疫病封じはお早めに
翌日、パソ神様の現状を報告すると三柱のお稲荷さんは、さもありなん、といった反応だった。
「そうか……最近姿を見いへんと思ったら、別の所で活躍しとったんやねぇ。」
「もともと、そういう神様でしたからねぇ……。」
もはやあきれ顔の明石さん、南さんも苦笑して頷く。
「付喪神さんなんかは特にそうやけど、人間の願いから生まれる神もおるからなぁ。場所が広がって、人々の願いが変われば変貌するのも仕方がないわ。」
「……なんか特殊な願いを収集してますけどね。」
南さんの言葉に俺はため息を付いた。
付喪神とはいえ、あそこまで変貌するのは正直なかなか理解が追い付かない。昔を知っている分、何か新たな邪神でも生み出したような気分になる。
「放置しておいていいんですかね?なんかネットの噂の権化みたいになってますけど。このままじゃ、あることないこと言い出してまたトラブルの種になるのでは?」
ネット上は言霊を文字として固定化する一種の呪術ととらえられる、とはここの神々から聞いた話だ。
正しい知識や、知恵ならよいのだが、嘘、デマなどが固定化され、増幅されるとそれは「呪い」となり人間を操り、社会に害悪をもたらす。パソ神様の変貌は明らかにその呪いに影響を受けつつある前兆であった。
だが、明石さんと南さんはそれに悩ましい顔で答える。
「ウチらとしては、それは人の願いである以上、断ち切ることはできんわ。ネット上から付喪神さんを追い出したところで、また新しい神が出来上がる。鶏が先か卵が先かみたいな話なんよ。」
「……多分ネットの広大な空間で、少数派の意見や願いを拾い集めちゃったんでしょうね。ああなると、もう付喪神さんと呼んでいいかどうか……。」
もはや、本体がどこにあるかもわからない陰謀神へと変貌したというわけである。
俺は神々の答えに大きくため息を付いた。
こうなると、「件」と同じか、あるいはそれよりたちが悪い。広大なネット空間から都合のいい情報をかき集め噂が人格化し、人を操るのだ。
しかも、それも元をただせば少数派とはいえ人の願いから生まれたものなのである。考えるとなんとも罪深いものだ。
「まぁ、件の神々と一緒で、大きな災厄が起こって人間の不安が増大でもせん限り、ああいう神々はそんな大きな力を持たんよ。そうならんよう、ウチらみたいなちゃんとした神への信仰と、正しい行い、明るい未来の展望を人間にみせるのがウチらの仕事なんやで。」
「……つまり、いつもの仕事を頑張る。……ってことですか。」
「そういうことですね。」
俺の出した答えを南さんも肯定する。
結局はそういうことだし、それが福の神の仕事ということだろう。
人々の願いから陰謀神が生まれ、また別の願いから福の神が生まれる。
俺たちはそれをサポートしていかねばならないということなのだろう。
不安を増大して、災厄を引き込むようなことがあってはならないのだ。
俺は一抹の不安を感じつつ、そう納得することにした。
「……来る。」
そして、今まで沈黙していた与根倉さんがぼそりとつぶやいた。
その言葉に向かいの席を見ると、彼女はパソコンを指さし、それ見るように我々に促していた。
それは海外のニュースだった。
「新型ウイルス?」
どうも、海外で新型ウイルスが発生したらしい。
そもそも、地元の話に手いっぱいで海外のニュースなど最近気にした記憶がない、神々も情報を入手できるようになると、海外のことが気になるのだろうか。
俺たちは全員で与根倉さんのパソコンをのぞき込んで記事を読み込んだ。
「海外で、謎の病気が流行っているみたいですね。パンデミックが起きるって噂になってます。」
「ぱんでみっく?」
「治療や隔離が間に合わないくらい爆発的に病気がうつって患者が広がっていく状況ですよ。ウイルスってものすごい進化するから、時々こういう薬の効かない病気が流行るんですよ。」
俺の言葉に南さんは納得したようだった。彼女はそれに
「ああ、疫病が流行っているんですね。」
と頷く。
なるほど、こういう状態を昔風に言うと「疫病の流行」ということになるのか。
言葉が変わっているので気づかなかったが、昔も今も病気というのはやはり恐ろしい災厄ということになっているのだろう。
明石さんもそれにうんざりしたように首をすくめた。
「ああ、こういうの時々あるんよなぁ。遠い国のこととはいえ、気をつけんとえらいことになるから、こっちに降りかかってこんうちに手を打たんと。」
「100年前は大変でしたからねぇ。」
どうやら仕事が増えるようだとぼやく明石さんと南さんの言葉に俺は改めて神々が影ながら人々を災厄から守ってきているらしいことを実感した。
なるほど、こういう時こそ神々の仕事なのだろう。
俺は、振り返りこれから為すべきことを明石さんに問うた。
「で、疫病が来ないように、何をすればいいんですか?」
「まずは、身辺を清らかに、やな。外に出たら手を洗い、穢れを払う。病気になったもんとは関わらない。特に血の穢れ、死の穢れは厳禁や。」
「……普通に感染症の予防ですね。」
「昔から大事なことなんですよ。穢れの多い人は病気になりやすいんです。」
なるほど、これが太古からの知恵ということだろうか。
思えばウイルスなどの概念がない古代から、こうやれば病気にならない、という経験の積み重ねなのだろう。
俺は、今更神々が穢れについて口やかましく言う事情が分かったような気がした。
「そこはまぁ、個人のやること、あとはウチらの仕事や。疫病を広めないように専門の神に協力を……。」
そこまで言ったところで、明石さんははっとなって言葉を飲んだ。
俺はそれに首を傾げる。
見ると南さんも何かに気づいたらしい。明石さんと顔を見合わせておどおどし始める。
俺は不安になって二柱の神々の顔を見回した。
「どうしたんですか?何か問題でも?」
俺の言葉に、二柱の神は答えない。何やら青い顔をして考え込んでいる。俺はますます不安になって、神々を問いただした。
「なんなんですか?その専門の神様って何か問題のある神様なんですか?」
俺の問いに二人は答えない、いや答えを口にしたくはないという様子だった。
そしてその問いの答えを、パソコンの前の与根倉さんが答える。
「……我々は、疫病をもたらす神を止めねばならない。疫病と暴風をつかさどる神。その名は―。」
「その名は?」
「……牛頭天王。またの名を、スサノオノミコト。」
与根倉さんの言葉に、今度は俺が凍り付いた。
外国で、病気、疫病流行ってる
手洗いうがいは万全だから
あとは大事な神頼み
だけども疫病封じといえば
スサノオ様ご機嫌取りだ
その神こないだ追い出したけど
これってだいぶ不味くない?
どうするどうなる榊君
次回更新座して待て!




