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「こっちのピンク頭がナツで、こっちの武士みたいなのが暑志」
一頻り玄関の前で騒いだ二人を引き摺り込み、定例会の開始を前に、互いの自己紹介をアシストする。杏鶴の不信感を買うだけ買った馬鹿垂れ共は、一仕事終えた後のようなしたり顔で、雪翔のベッドを陣取っていた。
その前に杏鶴と座れば、見下ろされる構図になり、何とはなしに腹立たしい。
「おいおーい。俺の何処が武士なんだよーてっ」
いつになく高いテンションも相俟って、鬱陶しさが段違いだ。
「髪型と髭。あとはムキムキの身体」
向かって右側に座るのは、雪翔より恰幅の良い男。有坂暑志。
彼の風貌は、長い前髪を後ろ手に纏め、顎ヒゲを蓄えた流浪の武士のような出で立ちをしている。服の上からでもはっきり分かる筋肉量は、只者ではない雰囲気を醸し出していた。
劇団ピ座が誇る大道具担当。裏から支える【優しい巨人】。
「確かに確かに。暑志は武士だわぁ。そんで? 俺の何処がピンク頭なんだよ?」
「分かんないなら鏡見てこい……。桜みたいな綺麗な色してるよ」
その隣りで喋り続けるのが、桃色の髪にゆるいパーマをかけた美丈夫。百瀬夏だ。
日本男児然りな暑志とは対照的に、ピアスやネックレスでお洒落を楽しむ夏は、一見遊び人のような見た目をしているけれど、不思議と下品さは感じない。
それどころか色っぽさすら纏っていて、その魅力は舞台上でも、存分に発揮されていた。
劇団ピ座の演者兼スタイリスト担当。
マシンガントークが玉に瑕。【赤鼻のプリンス】。
「えっ……。綺麗ってうちぃ。今口説かれたぁ?」
「ヒュー! お似合いだぞぉー!」
「気持ちは嬉しいけどぅ。うちぃには婚約者がいてぇ」
「リア充爆発しろーう! 結婚式には呼んでくれーい」
「こいつらマジでうるせぇ……。杏鶴に変な集団だって誤解される」
「もう誤解とは言えないのでは……?」
劇団の中でも特に騒がしい組み合わせが集結し、悪ふざけが止まらない。
杏鶴も蚊帳の外に置いてけぼりで、戸惑いが隠せない様子だ。
今日ばかりは雪翔が舵を取るしかなく、一度大きく柏手を打つ。
「よし分かった。すき焼きが食べたいなら一回喋るな」
「……」
「……」
「本当に馬鹿だと思われるぞ……?」
自分の友人が女子高生に馬鹿にされていないか心配になる。
ただ、この時間が長続きするとも思えないので、素早く杏鶴の方へ視線を促した。
「こっちが電話で伝えた。訳ありの同居人だ」
「おー。この子がそうか。……今時の女子高生ってオーラ凄いなぁ」
「は、初めまして……。柚鳥杏鶴と言います」
「どうもねー。俺は有坂暑志って言いますぅー」
緊張気味の杏鶴に対し、暑志が朗らかに声を掛ける。
威圧的な見た目でも柔らかく笑うその姿からは、人の良さが滲み出ていた。
「騒がしくしてごめんね。ユキとナツは時たま会ってると思うけど、俺は久しぶりでさ。テンション上がっちゃって。ナツもふざけまくるし」
「そ、そうですか……」
「えー! 俺のせいぃ!? 暑志もノリノリだったんだがぁ?」
「うるさいと思ったらユキみたいに怒ってやってね。大体止まらんのだけど」
「制御はできないのですね……」
「え。てかさぁ? 杏鶴ちゃんと雪翔全く同じ格好してね? ペアルック?」
「俺の部屋着を貸してるだけだよ」
「あー。そういう? 同棲中のカップルかと思ったわ」
じゃじゃ馬だと言われても、全く気にする気配のない奔放な夏。
振れたくなるのは仕方ないかもしれないが、少しは気を遣って欲しい。
「こら。多感な時期の子にそんなこと言うな」
「私は別に気にしませんが。あまりに突拍子がないので」
「いや。俺が気になるんだよ。意識しちゃう」
「……いつまで思春期を拗らせているのですか。子っていう年齢でもないですし」
はわわと頬に手をやると、杏鶴に睨みを効かされる。
そのまま追加で、横っ腹をつつかれた。
「今。あなたまでふざけないでください」
「ごめんごめん。俺も血が騒いできて」
その説得は、この状況に対する不安があるからだろう。
雪翔までふざけ始めたら、収拾がつかなくなるのは想像に難くない。
「相変わらず雪翔が雪翔してんなぁ」
「ん? そりゃ俺は俺を全うするだろ」
「また女の子の尻に敷かれてんじゃん」
「またって言うな。俺が望んでるみたいになるから」
お願いだから誤解にならない言い方をして欲しい。
けれど、何故か夏の方が信頼されていて、杏鶴が小首を傾げていた。
「……好きなんですか?」
「断じてそんなことはないぞ」
「経験は?」
「……」
「思い当たる節があるんやろなぁ」
「暑志まで……。俺に変なキャラ付けをするなってば」
何故か急に三人の団結感が出てきて、雪翔の方がアウェイを感じる。
夏は喉を鳴らして笑っているが、暑志が意味深に頷くせいで、杏鶴の興味を集めていた。このままだと、あることもないことも吹き込まれてしまいそうだ。
「ほら。自己紹介も済んだし飯にしようせ。おまえらも準備手伝え」
「あれ。逃げんの?」
「は? 逃げねぇよ」
「あの、子供の喧嘩でも始まるんですか……?」
「ごめんねぇ。ここまででワンセットみたいなもんでさ」
売り言葉に買い言葉で、夏の挑発に乗る雪翔。
そんなつもりはなかったのだが、殆ど脊髄反射で返している自分が怖い。
劇団ピ座での日々で染み付いた茶番は、未だに抜けていないらしい。
「お? じゃあ。言っていいんだな?」
「な、何を言うつもりだよ」
「そうだなぁ。いつだっけか。あの日の雪翔は、仲良くなったバイト先の先輩に家に呼ばれて、舞台以上に緊張してたっけ。でも、数時間後に帰ってきた雪翔は泣いててさ。俺達に言ったんだ。めっちゃ汚ねぇ部屋の掃除を手伝わされたって」
「ぐあっ! トラウマが疼くぅ。ごとっと鳴った牛乳パックの記憶がぁ!?」
「あとは? 後輩に詐欺られそうになったり、付き纏いにあったりしてたっけ?」
「ほれぃ! どれも女性トラブルじゃい!」
「割合は多いかもしれないけど、俺から関わりに行ってる訳じゃねぇ」
「面倒くさい女が好きなんやろがい!」
「ちげぇよ! 断じて違う!」
総じて女性関係の問題に振り回されているが、それを面白がっていたりはしない。どの時も偶然、気の強い女性が厄介事を持ってくるのである。
「有坂さん。この喧嘩はいつ頃終わりそうですか?」
「あー。もう少しで気が済むと思うよ?」
「そろそろ夕飯の準備をしようと思うのですが」
「それが一番この二人を静かにできるかもね。俺も何か手伝える?」
「いえ。お客さんですから。ゆっくり……、はできそうにないですね」
「この感じだとね」
夏と言い合いを繰り広げている横で、交流を深めている二人がいる。
いつの間にか杏鶴の関心はものの見事に離れていて、口論の合間に交わされる会話が、とても和やかに進んでいく。
「あ。そうだ。肉とか買ってきてたんだよぉ。お近づきの印にどうぞー」
「わざわざありがとうございます。……初めは身構えましたが、有坂さんはどうやら常識人みたいです」
「お気付きかい? 変人度合いで言ったら、この二人にゃ敵わん敵わん」
二人の会話に意識を割こうとすれば、ダル絡みモードの夏に「無視すんなやぁ!」と絡まれて、それ以上の会話はうっすらとしか聞こえなかった。
「いつの間にか。ユキの紹介みたくなっちゃったなぁ」
「私はそれでも……」
「よかった?」
「……雪翔が昔から雪翔だったみたいで、少し安心しました」




