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「柚鳥杏鶴。英蓮高校の一年生。それは間違いなさそうか」
杏鶴から生徒手帳を拝借し、彼女の身元を確認する。
制服姿で確信はしていたけど、杏鶴は亀岡町にある私立高校の学生で間違いないようだ。生徒手帳の顔写真と比べると若干髪は伸びているが、感情の起伏の少ない鉄仮面が目の前の少女と瓜二つで、それだけで本人だと識別できる。
「やっぱり、後輩だなぁ……」
広場で彼女と対面した時から、その恰好には覚えがあった。
それは雪翔が女子高生の制服に詳しいとか。そういう変態的な趣味ではなく、彼が実際に、英蓮高校に通っていた卒業生だからだ。
雪翔が在籍していたのは八年も近く前なので、細かな意匠は変わっているけど、スナップタイプの水色のリボンタイと、サックスブルーのラインがあしらわれたグレーのスカートは、雪翔が唯一何処の高校か判別できる特徴であった。
色の種類はもっと沢山あった筈だが、杏鶴はシンプルな色合いで統一している。
それでも、通り掛かった人達は彼女の容姿に目を惹かれることだろう。
そんな想像が容易にできるくらい、腹ペコの少女は可憐と言って差し支えない。
「はぁい……?」
そんな美少女が今、口一杯に焼きそばを頬張っている。
第一印象は冷え切った針金のような印象だったけれど、ズルズルと太麺を啜る姿には親近感を感じる。どんなに気を張っていても、食欲に勝る虚勢はないのだ。
「まぁ。俺が通ってたのはずっと前だし。先輩面は勘弁しといてやるか」
「何をぶつぶつと……。どうかしたのですか?」
「いーや。何もない。これ返すよ。ありがとな」
何も知らない彼女に先輩面をしても仕方がない。
家出なんてするもんじゃないと説教した所で、得られる物はない気がした。
どれ程の事情があったとしても、こんなことは健康的とは言えないけれど、彼女だってそれは自覚している筈。それでも、帰りたくないと言わせてしまう環境に、相応の理由があるのだろう。
「今は食事で忙しいです」
「がっつき過ぎだろ……。丸呑みして喉詰まらせたりするなよ?」
生徒手帳を返そうと差し出した手は、両手が塞がっているからと拒まれる。
先程は施しは受けないと強がっていたのに、今は食べることに死に物狂いだ。
それで構わない。子供らしくて安心する。
お預けを受けた生徒手帳は行き場を失い、取りあえず、スラックスの尻ポケットに突っ込んでおいた。
沢山食べている杏鶴を見ていると、自身も腹一杯食べたくなる。
こんな深夜に満腹まで食べるのは良くないが、空腹では寝られない。
焼きそばと共に準備した菓子パンを手に持ち、焦げ茶色の包装を破いた。
開封した瞬間、独特なアルコール臭が鼻腔を突く。
「あの……」
「うん?」
手のひらサイズはある円盤型のパンに噛り付こうとして、声を掛けられる。
座ったままの彼女に視線を向けると、杏鶴も雪翔と同じパッケージを両手で支えていた。生地には小さく齧られた跡が付いている。
「どした?」
「このパン? 味がしないのですが……」
「おいおい。そんな筈ないだろ。舌が肥えてるってアピールか?」
「いえ。本当に味を感じません。このパッケージも初めて見ました」
「そりゃ。これは俺がネットで見つけた健康パンだからな」
「健康パン……?」
「約三十種類の栄養素が入った完全栄養食。深夜に食べても安心安全」
「一緒にカップ麺も食べてませんでした……?」
「これを食べてればカップ麺もなんのその。それが完全栄養食品!」
「……何を言ってるのかよく分かりませんけど、あなたが嘘を吐いていることは分かります。模範となるべき大人が嘘を教えるなんて最低ですね。詐欺師です」
「言い過ぎじゃないか?」
雪翔の胡散臭い物言いに、本気で嫌がって見せる杏鶴。
勿論、この健康パンに魔法のような効果はなく、ただ栄養素が詰まった菓子パンでしかない。最近流行っている完全食というやつだ。
「詐欺師はやめろよ。健康に良いのは本当だから」
「本当に健康に注意しているのですか? コンビニで冷凍食品ばかり買っていたように見えましたが」
「ナチュラルに尾行してたことをバラすなよ。まぁ、分かってはいたけどさ」
杏鶴に悪びれる様子はない。
見られていたことに一切気付かなかった雪翔も雪翔である。
「冷凍食品ばっか食べてるから。健康パンを取り入れたんだよ」
「取り組み方が中途半端です。気掛かりならばきちんと自炊をしてください」
「めんどい」
「……」
「そ、そんな目で見ないでくれ……」
四文字で片付けたら、ゴミを見る視線を向けられてしまった。
彼女には、雪翔が相当な怠け者に見えていることだろう。
「こんな時間から飯作ろうなんて気は起きないだろ?」
「それは……、そうかもしれません」
「ご納得頂けて何よりだ。でもまぁ。食べられないなら俺が食うよ」
「……いえ。もう口を付けてしまったので」
「別に俺は気にしないぞ?」
「私が気になるんです」
「そっか……。食べられそうか?」
「百回くらい噛んだら甘みを感じられた気がします」
「おお。その意気だぞ。コンビニのブランパンよりは食べ易いからな」
「……ブランパン。言われてみれば、確かにそんな味ですね」
もきゅもきゅ口を動かしながら、杏鶴が二口目を苦悶の表情で呑み込む。
出された物は最後まで食べるタイプらしい。
「無理はするなよ……?」
「全然無理とかではないです」
「子供の強がりか」
「……あの」
「どうした?」
「水をいただきたいです。口の中が砂漠のようで」
「ばか。それを早く言え。何処で遠慮してんだよ」
彼女の線引きはよく分からない。
その不思議な感覚に苦笑しながら踵を返す。
「牛乳とリンゴジュースもあるけど。どっちがいい?」
「……では、牛乳で」
「身長伸ばしたいのか?」
「発言には気を付けてくださいね。砕きますよ」
「お、おぉ。ごめん……」
それほど小柄という訳でもないと思うが、彼女は気にしているらしい。
ドスの効いた声に身体が震えてしまう雪翔。その背中に聞き取れるかどうかの声量で、「……ありがとうございます」と聞こえてきた。
いきなり押しかけてきた家出少女は存外礼儀正しい奴で。
それが更に可笑しかった。




