件の件
天災は忘れた頃にやってくる
―寺田虎彦
雨降りしきる公園。
その池の真ん中を与根倉さんが指さしている。
見るとそこには、長い髪だが、魚の体に嘴を持った奇妙な神が水面の上に見えていた。
「あれは……?」
街を見回っていると、さまざま今奇妙な神々の姿を「見る」ことは多い。
奇妙奇天烈な獣のような神や、不定形生物のような神の姿をすっかり見慣れてしまっている。だが、この神はここには以前いなかったはずだ。
俺は傘を差しながら目を凝らしてただ水面に佇んでいる。
元の神様が変化したのか、水中に遺体でも沈んでいるのか?
言葉少ない与根倉さんに代わって俺の疑問に答えたのは与根倉さんと一緒に巡回に来た南さんだった。
「ああ、あれはアマビエ様ですよ?」
「アマビエ様?」
「疫病がはやることを告げる神様です。いわゆる「件」のお仲間ですよ。」
「件?」
「世の中に戦争や、災厄が起こることを予言する神様なんです。自分が現れたことを絵に描いたりして皆に伝えるよう告げて皆に警告するんですね。」
南さんの言葉になるほど、と頷く俺。何か自分勝手な神々ばかり相手にしていると自ら予言をするとは有り難い神のようにすら思える。
あれ?ということは?
「え?じゃぁ、これから疫病が流行るんですか?」
突如不安になる俺。だが、南さんはそれに笑って答えた。
「そうでもないんですよ。件と呼ばれる神々はそうやって人々から不安を集め、自らの霊威を高める神々なんです。だから、いつでも世の中に災厄が起きると言ってますし、必ずしもそれが起きるとは限らないんですよ。」
なるほど、むしろ人々の不安を掻き立てる神といった方が適切ということだろうか。
これに踊らされた、人々が不安を増大させて自らの霊威が増す。
不安に駆られた人々が自己実現的に災厄を引き起こすこともあるだろう。あるいは災厄などは自然の摂理として、いつかは起こるものともいえる。
そしてたまたまでも予言が当たれば、振り返って予言を的中させたことになり、さらに霊威が増す。そういう神なのだ。
俺はそのカラクリを教えられ、この神が決して人間のために動くような神はないことに不安を感じつつ。やはり予言は絶対ではないということを納得し胸をなでおろした。
「それを聞いて安心しました。考えてみれば、こんな医学が発達した世の中で疫病で災厄が起きるなんて、ありえない話ですよね。」
「でしょ?そういう神様。たくさんいるんですから。」
そう言って、笑う俺と南さん。
「……災厄が、近い。」
傘を打ち付ける雨音のせいか。
この時、与根倉さんが、何かつぶやいていたことに俺たちは気づいていなかった。
……件と いえば。
俺は、事務所に帰ったあとふとある神様のことを思い出していた。
俺がここに入社した時、ここに納品していたパソコンの付喪神。通称「パソ神」様である。
強い思いで作られ、長年売れ残ることで付喪神と化したその神は、一時期事務所のパソコンとして事務所に鎮座しており、「話せるパソコン」として大変重宝されていた。
だが、宗教団体か何かの思念がベースなせいか、事あるごとに世界の危機を訴える変な習性があって、会話の一割くらいはスルーしないと話が進まない傾向があった。
みんながパソコンやスマホの使い方に習熟すると、彼と会話する必然性も減っていき、最近は事務所にいる姿をとんと見なくなった。
そもそも、雇用契約など存在していないので、我々の事務所での役割を終えたとみるやネットを通じて様々な神々にネットの利便性を説いて回っていたようである。
……その、怪しげな終末思想とワンセットで、だが。
思えば彼も「件」の一種ともいえるのではないだろうか?
そんなことを考えながら、俺は久しぶりにパソ神様をチャットで呼び出してみた。
「お久しぶりです榊さん。」
チャットの画面にむさ苦しい男の姿が映し出される。
しばらく見ないうちに髭が伸び、何か預言者のような姿になっていたパソ神様。
毎度、周辺のモノに影響されて姿が変わっているようである。
俺はどうにか以前のパソ神様との共通点を探し出し、同一人物であることを確認すると。文字ではなく、言葉でパソコンに話しかけた。
「お久しぶりですパソ神様。最近見ないのでどうしているかと思いまして。」
付喪神と人とはいえ、同僚のようなものである。さすがに神様を放置するのもいかがなものかと思い、軽い世間話のつもりで話しかけたのだがパソ神様ははよくぞ聞いてくれた
と言わんばかりの態度で答えた。
「はい、実は今大きな組織と戦っており。手は離せませんでした。こちらに顔を出せず申し訳ない。」
「組織?」
以前は世界の終わりを告げる抽象的な予言だったのだが。何やら具体性を帯びている。俺は思わず聞き返したのだが、20秒後、それを後悔することになった。
「はい、光と闇の最終決戦が近づいています。世界で起きている事件のすべては闇の組織による陰謀によってもたらされたものなのです。大企業の資本家たちは闇の組織からの指令で政府を動かしており、あらゆる事実は政府やマスコミによって隠蔽されて……。」
それはネット上に転がる陰謀論を結集させたような世界観だった。
まるでAIが、変な具合に陰謀論だけを収集した状態で文章を生成しているようである。俺はいちいち突っ込むこともできず。延々自説を語り続けるパソ神様を唖然として眺めていた。
相変わらずと言えば、相変わらずだが……。
こちらが聞いていないこともお構いなしで語り続けるパソコン。
それを後ろを通りかかった社長がのぞきむ。
「おお、パソ神様やないか。元気そうやな。」
「……元気は元気ですけど。ネットで変な情報拾っておかしな方向に行ってませんか?」
社長と俺の会話を聞いていないのかやはり延々話し続けるパソ神様。
社長はそれにうむ。と頷く数秒ほど画面を観察すると、手にした湯呑からお茶がこぼれないようにゆっくりと自分の席に向かった。
「まぁ、人間の想いで神の役割も変わる。特にネットのような言霊が氾濫する世界では、新しい神が生まれても不思議やない。パソ神さんもそういうのになりつつあるんかな。」
「はぁ……。」
どうやらパソ神様は、単なるパソコンの付喪神から、ネット上の意思と情報を収集し、ネット上の新たなる神になろうとしているようだった。
一体それが、どんな人間の意志を反映しているのかは知らないが―
当分、ウチの事務所に用はなそうだな。
いつ終わるともしれないパソ神様が語る世界の闇の話を聞きながら。俺はそんなことを考えていた。
件がこの世にあらわれりゃ
不吉な予言が下されます
それはホントか偶然か?
これから一体何が来る?
続きは次回のお楽しみ




