官僚の実力
きっちり搬入作業を手伝い。どうにか船内に入ることができた俺たち。
船内は表現のしようもないほどひどいありさまだった。
きれいに清掃された船内だが、俺の目には異形の虫たちが這いずり回る魔境のような場所に見えていた。壁や手すりに脈打つヘドロのようなものが付着しており、触手だか人の口のようなものまで見える。
医学的な解釈はどうか知らないが、どう考えても霊的に触ってはいけない場所のようだ。俺は壁に触れないように廊下の真ん中を歩かねばならなかった。
着こんだ防護服が動きを阻害し、呼吸をするたび中が蒸れる。
だが、これを外して中を進むのがいかに危険なことかは霊的にも明らかだ。
俺は呼吸を整えながら時間を確認した。
集合時間まで2時間ほど、それまでに現況を探し出さねばならない。
「榊くん。気を付けてね。ここから先は何が出てくるかわからないわよ。」
一方、防護服を着ていても一発で彼女と分かるほど上品な所作の岩倉さん。
彼女は周辺の虫たちをものともせずに進んでいく。
こういう状況は慣れているのだろうか?
戦場のような空気の中堂々たるものだ。
俺は感心して、彼女の後に続いた。
大きなホールに入ると、さらに巨大な虫が飛んでくる。床には怪しげな百足が這いすりまわっていたりと、とにかく歩きにくい。
昔の遊園地ではこいつらは影に隠れていたが、ここの奴らときたらもう遠慮する様子がない。
俺たちをまるで巣穴に入ってきた獲物のように扱う虫たちのため。俺はたびたび奴らを腹落とさねばならなかった。
「榊君、ぐずぐずしないで。時間がないわよ。」
そう言って前方の岩倉さんに急かされる。
この状況で無理を言わないでください、と言い返そうとしたその瞬間俺は岩倉さんの姿に思わず声を上げた。
「岩倉さん!ムカデ!。」
「え?ムカデ?どこ?私虫嫌いなのよ。」
いや、嫌いどころではない。
虫を探して体のあちこちを見ようとしている岩倉さんの体には、全長二メートル前後のムカデが巻き付いている。
壁に触れたのか、手袋には異形の脈打つ粘着物が付着し腕をゆっくりと這い上がっていた。
え?
まさか?
俺は彼女の状況に、大事なことを全く確認していなかった事に気が付いた。
「……もしかして、「見えて」ないんですか?」
「え?見えないところに虫がいるの?背中?」
……ダメだ。
この人、霊視能力ない。
俺は彼女の反応に確信した。
いや、見えてないということはある意味幸せなのかもしれない。
今、彼女の体にまとわりつく「穢れ」のビジョンをいちいち伝える気にもならない。
どうりで堂々とこの中歩けるはずである。
いや、世間一般的には俺の方が特殊なのだが、こういう特殊な環境下では危険を察知するのに必要なビジョンが見えているらしく、明らかに俺の方が危険を避けて行動できているようである。
俺は少なくとも俺視点では悲惨なことになっている岩倉さんに、まずは落ち着くよう言い聞かせ、そして巻き付く巨大ムカデをなるべく無視しながら岩倉さんに話しかけた。
「岩倉さん……えっと、一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「岩倉さんの霊的なスキルってなにかあります?」
「キャリア組だからって侮らないで、こう見えて神主の資格は持っているわ。試験一発合格よ。」
ダメだな。
俺はかける言葉が見つからず大きくため息を付いた。
どうやら霊的な実務経験はほぼ無いようだった。
そういえばさっき、霊能力者は俺一人と言っていたが、岩倉さんも普通の人な事をとんと考えていなかった。
こういう時、自信に満ち溢れすぎていると確認すべきことを放置してしまいがちである。
俺はつくづく自分が普通じゃないことをちゃんと頭に入れておくべきだと痛感させられた。
「ちょっと待って!頭が重いわ……。何か嫌なものが近づいてきているのかしら。」
当たり前である。
今岩倉さんの頭に、ムカデが這い上がり巻き付いている。
彼女がその重さを感じるほどに影響を増してきているのだろう。
彼女はよろよろと近くの手すりにしがみつき、その手すりからさらに異形の者が彼女に取りついていく。
「あれ?熱っぽくなってきた……寒気が……。ごめん、ちょっと休んでいっていい?意識が……。」
俺の視点では防護服のまま体中に異形の者をまとわりつかせその場に沈み込んでいく。
これは間違いなく感染している。
いや、もしかしたら中途半端な霊感が過剰に反応して体に異変を引き起こしているのかもしれない。
なんでこの人ついてきたんだろう?
勇気があるのか無謀なのか知らないが、仕事熱心すぎると寿命を縮めかねないんだな。
俺は虫を追い払い、彼女を近くのソフアーに寝かせながら。そんなことを考えていた。
才色兼備の人だって
見えていなけりゃ危険です
穢れ蠢く船内で
一人になった榊君
さてその先に居るのは怒れる神か?
続きは次回のお楽しみ!




