喫茶レディーバグにて
亜子は曇った窓を手の平で拭くと、太陽の光が雪に反射して差し込んできたので思わず目を細めた。カンナはカウンターでコップを拭きながら、
「こんな日でも客は来るんだな」と、後ろの棚にグラスを置く。カウンターの端には、写真がいくつか飾られている。一番手前の写真には、喫茶レディーバグの店内を背景にしてこの建物の住人や客たちが集まっていて、中央にいる笑顔の大晴は卒業証書を広げ、小脇には黒い筒を挟んでいる。
耕造は向かいでホットコーヒーを飲み、
「積もったけど大して降ってないしな。午後は閉めるんだろう?」
「そろそろ時間だし、そうするよ」
「しろーい!」
「亜子、外は滑るから行かないよ」
「あ!」
亜子は窓におでこと両手をべったりとつけた。
*
道路脇に寄せられた白い雪が、普段の道を新鮮に感じさせてくれる。
「雪降ったなー」
大晴は白い息を吐き、老女が乗った車椅子をおしながら、嬉しそうにきょろきょろしている。老女は目を瞑ったまま、
「そうなの?何だか空気が冷たいですもんね」
小さな神社の地面が真っ白に雪で覆われていて、大晴は思わず足を止めた。
「ちょっと待ってて!」
神社脇の雪を掬い取り、ぎゅっとまとめる。老女の手袋を取り、雪の塊を手の平に乗せた。
「はい、栞さんの雪」
「ひゃっ、冷たい」
「あはは、でしょー?」
栞の左手首には包帯が巻かれている。大晴は雪の塊をどかし、栞の手を握る。
「寒いでしょ」
「温かい手」
「さっきまで雪触ってたから」
「良い手ですね」
大晴はまんざらでもなさそうに、
「えっ、そうかなー?初めて手って褒められた」
「ずっと触ってたい」
「本当?ずっと触ってて」
「ふふ、これじゃあ身動きとれませんね」と、名残惜しそうに手を離す。
「ここ神社だから、もうすぐそこです」
「本当ですか?」
『喫茶レディーバグ』の看板が掲げられた木造二階建てに到着すると、大晴はドアベルをカランと鳴らし、『臨時休業』と書かれた札がさげられた扉をゆっくりと開けた。コーヒーの香りが漂う暖かい空気に包まれ、栞は顔を綻ばせた。
「ただいま帰りました」
大晴は栞の肩に手を乗せ、
「おかえり」
カンナはコーヒーカップをテーブル席に並べながらちらりと入口を見やり、
「おせーよ。今から大晴のコーヒー試飲会やるぞ」
カウンターに座った耕造が振り向いた。
「待ちくたびれたな」
「おにいちゃん、そといこう!」
大晴は、足元にまとわりつく亜子をおさえて、扉を閉める。
「ちょっと待って、まだ練習中!」
カンナはにやりと笑い、
「用意はしといたから」
「私、今の方が味には厳しいですよ。何せ、よく分かるので」
「あぁー、そっか、緊張する……」
大晴は上着を脱ぎ、
「よしっ、やるぞ」と、カウンターの中に勇んで入ってった。
たくさんの作品がある中で、本作をここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
誰かが読んでてくださると分かって、とてもとても力になりました。
これからもそれを励みに書いていきたいと思います。
本当にありがとうございました!




