいた。
あと先どうなろうとかまわない。
疫病神と嫌われた神が正真正銘の疫病神と化すのを防ぐため、そしてこの国に疫病を持ち込ませないため。
もはや自分が生贄にでもなった気で俺は叫んだ。
しばし沈黙。
頭を下げていたのでわからなかったが、どうもスサノオ様は考え込んでいたようだった。
やがてスサノオ様は俺の前にやってきて俺の肩を叩く。
「顔を上げてくれ榊君。君にそこまで言われたら。ワシもよう断れんわ。」
通じた?
俺は一瞬、スサノオ様の言葉が信じられず思わず目を丸くして顔を上げた。
「……え?いいんですか?」
俺の問いにスサノオ様は笑顔で頷く。
「ええねん、榊君。もう何もいらん。ワシにはその榊君の裏表ないまっすぐな気持ちだけで十分や。」
思いが響いた!
俺はスサノオ様の笑顔がいまだ信じられず、泣いているのか笑っているのかよくわからないような顔になっていた。
「ありがとう榊君。君の心意気。感動したわ。ワシも、ほんのちょっと癒されたわ。」
そう言ってスサノオ様は目を閉じて頷いている。
「スサノオ様……。じゃぁ!」
「ああ、ワシはもう十分や。もうここで気持ちを静かに姿を消すことができる。もうワシは日本に上陸することはないやろう。榊君ありがとうな……。」
そう言うと、スサノオ様の気配が薄くなり。
やがて、笑顔のまま煙のように見えなくなっていた。
ほんのちょっと癒されて
姿を消したスサノオ様
これで一件落着だけど
明日も更新いたします
事件はこれでは終わらない?
次回更新見逃すな!




