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 再び目を覚ますと日はかなり高くなっているようだった。


「……ん」


 眩しい光に瞼を刺激されて目を擦る。

 そのまま寝返りを打とうとしたら、やけに掛け布団が重く感じる。

 何かと思って顔を向けてみれば、ベッドを枕に居眠りをしている雪翔がいた。


 杏鶴が眠っている間、彼も寝ていたらしい。

 その寝顔には緊張感の欠片もなかったけれど、ずっとそこにいたんだという事実だけは伝わってきて、日当たりの良さについつい微睡んでしまった光景が、とても簡単に想像できた。


「ふふ」


 すやすやと寝息をたてている姿に、溜息混じりの笑みが零れる。

 仮眠を取りたかったならソファーを使えばよかっただろうし、本人に寝るつもりはなかったのだと思うと、何だか余計に可笑しかった。


「……お人好し」


 心配だから傍にいて。

 睡魔に負けてしまうのが彼らしい。

 恰好付かないところが本当に。


「お節介。……変な人」

 

 やはり、その言葉がしっくりくる。

 彼女にとって、雪翔の親切心は過剰で、理解し難い存在だった。

 未でも、彼がどうして自分を受け入れてくれたのか分からない。

 

 ただの気紛れなのか。

 向こう見ずの楽観主義者か。

 はたまた正義のヒーローか。

 

「あなたはどうして。私を助けてくれたのですか?」


 知らない存在に指先で触れる。

 短い黒髪に指を通せばくすぐったくて。

 彼の髪は硬いだなんて、そんなどうでもいいことを知った。


「う、うーん……」


 ほんの少し引っ張ってみたら、苦悶の声を漏らしている。

 それを何度か繰り返していると、ゾンビみたいにのっそりと頭を上げた。


「あんず……?」

「おはようございます」


 手は速やかに離して、布団の下に忍び込ませる。

 雪翔は覚醒の最中で、自分が遊ばれていたことに気付いてはいない様子だ。


「……あれ。いつの間にか寝てた」

「すいませんね。ベッドを占領してしまって」

「いやぁー。別に寝るつもりはなかったんだけど……」


 杏鶴が引っ張っていた辺りを触りながら、雪翔が大口の欠伸を一つ。

 それを隠そうとする素振りはなくて、思い切り両手を広げ、「ぬわー」と背伸びをしている。


「どうだ? 少しは元気になったかー?」

「気怠さはマシになった気がします。頭痛も今は平気です」

「確かに。顔色は朝よりも大分良くなってるな」


 背筋を正して座り直した雪翔が、ぐっと身を乗り出して、杏鶴の表情を凝視する。それから大きく頷くと、納得した顔付きで腕組みをしていた。


「強がりではなさそうだ。よかったよかった」


 病人よりも嬉しそうに微笑む雪翔。

 その顔に釣られてしまいそうになる。


「強がりなんか言いませんけど」

「杏鶴はいつでも本気だもんな。タチわりぃー」

「何か言いたいことがあるみたいですね」

「ないない。ああ。そうだ。あとで熱も測っといてくれ」

「……いいでしょう」


 間違いなく不満を持っている雪翔に不満顔を見せる杏鶴。

 ただ、言っても仕方がないと思われているのか、真面目な返答が返ってきた。

 少なくとも今、病人を刺激するつもりはないらしい。


「何はともあれ。すぐに回復できそうでよかったよ」

「ご心配をおかけしました。すいません」

「自分じゃ全然病気にならないもんだからさ。マジで焦ったぜ」

「見かけによらず、頑丈なのですね」

「これも健康パンを食べてるおかげだな。杏鶴も食欲あるなら食べるか?」

「……今は喉の方が乾いているので。飲み物をください」

「それとなく拒否してないか? まぁいいけど……」


 その疑問には一切答えず、差し出されたスポーツドリンクを両手で受け取る。

 キャップは雪翔が開けてくれていた。


「きっと、疲れが爆発したんだろう。この生活は杏鶴の負担も大きいと思うし」


 この生活というのは、二人が知り合ってからのことを指しているのだろう。

 元々面識のない赤の他人で。歳も十個離れていて。

 性別も価値観も違う二人が数日の時間を共に過ごしてきた。

 

 そこには確かな不便があって、警戒心は今も残っている。

 慣れないことは心身が消耗して、疲れも溜まり易くなるものだ。


「……」


 それでも、ふかふかの布団で眠れたのは、本当に久しぶりだった。


「私は……、ずっと気を張っていました」

「そりゃ、な。俺達は見ず知らずの……」

「違うんです。私にとっては、それは当たり前のことで」

「……」

「家にも。何処にも。私の居場所はなかったから」


 溢す言葉に悲壮感は滲まなかった。

 それが普通になってしまうだけの長い時間を一人きりで過ごしてきたから。


「だから。あなたが悪い訳ではないので。……それだけ」

「……そっか。だったら、俺も少しは杏鶴に信頼して貰えたってことかな」

「え……?」

「違ったか?」

「いえ……。そうなのかもしれません」

「ははは。珍しく素直だ」

「私だって、毎度小言を言うのは心苦しいのです」

「えー。ほんとかぁ?」


 杏鶴の言い分に彼が口をへの字に曲げる。

 納得していない表情は、次第に苦笑が混じり、最後はただの笑顔になった。


「嘘なんて言いません。だから、今日だけは少し控えてあげます」

「ほぅ?」

「言ったって。あなたはどうせ堪えないでしょうし」

「おい。諦められるのが一番辛いんだぞ? もっと強めに言ってくれ! 頼む!」

「嫌です。今ので余計に言いたくなくなりました」

「くっ。何がいけなかったんだ」


 今度は本気で悔しがり始める雪翔が、ベッドの角を大袈裟に叩く。


 彼はカラフルな人だ。

 まばたきをする度に表情がコロコロと変化して、心を動かす。

 それらは全て、芝居の経験で培った表現力の賜物なのだろう。


 雪翔との対話が弾むのは、彼が人との距離感を心得ているから。

 それ故に、脚色のない素顔を、計り知ることはできないのだけれど、

 

「私はもう……。あなたが変な人だと知ってしまったので」


 そこに在る、思い遣りに杏鶴は触れた。

 だから、今は、彼の浮かべる表情が演技だとしても構わない。





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