宮内庁、動きます
翌日、俺は突如かかってきた電話に呼び出され新幹線の中にいた。
通常見ず知らずの人の呼び出しなど恐怖もいい所である。
まぁ社長がつないだ縁だろうと早朝のこのこ駅までやってきたわけだが、そこに現れたスーツ姿にサングラスの女性に事情は移動中に話すということでほとんど強引に新幹線に乗せられてしまったのである。
チケットは出してくれたとはいえもはや半分拉致同然だ。
俺が席に座って新幹線が発車しだした後で、女性はやっと俺に自己紹介してくれた。
「……宮内庁の岩倉さん、ですか。」
名刺には宮内庁の岩倉朋美、とある。
彼女はその言葉に隣の席で頷くと、怪しげなサングラスを外し、静かにほほ笑んだ。
長い黒髪、パンツスタイルのスーツに身を包んだその女性は均整の取れたスタイルと自信に満ちてはいるが上品な物腰からして、見るからにできる女性といった空気を醸し出していた。
知的でありながらぞっとするほどの美貌の持ち主で、まさにクールビューティという表現が当てはまるタイプの女性である。
「そう、急な話でごめんなさいね。何しろ一刻を争う事態なので。」
彼女はそう言って俺に缶コーヒーを渡してくれた。
人違いだったらどうするつもりなのかと言いたくなるほど強引に連れてこられたわけで、聞きたいことは山ほどあったが、ひとまず敵意はないらしい。
俺は素直に礼を言って、缶を開けながら最初の疑問を口にする
「なんでまた宮内庁の人が?」
その言葉に彼女はさもありなん、といった顔で頷く。
「古来から日本の宮中では日本の五穀豊穣と国家安寧への祈りが捧げられてきたわ。表向きにはされていないけど現在も宮内庁では霊的に日本の平和を支える仕事が脈々と続いているの。霊的で国家的な危機が近づいてきたら、普段の業務を離れて動くのが私たちの仕事なの。」
なるほど、確かに宮内庁は日本国家の霊的組織としては頂点にあたる部分ともいえる。それが明治維新から敗戦、高度経済成長期を経ても絶えることなく業務が引き継がれていたということだろう。
「そんな組織がなんでまた俺なんかを?」
2つ目の疑問、そんな大きな組織がなんでまた俺を迎え付きでよこしたのか。
それに彼女はまた小さく笑った。
「ご謙遜ね。関西地区で暗躍する謎の人物「榊」と言えば界隈ではそれなりに有名よ?神々との交渉を無料でやってくれる人物なんてそうはいないわ。」
「いや、まぁ、確かに人間からお金もらったことはないですが……。」
そういえば、価格交渉とかしていなかったがまさか無報酬で仕事させる気なのだろか?岩倉さんの物言いに何か嫌な予感がする俺。
それにしても、よく考えたら霊的な話をしているのはほとんど神々しかいないので気づかなかったが、人間相手でも業界によってはそれなりに話題になっているようである。多分、俺の仕事の影ぐらいはどこかに残っているのだろう。
「……よく、俺の携帯番号わかりましたね。」
「本来は大阪市のとある退魔師に声がかかっていたんだけど、彼が行けない代わりにあなたを紹介してくれたの。疫病神と会話ができて無料で仕事をしてくれる腕利きがいると聞いてね。ほんと、助かったわ。」
千住院だな。
呪い師の知り合いがそもそも少ないので推理するまでもない。
どうも自分の身代わりに俺を差し出す代わりに、俺のことを過大に宣伝しておいたのだろう。
こうなると、俺が有名人という話も怪しいものである。
あと、やはり無報酬なのは確定のようだ。
別に会社からそれなりに報酬はもらっているし、なんだかんだ使命感を持って仕事をしているからいいと言えばいいのだが。本人のいないところで勝手に決められるのはなんともいい気持がしないものである。
「……で、今回はどちらまで?何をしに?」
そして質問は問題の核心へ迫っていく。
というか、バラエティ番組のドッキリ企画じゃあるまいし、行き先と目的も知らされないまま現場に行くなどプロの仕事のやり口ではない。
交渉するだけとはいえ、こちらもそれなりに準備というものがある。
彼女は前向きな俺の態度に満足したようだった。
「そうね、説明するわ。」
彼女はそう言うと鞄からタブレットを取り出し、俺に見るように指示した。
無料でやってもらえそうで安心したわけじゃないよな?
と、聞いてみたくなったが。ここでギャラ交渉とかめんどくさいにもほどがあるので、俺は素直に指示に従った。
そこには、港で大型客船が隔離されていることを報じるニュース記事だった。
「昨日、海外からの客船内で新型ウイルスの患者が発見されたわ。今は日本の港で隔離中。日本人だけでも上陸させるかどうかで今大揉めしているの。もしここで封じ込めに失敗したら、日本にウイルスが初上陸。ということになるでしょうね。」
「……つまり、ここに疫病神様がいると?」
「現在も船内で患者は増え続けているわ。医学的な話は知らないけど、霊的には真っ黒よ。確実にそれに類する「何か」がいるとみていいわ。」
岩倉さんの言葉に俺は息を飲んだ。
まさに水際。なるほど慌てるわけである。
しかも隔離された船内、蓄積された穢れはストレスを抱えてさらに増大していくに違いない。
かといって、船の中の人間も見捨てるわけにはいかない。
まさに究極の選択を迫られているというわけである。
「さすがに何も補給しないわけにもいかないから、今日の午後に食料補給と同時に医療スタッフも船内に入ることになっているわ。榊さんはこの機に乗じて、疫病神と説得。国外への退去か浄化をお願いしてほしいの。」
「……難題ですね。」
まさに言うは易し、である。
何をすべきかは理解できる。だが、どうすべきかになるとはっきり言って会ってみないことにはまったくわからない。
相手をもてなした程度でこのクラスの厄が果たして追い返せるかどうかはわからないし、一撃で疫病神を撃退できる魔法の言葉などあったらこっちが聞きたいくらいだ。
岩倉さんもそれをわかっているらしい。彼女はそうね、と小さくつぶやくと椅子にもたれ、新幹線の天井を仰いだ。
「難しいことはわかっているわ。でも、国家の危機に対して、私たちはやれるだけのことをやらなければならない。たとえそれが回避不能な天災だとしてもね。」
「やるとかやらないとかそういう話ではないと?」
「そう、一人でも多く被害者を減らせるなら何でもしたいの。ささやかかもしれないけど、それが私たちの「祈り」というものよ。これが届けばいいのだけれど……。」
当たって砕けろということか。
俺はうつむいて頭をフル回転させた。
とにかく時間がない。
何ができるか。新幹線の中で考えねばならない。
俺のその様子に、岩倉さんは満足そうに頷いた。
「今、日本中の霊能者にこちらから声をかけているわ。日本中の祈りの力を集めれば、水際で押しとどめられる……私たちは、ずっとそうして日本を守ってきたのよ。医療の仕事も、祈りの力もなければ日本は救えないわ。今、それができるのはあなたしかいないの。頑張って。」
彼女の言葉に俺は大きくうなづいた。
危機に対し、絶望するだけではなく、人は祈る。
その祈りの力を今こそぶつける時なのだ。
医療だけでなく、その人々の願いが、神々を霊的に動かすこともあるだろう。
社長の言いようではないが、今まさにやるべきことをやるべき時なのである。
俺は缶コーヒーを飲みほして気合を入れた。
「必要なものがあったら、領収書切って私に頂戴。経費で落とせるものなら何とかしてみるから。」
「……はい。」
なんかこの人、ちょいちょい言うことがケチ臭い。
神々相手にしてたせいか、どうもこういうところが引っかかる。
まぁ、人間の役人なんてそんなもんか。
俺は細かいことはこの際気にしないことにした。
これはお国の一大事だと
宮内庁も動き出す
疫病神抑えるために
はるばる出張いたします
経費の申請、面倒そうだが
大仕事だぞ!榊君
次回更新お待ちあれ!




