第二話 旅立ち
少年は、妖精と共にこれからのことを話しながら家路についた。
ドアを開けると、人気のないリビングに椅子が二つ。壁にかけられた家族写真は色褪せて、開けっぱなしの窓から流れる風が、花瓶に差した花をかさかさと鳴らした。窓をそっと閉めた少年は、椅子のうち片方に腰掛けた。
「誰もいないのか?」
「うん……お父さんとお母さんは僕がもっと小さい頃にどこかに行っちゃった。一緒にいてくれたおばあちゃんも…………」
段々小さくなっていく少年の声に、妖精はやってしまった、と聞いたことを反省した。
「……そうか、悪かった」
なんと言えばいいのかわからなくなって、窓枠に腰掛けてぼんやりと外を眺めた。
「…………ねぇ、お宝ってどんなの探しに行くの? やっぱり……おっきな宝石とか?」
少年はなんとか明るく振る舞おうと、大袈裟な手振りを交えて尋ねた。それに気づいた妖精も、つとめて普段通りに返した。
「いや? 宝石は妖精にとって石ころとそんなに変わんねえからなぁ。よっぽど変なやつじゃないと喜ばないぜ」
「そうなの? だってあんなに綺麗だし……すっごく高いんだーってこの前街に来た旅の姉さんが言ってたよ……?」
「まあ人間界で言ったらそうだろうな? 俺たち妖精は大昔に、エラソーな人間達から宝石やるから願いを叶えてくれーって言われてよお、そいつらの寄越してきた宝石があんまりにもすげー量だったから、今でも妖精界の至る所に転がってる。しかも妖精ってどいつもこいつも飽き性だから、すぐに宝石に飽きちまって、今じゃ蜂蜜の方が喜ばれる始末だ!」
「そ、そうなんだぁ……?」
(そういえば、願いを叶えてもらおうと妖精を呼び出したら “湖が埋まるくらいの宝石を持ってきたらね!” って無茶振りされたっていう昔話を聞いたような…………むかし、ばなし……?)
はっとした少年は立ち上がり、部屋の隅に向かうと戸棚を開いて一冊の分厚い本を取り出した。
「ルーア! これ、僕が読んでた昔話の本なんだけど、妖精の世界にも似たお話ってあるかな……?」
少年の言葉にハッとした妖精が指を振ると風が起き、ページがめくれる。妖精はそれを眺めながらしばしの間考え込んだ。
「…………いくつか同じ話がある」
「ほんと? じゃあ、もしかしたらこの中に、作り話だけじゃなくて本物の話もあるかも」
目を輝かせてページを捲るアルの勢いに気押され、だんだんとそんな感じがしてきた妖精は少年と一緒に本を覗き込む。そしてパラパラと捲られたページを追いかける少年の目に、ある一つの言葉が留まった。彼はそのページを開いて、尋ねる。
「ルーア、君のところに人魚の話ってあるの?」
“人魚”という言葉を口にした瞬間、少年からは見えない角度にある妖精の顔が苦々しいものとなり、口は見事なへの字を描いた。
「あるにはあるが…………俺たち妖精は住んでる場所からほとんど出ねえから、そもそも海をよく知らねえ。知ろうとも思わねえしな。だからあいつらのこともほとんど知らねえ」
(俺たち妖精は海、嫌いなんだよなぁ〜! だってベタベタするし、臭いし、流されたら戻ってこれねえし。しかも俺の知ってる話だとあいつらはスッゲーやなヤツ! ……ま、まさかアルのやつ、人魚に会いに行くなんて言い出さねえよな?!)
「この人魚の鱗ってどうかな? 人魚自体がすっごく珍しいし、これで薬を作ると長生きできるって僕たちの世界ではすっごい取り合いになってたんだって。だから君達の世界にもあんまり渡されてないんじゃないかな」
その言葉で、少年が次にはこれを探しに行こうとでも言い出しそうな雰囲気を感じた妖精は、少しでも自分の逃げ道を増やすためにひきつった笑顔で言った。
「お、おう! 目の付け所がいいじゃねえか!! ま、まあ一旦全部流し見してから決めようぜ!!」
(やめろアル! 頼む考え直してくれ!! 海には行きたくねえけど、俺から言い出した手前嫌だなんて言えねえ…………!)
妖精はそわそわとしながら固唾を飲んでページを捲る少年のことを見つめていたが、その手はやがて、あるページで止まった。
「うーーん……やっぱり僕これが気になるなあ、ねっ、ルーア、君のところにもあんまり人魚の話はないんでしょ? じゃあきっとすっごく珍しいものだと思うんだけど、どうかな……?」
「あ、あぁ…………! すっげぇ……いいと思う……」
不安そうな少年に見つめられた妖精はそれ以上何も言えなくなり、観念することにした。
こうして二人は人魚の鱗を探すことになってしまった。妖精は、助けた時に適当な話をしたことをちょっとだけ反省した。だが、この後、もっと反省する羽目になるのだった。