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第一話 泣き虫アルとほら吹きルーア

 昼下がりの閑散とした街。子供の声が時折聞こえ、時たま人が通るだけの静かな街の端っこ。その茂みには、肩を震わせてうずくまる少年がいた。少年は泥のついた鞄を大切に抱えて、青い瞳からは何度拭っても止まらない涙がこぼれていた。時折通り過がりに彼を見つける人々は、しかしそれを見なかった——いや、始めから何もなかったかのように通り過ぎていく。



 少年は鞄を抱え、涙を拭いもせずに歩き出す。いつも通り、待つ人のいない家に。



◇◇◇



 家路を歩いていた時、少年はどこからか切羽詰まった小さな声が聞こえることに気づいて足を止めた。


「……っ! ……せよっ!!」


 なんとなく気になった彼はそっと声の元に近づいてみると、そこには蜘蛛の巣に引っかかってもがく羽の生えた生き物がいた。

 妖精。彼にとってそれは初めて見る物であり、学校ではいたずら好きで危険な生き物だから、決して近寄ってはいけないと教えられた物だった。あの生き物は紛れもなく妖精、近寄ったら何をされるかわからない。

 しかし少年は、泣きながら必死にもがく姿を見て、見て見ぬ振りをすることなどできなかった。

 

 妖精の元へ歩み寄ってその蜘蛛の巣を手で丁寧に外す。妖精は、最初人間に見つかったことに驚き暴れていたが、不器用な手でなんとか自分を助けようとするその姿を見て、抵抗をやめた。


「…… はい、とれたよ。怪我はない?」

「別に、どこも」

「よかった!」

「ふん……感謝はするけど、人間なんか信用しねーからな! あばよ!」


 妖精は目を逸らし、ぶっきらぼうにそう返すと、時折ちらちらと振り返りながらもそのままどこかへ飛び去っていった。


(いっちゃったなあ…… でも、助けられてよかった)


 少年はいつも通り、しかし、いつもよりもどこか晴れやかな気持ちで家路に着いた。



◇◇◇



「やーい! 泣き虫アル!!」

「お前、今日も魔法の授業でドベだったなぁ! 火を灯す魔法すら使えねーのかよ!」

「3歳のガキでもできるようなことだぜ〜?」

「しかも、杖までなくすとかお前ほんとダメな奴だな!!」

「ほら! これお前の杖だろ!! とってみろよー!!」


 笑いながらいじめっ子達は少年の杖を魔法で浮かせ、少年の目の前に翳す。彼は必死で取ろうとするが、飛び上がって杖を掴もうとする彼を嘲笑うように杖は少年の手の届かないところへ行ってしまった。いじめっ子達はそんな少年の姿を見て笑っている。悲しくて、情けなくて視界が滲む。


(なんで、僕はこんなふうなのかな……)


 それでも諦めるわけにはいかず杖を取ろうとし続ける少年の肌を、柔らかな風が撫でた。それと同時に、いじめっ子達の方からビリッという布の避ける音。


「! ジョン!! ズ、ズボンが裂けてる!! 」

「な、何っ!! くそっ……やい、泣き虫アル!! 悔しかったら俺の前で火の一つくらい灯してみろってんだ!! 行くぞスーゲン!! 」

「待ってよジョンー!! 」




 嵐のように去っていくいじめっ子達。それと同時に茂みから、この間助けた妖精が不機嫌そうに出てきた。彼は現れるなり少年に突っかかる。


「おい、お前!!」


 突然怒った様子で出てきた彼に、何が何だかわからない少年はびっくりして固まるほかなかった。そんな少年を意に介さず、小さな妖精は羽と両手両足をばたつかせながら捲し立てる。


「き、君は……?」

「なんとなく戻ってきたらよぉ…… なんでやられっぱなしなんだよ! 魔法でもなんでも使ってやり返せよ、人間なら使えるんだろ!」

「僕は……みんなと違って魔法、使えないんだ」

「だから黙ってやられてるのかよ! 悔しくねーの?!」

「くやしいよ! でもしょうがないじゃないか、魔法は使えないし怖いんだもん!!」

「怖いだぁ?! あんな奴らよりもっと怖いもん、この偉大なる妖精、ルーア様が教えてやるよ!!」


 そうしてルーアと名乗った妖精が語り始めたのは、妖精界という妖精達の住まう世界の話だった。今まで色んな場所を冒険してきたというルーアは、そこで出会った火を吹くドラゴンや自分を食べようとする大きな鳥、廃墟に佇むゴーストなどの話を少年に語った。最初は落ち込んでいた少年だったが、あまりにも真剣なルーアの語り口、時々おどけた様子で話す家族の話に段々と引き込まれていった。


「ほんと? 雪男とも戦ったの……?」

「あぁ! あいつは毛むくじゃらで、俺よりも何倍も大きかった……長くて白い毛が俺に絡みついてきて視界を奪われたその瞬間! ヤツは飛びかかってきた!」

「そ、そんな! ルーアはどうやって倒したの……?」

「目が見えなくてもあいつはでけえから動く時にすっげー空気を切る音がすんの! しかも狙いも悪いからちょろいもんだぜ。当然一発だって喰らっちゃいねーよ」

「すごい……! 自分よりずーっとおっきいモンスターも倒しちゃうなんて!」

「当然、なんてったって俺は最強の妖精だからな! そこに俺様が得意技の……」


 話し続けながらも妖精は、きらきらとした瞳でこちらを見続ける少年を見ていられず、そっと目を逸らした。

(……それにしても、こいつめちゃくちゃ真剣に信じてくれるじゃねえか……や、やりづれえ…………)


 妖精の方も、あんまり少年が真剣に、楽しんで聞いてくれるものだからつい熱く、そしてバツが悪くなってしまった。その殆どが作り話だったからだ。しかし、泣いている少年を見るのもなんだか居心地が悪い。その上、妖精界では誰一人耳を傾けてくれないルーアの話を、純粋に信じて楽しんでくれる彼にもっと楽しんで欲しくて、すっかり遅くまで話し込んでしまった。


「もう、日が暮れるな……」

「帰っちゃうの?」

「いや、俺は帰れない。

……お宝を見つけるまで、妖精界には帰らない」


 そう目を伏せてルーアは呟く。少年は、どこかルーアのその姿が気にかかった。


「帰らない……?」


 しばらく俯き沈黙したルーアは、再びこちらを見つめて言う。


「あぁ、妖精界の奴らが全員ひっくり返るような、すっげーーお宝見つけるまで、世界中を駆け回るんだ!」



 正直、ルーアはこの少年が気に食わない。自分を助けた少年がいじめられたままやり返さず、やられっぱなしの姿を晒すことがいやなのだ。



「お前も一緒に来い、アルバート! 俺がお前を誰よりも強い男にしてやる」



 掛けられた言葉に少年は驚いた。自分たちは出会ってすぐだし、弱い姿しか晒していない。しかも世界は広く、危険なこともたくさんあるだろう。普段の気弱な彼だったらきっと、危険なことを恐れて断ったに違いない。

 しかし、世界を巡った妖精の、心踊るような冒険譚を聞いて、その熱のこもった瞳を見て、彼の心に迷いが生まれた。ルーアの方を見れなくなって、逡巡しながら俯く。


(僕もそんな世界を見てみたい、けど……怖い)


「今だけだぜ? 妖精界最強の男、幸運を呼ぶ大妖精ルーア様を護衛として世界一周できるのなんざ!」


「お前だって、変わりたいって思ってるはずだ!!」



 少年はその言葉に顔をあげると、こちらをまっすぐと見つめる、輝く一対のペリドット。少年なら変われると信じるその瞳が、自信なさげに揺らぐサファイアの視線と交差する。


——彼は、心を決めた。



「僕も」


前に進むのが怖かった。

一歩を踏み出す勇気が出なかった。

でも、彼はこんな自分に来いと言った。

————彼となら、僕は変われる!!!


「…………僕も行くっ! 

一緒に連れてってよ、ルーア!!」



 覚悟を決めた弱虫な少年は、嘘つきな妖精を信じて、彼と共に踏み出した。

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