【1】①
「ねえ、桜木は!?」
「俺はゲーム。スマホゲーだな」
大学に入学してそろそろ二か月が経つ。
講義の後で教室に残った数人で話していて、とりとめない話題が趣味に移った。
「あ、あたしも同じ! 何が好き? 今何やってんの?」
答えた紘哉に、普段からよく話す美波が食いついて来る。
「園部もそうなんだ。……俺が今ハマってんのは『ファンブレ』かな。お前は?」
「『ファンブレ』もやってるよ~。でもあたしは『スクナナ』が一番好きなの」
「それはよく知らねぇ。乙女ゲーだっけ?」
「桜木くんも美波ちゃんも何言ってんのか全然わかんない……」
盛り上がる二人に、戸惑うように零す杏理。
「だよねー。杏理ちゃんゲームしなさそうだし。実は私もしないからわかんないんだ」
話の輪の中にいた麻由が同調している。
「そっか、そうだよね。ゴメンゴメン、つい夢中になっちゃって」
「謝ることじゃないよ。わかんないほうが変ってよく言われたから」
笑いながら軽く詫びる美波に、少し恐縮した様子の杏理が小声で告げた。
「いや、それおかしいでしょ。趣味なんて人それぞれだし、バカにするならともかく『わからない』のは何も悪くないよ。あたしだって、例えばスポーツ好きな人のことは物好きだな~くらいにしか思わないし」
友人の言葉に真剣な表情で美波が言葉を発した。
「……ありがとう。わたし小説好きなんだけど、中学や高校のときは『アタマ良いアピール?』とかって笑われたりしてたから。大学ってみんな優しくて嬉しい」
「これが普通だよ。そんな幼稚な奴らに囲まれて大変だったね、杏理」
「美波ちゃん……」
杏理は美波の言葉に僅かに目を潤ませている。
「い、井上さん! どんな小説読んでんの?」
その様子を目にして、紘哉は咄嗟に口が動き杏理に声を掛けていた。
「俺、ノベルゲー、ってわかるかな? 小説とゲーム合わせたみたいなやつ。そういうのも好きだからすげー興味ある!」
「えっと。わたし結構雑食だから何でも読むの。あんまりどぎついのはちょっと……、だけど。今はこんなの、とか」
彼女がバッグから取り出したのは、布製カバーの掛かった大きめの書籍だった。ソフトカバーと呼ばれるものだろう。
紘哉はまったく小説を読まないわけではない。
ゲームがメインの趣味なのは間違いないけれど、中高生の頃は所謂『ライトノベル』もよく読んでいた。
今は大判のソフトカバーも多いが、紘哉の好みの作品は古参の部類になる文庫レーベルに多かったためほぼ文庫のみだ。
「えー、それどういうお話?」
横から乗り出した麻由の問いに、杏理が楽しそうに話し出した。
「ざっくり言うと異世界ファンタジーかな。普通の女の子が頑張って仲間増やして成長してく話。流行りの転生モノとかじゃなくってあんまり同じ好みの人に会えないんだけど、わたしはすごくいいな、って」
好きなものを語るときに特有の、全身から溢れる高揚感と輝く瞳。
紘哉の好きな彼女の、おそらくは最も魅力的な姿に胸がときめく。