スサノオ様がやってくる?
「……スサノオノミコトって、まさかあのスサノオ様……?」
当然、言われるまでもなく良く知っている神だ。
高名な神のことだから様々な分身は存在するが、つい数か月前その分身の一つ、飛び切り穢れをため込んだスサノオ様を海に流したところである。
「まさか、根の国に行かずに大陸に上陸したなんてことは……。」
南さんの言葉に一同に重苦しい空気が流れる。それに与根倉さんが言葉を添える。
「……疫病は疫病神のもたらす祟り。疫病あるところ、怒れる疫病神がいる。」
そうなのである。霊的に見れば、疫病をもたらす何かがそこにはあるはずだ、人々の穢れが災厄と化したか、神々を起こらせるようなことをやってしまったのか……・
もし、長年この近辺の穢れをため込み、凝縮したスサノオ様が海を渡りその力を解放したとしたらつじつまの合う話だ。
考えたくもないが、そう考えざるを得ない現象が起きつつある。
そもそもあれだけの穢れのパワーが集中する状況などそうはあるまい。
よく神々が、霊的な核爆弾と言っていたが、それが今解放されつつあるとしたら……。
俺は、想像もつかない状況になりつつあることを予感し。背筋が凍る思いがした。
「……ちゃんと根の国とかに送られるまで見届けなかったんですか?」
「……あそこは私たちでもそうそう近づける場所じゃないんですよ。海に流したらあとはその筋の神様にお任せですから……。」
どうも、根の国とはそういう所らしい。詳しくは知らないが、多分死後の世界とかそういうものだろうか。
「そもそもスサノオ様は根の国に住んでたこともあるような神様ですから、行ったところで意味がなかったのか、あるいは穢れが大量すぎて浄化しきれなかったのか……。」
うろたえながらの南さんの分析に俺はうなり声を上げた。
「大昔なら海の向こうに流せばそれで縁切りだったんでしょうが、現代は世界が狭くなってますからね……。」
俺の言葉に南さんは泣き出しそうである
「どうするんですか?もし想像した通り、外国にいる疫病神が「あの」スサノオ様だったら……。」
俺がそう言って二柱の神を交互に見ると、今まで沈黙していた明石さんがゆっくりとその答えを口にした。
「……間違いなく、まっすぐこっちに向かってくるな。」
それは、全員がとっくの昔に気づいていたのだが、口には出さなかった結論。
すなわち。
我々が強大な疫病神を思いっきり怒らせ、その結果が出始めたということである。
一同は再び沈黙に包まれた。
「……誰か、誰かに仲裁を……。」
南さんはただ、アワアワしながらパソコンでなにやら検索を始めだした。
無駄だ。この近辺の福の神ほとんどすべてが共犯なのである。
仲裁できる神などいようはずもなかった。
「あー!どないしょー!このままやったらどつきまわされるくらいじゃ済まへんで?」
頭を抱えて明石さんは叫びだす。
「……まぁ、あれだけのことやりましたからねぇ。」
何しろ、だまし討ちして海に追放したのだ。
俺もフォローなどできない。自業自得以外の言葉が出てこない。
「ぬかったわー!こんなことやったら、日本海側やなくて太平洋側に流しとくんやった!」
「ちゃんと手足を縛っておくんでした~!」
「何について後悔しているんですか!」
机を叩きながら、悔しがる明石さん達にさすがにツッコまざるを得ない俺。
もはや言っていることが殺人犯のそれである。
「そうや!天神さんやー!全部天神さんがやったことにしよう!」
「そうですよね!一番積極的でしたもん!私たち脅されたんです!」
「やめんかー!」
とうとうほかの神のせいにすることを考え始めた神々。もう恥も外聞もあったものではない。
「まだあのスサノオ様と決まったわけじゃないんです!まずは疫病が流行らないことを最優先することを考えましょうよ!」
俺の言葉に二柱の神は顔を見合わせた。
「……そ、そうやな。まだあのスサノオさんかどうか決まったわけやない。」
「……何とかみんなで疫病を上陸させなければ関係ないですしね……。」
頷きながらなんとか自分に言い聞かせるように言う神々。どうにか神々による責任のなすりつけ合いは回避できそうだ。
「よし!ウチら稲荷明神三柱の力を合わせて何が何でも水際で疫病を食い止めるで!」
「そうですね!福の神の総力を結集して……。」
……。
……あれ?
そこで南さんが、きょろきょろと周りを見回しだした。
やがて視線は、先ほどまで与根倉さんが座っていた席にに視線が集まる。
そこには与根倉さんの姿は忽然と消えていた。
「……与根倉さんは?」
俺の問いに明石さんと南さんは首をふる。
あれ、どこへ?
俺たちが顔を見合わせたその時。ガラガラと音を立てて事務所の戸が開いた。
そこから姿を現したのは新聞とスマホをもって外から帰ってきた社長だった。
彼は事務をざっと見まわすとスマホの画面に目を落とし感心したように口を開いた。
「なんや今、与根倉からメールが来て、明日からネット中心に動くからしばらく顔出さんとのことやけど、もうネットに行ったんか?早いな。」
……逃げたな。
空席になった与根倉さんの机を全員で眺める俺たち。
そういえば途中から会話に加わっていなかったことに今気が付いた。
「……ネット中心に活動ですか?」
「おお、前々からちらっと話は聞いとったけどな。ほら、最近は「おんでまんど」とかで配信やらネットで販売やらが多いからそっちに手を出しとったやろ。……しかし急やな。」
……この用意周到さ。
どうやらこうなることを予見していたようだ。
そして、南さんは目を泳がせながら口を開いた。
「あ、あたしもそういえばネットに仕事が……。」
「あ、ウチも電気店がネットで商売を……。」
「便乗して逃げないでください!水際作戦はどこいったんですか!」
事あるごとに逃げ出そうとする神々を必死で止める俺。
俺の声に二柱の神々はどうにかその場に踏みとどまっている様子だった。
これは不味いかもしれない。
この神々の怯えぶり、尋常ではない。
自業自得とはいえこの状況は他の神々にも広がっていくだろう。
果たしてこれで疫病を食い止められるのか……。
俺は今更ながら状況のまずさに気づき眩暈がした。
もう、疑う余地はなく災厄が近い。
関西どころか、国家規模の危機が近づきつつある。
一体どうすればいいのか?
そんなことを考えていると、さすがにただならぬ状況を察した社長が俺の肩を叩いた。
「……なんや、大ごとか?」
いまだ状況が呑み込めずキョトンとした顔の社長。
それに俺はすがるような思いで社長に事情を報告した。
「そうか……来るべきもんが来たという所やな。どだい、あんだけの量の穢れを一気に払うのっちゅうのに無理がったんやろなぁ。」
事情を一通り聞いた社長はそう言うと静かに熱いお茶をすすった。俺の後ろでは明石さんと南さんが、首をうなだれ、声にならないうめき声をあげる。
「……では、社長も。今回の疫病は「あの」スサノオ様の仕業と?」
「仮にそうやのうても、この様子ではそれに匹敵するもんの仕業や。やることは大して変わらん。」
「……まぁ、確かに。」
ネットの記事を指して言う社長に俺は頷いた。
確かに、開き直ればやることは同じである。
「もう話は国家規模の話になっとる。言うまでもなく日本中の神々が動くやろうから、ワシらとしては自分らの持ち場を全力で守るしかない。与根倉のように、ネットに活路を見出して保険をかけるのもこの際はアリやろ。打つ手は全部打たんとな。」
確かに、今回はこの町内の話を軽く超えている。
この現代社会で疫病の流行など日本全国の神々が黙ってはいないだろう。
与根倉さんもそのあたりを考えて……いるのかどうかは知らないが、ネットという独特の精神世界に霊威を保つ逃げ場を作ろうとしているのか。
「さて、ワシらは疫病神さんが悪さをせんように、準備をせんとな。もてなして返せるような相手やったらええが……。まずは穢れてないスサノオさんを通じて詫びを入れに行かんとな。場合によったら、武神の出番になるかもしらん。」
そう言いながら、事務所の戸棚においてあった酒瓶を選ぶ社長。多分お供え物にするのだろう。
ここまで来るとお祭りする。というレベルを超えて詫びを入れに行くという話になるらしい。
さながらクレーム対応のような展開だが、失敗すると疫病の流行が待っているというのがなんとも恐ろしい話だ。万が一武神の出動となると、またどんな影響が人間の生活に影響を及ぼすかわかったものではないのだ。
そして社長はもろもろ供物を明石さんと南さんに包むよう指示すると俺には向き直りさらなる指示をだした。
「と、いうわけで、ワシらの方はやるだけのことはやる。うまくいくかどうかはわからんが、榊君もやれる限りやってくれ。」
「しかし、社長。人間の俺に何が……?」
「一応こっちでフォローはしてみるわ。お前さんはスサノオさんの追い出しには参加しとらん。それが使えんこともないやろ。」
「はぁ……。」
それこそ国家規模の事態に対し、俺一個人にいったい何ができるというのか?
もう、不安いっぱいの俺。
しかし、確かに逃げ出してもいられない。
俺は腹をくくるしかない、と自分に言い聞かせた。
そしてその夜。社長のつないだ縁なのか、なぜか俺の携帯に連絡があった。
それは「国」からの連絡であった
スサノオ様がやってくる?
まさかとっても怒ってる?
神様とっても慌ててる。
お国が俺を呼んでいる?
どうなる?
どうする?
榊君
続きは次回のお楽しみ!




