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ショートヘアの女の子

 放課後、テニス部の練習の音を聞きながら、大晴と武智はテニスコートに面した歩道をのんびりと歩く。野生化したサーモンピンク色のポピーが所々道を彩っていた。大晴が前方に広げた手に巻かれた絆創膏をじっと見た末、ニマニマしていたら、隣を歩く武智が突然、


「明日もバイトか?」

「えっ、うん」

「そうか」


 大晴は手を下ろし、背中に隠す。


「何だよ、急に」

「……いや、何でも」

「ふーん?」


 武智はすぐ手元に目線を移す。それにつられて見ると、武智の手元にはいつもの単語帳があった。


「言っとくけど、テストまだまだ先だよ?」


 少し冷たい風が止み、大晴は自然とワイシャツの袖を捲る。


「あぁ、もはや趣味だなこれ」

「すご」

「今日は部活休む日だしな」

「家帰って勉強すんでしょ?休まず部活やってるやつもいるのに余裕だね~」と、前を向くと、ショートヘアの女の子らしき頭が目の前を通り過ぎ、大晴は危うくぶつかりそうになりながら避ける。


「うわっ、すみませ……」


 歩きながら振り返ると、大晴と同じ制服を着た女子が柵越しに、テニスコートの隣にあるバスケットコートを無表情で見つめている。その先にはビブスをつけた男子たちがボールを全力で追いかけて走り、大きくジャンプし、勢いのあるゴールを決めているところだった。


「何してんだろ」


武智が顔を上げ、


「どうした?」

「いや、何でもないけど……」


 もう一度振り返っても、その女子はじっとバスケットコートを見ているだけだった。


                     *


「暑いなー」


 初夏の暖かすぎる気温の中で、大晴がティーシャツの襟をパタパタとさせながらいつものように喫茶レディーバグの扉を開けると、四~五歳くらいの女の子に出迎えられた。


「いらっしゃいませぇ」

「えっ?」


 驚いて、さっきまで暑かったのも一瞬忘れてしまう。その姿に思わず見入ってしまった。膝が見えるくらい短い丈の赤色のワンピースで、昭和を思い出させる、短い前髪のショートヘアだ。その子が足元にくっついたと思ったら、すばやくアランに駆け寄り抱きついている。


「亜子ちゃん、こっちいらっしゃい」

「はぁい」


カウンターで調理をしている瑠璃子の所へアランと一緒に行こうとしているのか、亜子はアランを抱き上げようとするが、重すぎてアランの体が伸びている。


「あのー、瑠璃子さん、その子どうしたんですか?」

「亜子ちゃんのこと?」

「亜子ちゃんのことです」


 エプロン姿でカウンターに座り、仕事中だというのにアイスコーヒーを飲んでいたカンナがにやりと笑い、


「栞の隠し子」

「かっ……、えっ……?!」


 ショックで言葉が上手く出てこない。カンナは楽しそうに、


「あははは、冗談だって」


 大晴は肩の力が一気に抜ける。


「びっくりしたぁー」

「なわけないだろ」

「そうよぉー」


亜子はカウンターの椅子に掴まり、


「なにしてるのー?」

「んー?遊んでんだよ」

「え?」


大晴はカンナをガン見する。


「あこもー!」

「お兄ちゃんがいるからね。大晴くんも、いっぱい遊んであげてね」


 瑠璃子の優しい声色に、大晴も真面目な顔になる。


「俺、女の子と遊んだのなんて小学生以来なんですけど」

「出来るでしょ?」

「……が、頑張ります」


 大晴が制服に着替えてフロアに入ると、テーブル席では、常連の男性と栞が話し込んでいた。


「あれ、栞ちゃんの子か?」


 男性が眼鏡をくいっと上げ、カウンターで人形遊びをしている亜子を指差した。

洗い物をしながら大晴は聞き耳を立てる。


「親戚の子です。先週から預かってるんですよ」

「栞ちゃんは文子ちゃんにそっくりだったけどなぁ、この子は似とらんなぁ」


 新聞を畳んだ男性は、眼鏡の縁を持って改めて亜子をまじまじと見る。


「そうですかー?遠縁なので」

「それにしても文子ちゃんはちっとも顔を出さないなぁ。引退して以来出てないだろう?二人の働く姿見てみたかったんだがなぁ。重松も療養中だろ?」

「オーナーも母も家でゆっくりしてますよ」

「栞ちゃんが二代目で頑張っとるのになぁ」


クリーム色の着物の袖を大きく揺らして栞は両手を左右に振り、


「そんな」

「今年でいくつだっけか」

「三十になります」

「もうそろそろ結婚しないとなあ!良い相手はいるのかー?」


 男は、がはははと店中に聞こえる声で笑う。

 耳に全神経を集中させていると、


「大晴くん、手が止まってるわよ?」


いつの間にかまだ洗っていない食器が積み重なっていた。


「気になる?」


 瑠璃子が耳元で囁く。


「べ、別にー」


こちらの会話は聞こえていなかったのか、栞は下げた食器をカウンターに出しながら、


「もうすぐ落ち着く時間なので、誰か亜子ちゃん用のもの、揃えてきてもらってもいいですか?」

「私行くわよ」


 大晴は瑠璃子の目配せに、何故だか身震いした。


                     *


 両手いっぱいにずっしりとしたビニール袋を提げながら、大晴は午後の日差しが強く降り注ぐ商店街をよろよろと歩く。隣には瑠璃子と亜子が手を繋いでアイスを食べている。

「暑い……」と、呟く大晴の額から汗がじんわりと出てくるが、荷物を運ぶので精一杯で汗も拭けない。


「何か言った?」

「……何でもないです」

「それにしても、良い色の布があって良かったわねぇ」


 袋にはピンクやオレンジに模様のついた布や食器類が詰まっている。これで服やエプロンを作るらしい。

 瑠璃子はアイスで服を差し、


「このワンピース、かわいいでしょ?リボンのところとか」


 瑠璃子の着ているワンピースは、淡いピンクの小さな花柄模様が一面にあり、ウエスト部分に紐でリボンを作っている。大晴は無理に口角を上げて、


「かわいいです」

「うふふ、この前買ってもらっちゃったぁ、龍臣さんに」

「龍臣さんって気前のよさそうな人ですよね?」


 大晴は顎髭がダンディーなお洒落スーツ姿の男性がカウンターで瑠璃子と話していたことを思い出す。

 ところで、瑠璃子からはよく知らない男の名前が出てくる。龍臣のようにたまにお店に顔を出す人もいるが、毎回違う人ばかりだ。どの人も四~五十代位で、瑠璃子より二廻りは年上のようだ。


「デートでね、私に似合うって言ってくれてね、この前買ってもらっちゃった」


 瑠璃子は嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「そうなんですか」

「大晴くんもデートするときは何かプレゼントすると良いわよぉ」

「デート……」


縁のない言葉に戸惑う。


「そうよぉ!若いんだからどんどんデートくらいしなくっちゃ!この前もねぇ、私がかわいいって聞いたらねぇ、似合うって言ってくれたのよ」

「へぇー」


思い出して嬉しくなっている瑠璃子の横で、大晴の目が虚ろになってきている。亜子が瑠璃子の手を離して、公園に向かって走り出した。


「飛び出しちゃだめよ」

「うん」


 左右を確認して横断歩道を渡る亜子に二人が続く。芝生が広がる公園の遊具で子連れの親子が何組か遊んでいる。子供たちの甲高い笑い声が公園中に響いている。たどたどしい足取りで走り回る子供たちを瑠璃子は遠い目で見る。


「息子たちがいるのよ。元気かしら」

「息子?!」


 驚きで大晴の生気が一瞬で戻り、声がひっくり返る。


「そうよぉ」

「旦那さんいるのに、デートばっかりしてて怒られないんですか?」


瑠璃子は目を丸くして、


「いやだ、旦那なんてとっくにいないわよぉ」


あははと笑う。大晴は気まずそうに、


「そ、そうなんですか」

「それでね、他にも試着してね、色々買ってもらっちゃったぁ」


帰りの間、延々とワンピースの話ばかりが続いた。



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