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「あの」
ようやく定例会のスタートが切られ、絶品のすき焼きに舌鼓を打つ四人。
和気藹々とした時間が流れる中で、雪翔達の掛け合いを見守っていた杏鶴がおもむろに口を開いた。まだ少し遠慮した雰囲気はあるが、肩の力は抜けたみたいで、物怖じしている雰囲気はない。
先程の言い争いを見ていたら、劇団ピ座の面々がどういった集まりなのかは理解出来ただろうし、良い意味で軽く見ることができたのだろう。
「ん? どうした?」
「皆さんは、大学でお芝居をやられていたんですよね?」
「ああ。何度かは話したことあったよな」
「はい。今更ながら。コント師と聞き間違えていたのかとも思いましたが」
「ははは。おもしろいこと言うなぁ。何処で勘違いしたんだよ」
「先程の光景を見たら、誰だってそう思うのではないですかね……」
劇団ピ座をお笑い集団か何かだと、杏鶴は思っているらしい。
ただ、意外にも演劇とコントは、人前で披露する点で通じている部分もあり、コメディが主体となるモノに限って言えば、類似したコンテンツと考えてもいいのかもしれない。
劇団ピ座は、色んなジャンルに手を出していたため、喜劇団とは言い難い。
ほろりと涙が流れるお芝居にも、挑戦したりしたものだ。
「俺達だって格好良い芝居とかしてたんだぞ? なぁ。ナツ?」
「そうよ? 少ないけどファンだっていたんだから」
「え……? 雪翔にもですか?」
「おい。何で俺だけ名指しなんだよ」
失礼極まりない杏鶴に不満を飛ばすが、彼女は見向きもしてくれない。
テーブルを挟んでいるのを良いことに、完全に無視を決め込んでいた。
「何なら雪翔が一番人気あったんじゃね?」
「ユキは“お見送り”も熱心だったからなぁ」
「お見送りとはなんでしょう?」
「読んで字の如く。舞台を見に来てくれたお客さんの帰りを見送ることだよ」
「そういう決まりごとがあったのですか?」
「その時々によるかなぁ。端的に言っちゃえば、一種のファンサービスみたいな感じかも」
左右から出てくる専門知識を、杏鶴が髪を揺らしながら熱心に聞いている。
それを全て聞き終えた上で、視線が雪翔に帰ってきた。
「なるほど。雪翔はそれが手厚かったと」
「なんだその顔は……?」
そこはかとなく睨まれているのが気に掛かる。
何かがいたく気に入らない様子だ。
「ユキはどんなに疲れてても必ずロビーに出てたのよな」
「ふむ……。あざといですね」
「お。杏鶴ちゃんはさぁ。雪翔のあざとさ分かんの?」
「意識してないところが特に悪質だと思うのです」
「うぇーい。オレも昔からそう思ってんだよ」
杏鶴と夏まで謎に意気投合している。
言い振りに的に不満気なのが、一番不可解なところだった。
「舞台後に感想を聞ける貴重な場だし、直接話したいだろ」
「……」
「……」
「何か言え」
絶対に黙るタイミングではない。
まるで悪事を暴かれているようで、むず痒い気持ちになる。
「何にしても……、想像が難しいです」
「俺を応援してくれている人がいたことがか?」
「それもそうなのですが……」
「ぶっ飛ばすぞ?」
「普段の様子を見て。真面目にお芝居している様子なんて浮かびません」
「俺の普段はそんなに適当なんかね……」
杏鶴の目に映る雪翔は、相当おちゃらけているみたいだ。
「え? 見たいのん?」
「え? 映像が残っているのですか?」
「そりゃ残してあるさ。オレん家にあんだよね。どない?」
「え、え……」
「おい。女子高生をナチュラルに家に誘うな」
「それ。おまえが言えんのか?」
「……言える。ギリ」
真っ当な発言をしたら、夏が意地の悪い視線を向けてくる。
常識を問うなら、雪翔の方が非常識であると言えるだろう。
「今度雪翔がうち来る時に杏鶴ちゃんも連れてきたらいいじゃね?」
「あー。髪切る時か? まぁ……。うーん……」
夏の提案に煮え切らない雪翔。
珍しく興味津々な杏鶴だが、だからこそ、過去の芝居を見られることに気恥ずかしさを感じる。どの舞台も全力で役を演じてきたけれど、何年も経った後に見返されるのは、毛色の違った緊張感を覚えさせた。
「百瀬さんのお仕事は散髪屋さんなのですか……?」
「そうよ? 雪翔の髪はもう十年くらい俺が切ってんだから」
「資格もなかったのにな。最初の頃は滅茶苦茶だったぜ……」
「十年? 二人は高校から繋がりが?」
「ナツはそうなんだよ。だからまぁ、こいつも杏鶴の先輩ってことになるな」
夏も雪翔と同じく英蓮高校の卒業生だ。
雪翔とは最も長い付き合いの友人にあたる。
「……騒がしい時代だったのでしょうね」
「はっ?」
「ぷっははは」
ぼそっと杏鶴が漏らした言葉で、暑志が吹きだす。
素早く視線を向けたら、二人ともとんすいを持ち上げて口元を隠していた。
「梅ちゃん先生元気なんかなぁー」
「待てナツ。あいつら怒った方がいいぞ」
「梅沢先生は今も教鞭を取っていますよ」
「マジか! 今度久しぶりに顔出しいこかなぁ」
「お二人は高校生の時から演劇を?」
「全員。めちゃくちゃケロッとしてやがるっ」
夏と暑志が何でも話すからか、杏鶴の質問が止まらない。
それは不思議と、雪翔のことばかりのような気がした。
「最初は、ユキ一人の演劇部だったんだろ?」
「そうそう。伝説の一人十役劇場な」
「ちょっ! そ、その話は内密にな……?」
「ほう……。面白そうなタイトルですね」
「ま、待て。杏鶴は興味を持たなくていいから」
溢れるバイタリティのままに起こした、とある黒歴史に杏鶴が目を輝かせる。
そんな顔を見せると級友達も面白がるので、止める術はなさそうだ。
「なんとぉー! その映像も残っていたりしてぇ!?」
「……ふふ。是非今度」
「ぐぐぐ……」
絶望的なやりとりを目の当たりにして、胸の奥の古傷が疼く。
夏の散髪技術に十年近く世話になってきたが、ここにきて美容院を変えないといけなくなるかもしれない。
「んじゃ。杏鶴ちゃんが来るの待っとくわ」
「了解です。必ず行きますので」
最早雪翔の許可もなしに、そんな約束が交わされている。
「はぁ……」
「どんまい。ユキ」
力ないため息も漏れ出るが、優しい巨人がそう声を掛けてくれる。
でも、その顔を見てみると、邪悪な笑みが隠し切れていなかった。




