表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/53

50

50




「アンタ。私のこと馬鹿にしてんの?」


 金髪の美女に呼び出された杏鶴を追いかけた先には、立派な横長のリビングがあり、開放的な空間に、幾つかの気配を感じ取る。

 本来なら家族団欒の場所なのに、和やかな雰囲気とは無縁の空気が流れていた。


 雪翔の斜め前に立って、冷め切った無機質な目を正面に向ける杏鶴。

 そんな彼女と対面し、アームチェアに頬杖を突いた金髪の女性。

 離れたソファーに座り、上等なティーカップに口を付けている穂鷹。


 そして、もう一人。

 部屋の隅っこで体育座りをして、膝の上でスマホを操作している、パーカーのフードを目深に被った華奢な少女。 


 ここには、柚鳥家の四姉妹が一堂に会していた。

 それなのに、互いが互いを意に介さない。

 起きている出来事を他人事のように観測している。


 今正に、兄弟喧嘩が怒りそうな緊迫感の中で。


「……千隼。主語なく話すのは止めてください。大学生にもなって、察してもらわなければ、まともな会話もできないのですか?」


 開幕から杏鶴の毒舌が冴え渡る。

 手加減のない鋭利さは、彼女の苛立ち、不満、反抗の意思を露わにしていた。

 その迫力に蚊帳の外である雪翔が息を呑んでしまう。

 一触即発の距離感に、嫌な汗が背中を伝っていく。


 千隼と呼ばれた実の姉を焚きつけることに、一切の躊躇がない。


 雪翔も彼女には、様々な苦言を呈されてきたけれど、そこには杏鶴なりの手心が加えられていたのだと、こんな場面で思い知る。


 それだけ、二人の仲は険悪であった。


「はぁ? 分からないとは言わせないわよ……」


 一方の千隼も分かり易く敵意を剝き出しにして、唇を噛んで見せる。

 今にも飛び掛かってきそうなのに、杏鶴は飄々とした態度を崩さない。


「さっぱり見当もつきません。私が何をしたと言うのです?」


 それがまた怒れる美女を掻き立てた。


「はぐらかしたって誤魔化せないわ。私の物を勝手に捨てたでしょ!!」

「私の部屋に放置されていた。持ち主の分からないスクラップは廃棄しましたね。生活する上で邪魔でしたので」

「それが私の化粧道具だって言ってんのよ!」

「自分の持ち物だと言うのなら。自分の部屋できちんと管理するべきでしょう。私の部屋はあなたの物置ではないのですから」

「何か月も帰ってなかった癖に。何が自分の部屋よ。何で帰ってきた訳?」


 激しい剣幕の応酬に、雪翔の割り込む隙もない。

 間髪を入れず、杏鶴が言い返す。


「あなたこそ。彼氏と同棲していたのでは?」

「なっ……」

「もしかして。愛想を尽かされてしまったのですか」

「チッ。 アンタぁ……」

「フラれた腹いせに私に当たるのは止めてください。酷く迷惑です」

「ムカつく。昔から生意気なのよ。二度と帰ってこなくてよかったのに……!」


 沸々と煮え滾る憎悪が、苛烈な炎を立ち昇らせる。

 これは良くない。

 そう身構える雪翔に呼応するように、千隼がゆらりと立ち上がった。


 それから一歩踏み込んで、一直線に杏鶴に迫る。

 遅れて付いてきた右腕は、大きな放物線を描いて、バチンッと。まるで電流が流れたかのような破裂音を響かせた。


「いってぇ……」


 雪翔の身体はぐらりと揺れて、堪え切れずに尻餅を付く。

 左頬を抑えながら顔を上げれば、痛みでぼやけた視界の中に、顔を真っ赤に染めた千隼と、目を丸くした杏鶴が映っている。

 それとは別の、複数の視線にも晒されているような気がした。


「何なのよ! 邪魔しないで!?」


 見ず知らずの他人を平手打ちしておいて、悪びれる素振りも一切ない。

 寧ろ、杏鶴を庇った雪翔に対し、全ての攻撃性が集中している。


「さっきから目障りなんだけど。アンタ。何なの?」


 まるで自分が王様かのように振る舞う姿は、如何にも独善的で。

 杏鶴とは、水と油の関係なのだと思い知る。


 杏鶴の口をもう少し悪くして、攻撃性を加えれば、彼女みたいになるのだろう。

 

 顔立ちはそっくりなのに、性格は少しずつ違う。

 千隼は明らかに、他の姉妹よりも荒々しい性格をしているのだろう。

 他者を傷付けることに容赦がなく、神経を逆撫でする言葉で雪翔に詰め寄る。


「この出来損ないの彼氏かなんか?」 

「その方は、杏鶴の先生です」

「じゃ。部外者じゃない。私達家族の問題に首突っ込んできてんじゃないわよ」


 義務的に補足する歩鷹の言葉に、千隼が一層顔を顰める。


 彼女ら姉妹の間で、唯一共通しているのは、杏鶴に興味がないこと。

 何も知らない。気にもならない。考えたことすらない。

 だから、こんな馬鹿げた嘘がまかり通ってしまう。


 それが何より物悲しい。


「俺は……、部外者じゃない」


 それを否定したところで意味はない。

 雪翔が杏鶴の彼氏だと宣ったところで、現状は何も変えられない。

 

 だからこそ、声にしなければいけなかった。

 何に代えても、その言葉だけは否定する。


「俺は、この子の保護者だ」


 杏鶴を背に立ち上がる。

 雪翔は、彼女と、彼女達と。正面から向かい合った。


 空気は静まり返り、ティーカップを置く硬質な音が寂しげに響く。


「……何言ってんの? 公私混同ってヤツ?」


 千隼の表情は、困惑の色に染まっていた。

 その感覚を嫌がるように、瞳は鋭く細められ、吐き出された言葉には、確かな軽蔑が込められている。

 

 一人の少女に固執し、保護者などと言い出す雪翔は、不審者でしかないだろう。


 杏鶴にだって、同じ顔をされているのかもしれない。

 彼女とはまだ喧嘩の真最中なのだ。


「そう……。やっぱり、杏鶴の男ってことね……。へぇ。アンタもやるようになったじゃない。男に付け入って、巧く利用するなんてさぁ」


 妙に納得したように、不快な笑みを浮かべて、早口に捲し立てる千隼。

 その声は、誰の元にも届かずに、部屋の四隅に霧散していく。

 

 一人で踊る彼女の様は、滑稽な舞台を見ている感覚と似ていた。


「な、なによ……」


 そう言って凄んで見せるけれど、怒りを圧倒するに恐ろしさが足りていない。

 この世の中で、少女の泣き顔ほど怖いモノはないのだから。


「杏鶴はそんなことしないさ」


 男に取り入ることが出来るのなら、もっと優しくして欲しいものだ。


「甘えるのが凄く苦手で」

 

 すぐに弱音を隠すし、無茶をし過ぎてしまうから困り物で。

 手抜きを知らない愚直さに目が離せない。


「ひた向きに努力が出来て、頑張り過ぎなところが逆に欠点なくらいで。見てるこっちが大丈夫かって心配になる。そんな子なんだ」


 彼女のことを、もっと知って欲しい。

 その努力を見てあげて欲しい。


 彼女を拒む環境は、雪翔が受け入れない。


 一欠けらの希望でしかないとしても、世界が優しくなるように言葉を紡ぐ。


「頑張り屋さんな杏鶴を。君達の妹を。お願いだから。貶めないでくれ」


 それさえあれば、仲直りができなくてもいいから。

 杏鶴が杏鶴らしく居られるのなら、さよならだって構わない。


 けれど、


「ーーで」


 千隼の肩は、わなわなと震えている。

 部外者である雪翔の言葉で心を動かせるなら簡単な話だ。

 こんな風になるまで拗れてなんかいない。


「知ったようなこと言わないでッ!!」


 爆発した千早は、力任せに腕を振るう。

 雪翔を目掛けて飛んできたそれは、先程よりも強烈な痛みを。

 視界が飛ぶ程の衝撃を、まだ熱の残った左頬に刻み付けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ