いざ!最前線へ
新幹線から在来線、タクシーを乗り継いでようやく港にたどり着いたのは、もう夕方に差し掛かろうかという時間帯だった。
周辺にはマスコミが押し寄せ、医療チームや自衛隊などのテントも張られており、関係者でごった返していた。
まさに戦場。
殺伐とした空気の中で、岩倉さんに先導されながら中に入ってきた俺は、周囲を見渡し、」町中とは違う張り詰めた空気感に圧倒されていた。うっかりしていると誰かの邪魔になってしまいそうなほどの慌ただしさと混乱具合である。
これはいつもと空気が違いすぎる。
俺は居心地の悪さを感じ、胃が締め付けられるような気がした。
これではとても霊的な儀式などやれる空気ではない。
自分が持っている酒などのお供え物がひどく浮いた感じがして仕方がなく、思わず人目を避けるようになってしまっていた。
「あの、岩倉さん。他の宮内庁のチームはどこにいるんですか?」
さすがに心細くなって俺が訪ねる。
すると岩倉さんは、不思議そうに振り返り、一言。
「え?私たちだけよ?」
は?
こともなげに言う岩倉さんに一瞬言葉を失う俺。
だが、立ち止まると人ごみの中置いて行かれそうになるので俺は必死に追いかける。
「あの、じゃぁここで対応する霊能者って、俺だけですか?」
「新幹線の中で言ったじゃない、「あなたしかいない」って。」
そういう意味なのか。
場所を探しながら、片手間に答える岩倉に俺は先ほど新幹線で聞いた言葉が比喩表現が一切ないものらしいことが分かり愕然となった。
「……まさか、みんな断った結果俺にお鉢が回ってきたとか……。」
行き先を探すのに必死の岩倉さんは聞こえていないのか答えない。
なんで強引にここまで連れてこようとしたか、考えたくもない想像が頭をよぎった。
根本的に神と交渉できる人間が希少な上、全員に断られたのなら多少強引な手を使ってでも連れてきたくなるというものである。ましてや無報酬なら渡りに船であろう。
いろんな意味で大丈夫かな?
俺は両肩にのしかかった重圧とチャンスをくれているのか、シンプルに生贄を求めているのかわからない岩倉さんの態度にますます不安が増していくのを感じた。
そんなことを考えているうちに我々は港の岸壁近くのテント群にたどり着いた。ここから船内に入るのだろうが。隔離のためか厳重にエリア分けがされていて、透明なビニールシートの向こうには防護服の人間も見える。
まさにここが最前線の入り口というわけである。
そして、岩倉さんは俺に用意していたらしいスタッフパスをくれた。
そこには、どこから拾ってきたのか俺の顔写真と「榊」名の名前が書かれていた。
「今日のあなたの「顔」よ。あなたには搬入スタッフのボランティアとして私と一緒に船内に入ってもらうわ。」
は?
よく見ると、岩倉さんのパスも搬入スタッフのものである。
俺は理解に苦しみ、しばし自分のパスと岩倉さんのパスを交互に見ながら首を傾げた。
「いや、別に潜入工作員じゃないんですから。普通に宮内庁の名前で入れないんですか?」
なんの趣味かわからないが回りくどいことこの上ないし、こうする利点が分からない。第一身分を偽っていては何かとやりにくいことが多い。
だが俺の言葉に岩倉さんは切なそうな顔でため息を付いた。
「榊さん。常識で考えて?科学万能のこの時代。お祓いをするから隔離区域に入れてくれって言って誰が入れてくれると思う?」
「……まぁ、確かに。入れてくれませんよね。」
先生が生徒に言い聞かせるように語る岩倉さんにぐうの音も出ない俺。
確かに一般常識で考えれば、そんなもん入れてくれるはずがない。
なんだか、宮内庁が手を回せばすごい力で話が通ってしまうような事なのかと勝手に思っていたが。そんなことは全くないようだ。
さらに、岩倉さんは額がぶつかりそうなほど近くに顔を近づけ、鬼気迫る顔で俺に小声で言い聞かせた。
「いい?宮内庁って、霞が関ではすっっっごく立場が低いの。霊的な部署となれば存在自体幽霊みたいなものよ。」
そら表には出ない組織だわな。
確かにこの時代、この手の組織に予算が割かれているとはとても思えない。
言われてみればその通りだが、こうはっきり言われるとなんだかもの悲しさすら感じる。
俺は今までの岩倉さんの言動に納得がいった気がした。
「そんな存在もあいまい、予算も少ない中私たちは何とかやっているの。今回だって厚生労働省の知り合いのつてでこのポジション確保したんだから。関係者の顔をつぶさないようにして。」
「……はい。分かりました。」
霊的な部分全く関係ない上にずいぶん世知辛い話だった。
今日一番の彼女の気迫の入りようからして、彼女自身も何か腹に一物抱えているようである。
俺は岩倉さんの心情を察し、これ以上の要求も期待もすべきでないと悟った。
今回は交渉でるチャンスをもらっただけで良しとしよう。
俺はそう前向きにとらえることにした。
「よし、わかったら、今からそこの更衣室で防護服を着て搬入作業に参加するわよ。チャンスは一度。何としても事態の悪化を防ぎましょう。」
そう言って微笑み、岩倉さんは女性用の更衣室へと姿を消していった。
つい今しがたあんな話をした後なのに消えない「できる女」のオーラ。
もしかしてあの人、ものすごくポジティブなんじゃないだろうか?
さすがエリートは違うな。と俺は変な感心せざるを得なかった。
さぁいよいよ最前線
君しかいないと言われても
比喩じゃないのはちょっと困る。
政教分離の世の中じゃ
お国の支援も頼りない?
孤軍奮闘榊君
次回どうなる?
お待ちあれ!




