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 騒がしい物音で目を覚ますと、視界には見慣れない天井が映っていた。

 一瞬ここが何処か分からなくて、視線を横に滑らせてみると、大きな本棚があって、自身が雪翔のベッドで横になっていたんだと気が付く。

 

 起床してからの記憶が曖昧で、正確に思い出せないが、気分が悪かったことは何となく覚えていて。意識を失った後に、雪翔が介抱してくれたのだと思い至った。


「いって! ぶつけたぁ!」


 部屋の中に彼の姿は見えなかったが、声は聞こえてきている。

 何やら騒々しいのは玄関の方で。視線だけで部屋の入り口を窺うと、息を切らした雪翔が、膝の皿も擦りながら部屋に中に飛び込んできた。


「おぉ! 目覚めたのか」


 彼の右手には、小さなビニール袋が握られている。

 容量以上に物が詰め込まれたそれは大きく膨らんでいて、はみ出したベットボトル飲料の蓋が何本か飛び出していた。


「今、起きました……」

「そのまま寝てていいぞ。辛いだろ?」


 起き上がろうとすれば片手で静止され、雪翔がベットの横に腰を下ろす。

 杏鶴のことは見ずに袋の中をガサゴソと漁った後、無造作に右手が伸びてきて、視界の半分を隠してしまう。

 

 その手が凄く冷たいから。

 自身の体温がいつもより高くなっているのだと分かった。


「やっぱ熱があるな。体温計買ってきたから測ってくれ」

「買わないといけなかったんですか……?」

「一人暮らしをしてから体調崩すことなくってさ」


 平然とそんなことを言いつつ、新品の体温計を箱から取り出す雪翔。

 パッケージを丁寧に破いて、手渡してくれる。


「……どうも」

「大したことないといいんだけどなぁ」


 体温計を受け取って、脇に挟む。

 測定している間、雪翔は袋からスポーツドリンクを取り出して、テーブルに置いた。その隣りには、市販の風邪薬とマスクも並ぶ。

  

 杏鶴が眠っている間に、色な物を買い込んできたらしい。


「あれっ。冷えペタがない!? ちゃんと買ったのに!?」


 けれど、何か足りていない様子で絶叫している。

 放っておくと四つん這いになって、周囲を捜索し始めた。

 

「何処にいったんだぁー!?」

「……いったいどうしたのです」

「ああ! さっき膝ぶつけた時に廊下に落としてたわ!」

「うるさい……」


 バタバタと足音を轟かせながら、落とし物の所に雪翔が飛んで行く。

 誰かに盗まれたりなんてしないのに随分と慌ただしい。

 普段よりも騒々しい気がするのは、きっと、気のせいではなかった。

 

「熱。測れました」


 そうこうしている内に、体温計が電子的な音を鳴らす。

 取り出して数値を確認すると、液晶には38、0℃と表示されていた。


「結構高いなー……。買っといてよかった。失礼するぞ」

「……え?」

「これで少しは楽になるといいんだが」


 そう独り言みたいに呟いて、再び手が伸びてくる。

 指先が前髪に触れて、優しく左右に払うと、額に解熱シートを貼っていた。


「……さっきから気安いですよ」

「細かいこと気にしてないで。今日はこれで大人しく寝てろ」

「いえ。もう充分休めました」

「はぁ?」

「勉強しないと、いけないので」


 休むように促す言葉を撥ね除けて、重い身体を持ち上げる。

 無理やりベッドから抜け出そうとすると、眼前に手刀が飛んできた。

  

「あたっ……」

「ばか。そんな状態で頭に入る訳ないだろ。今日一日はちゃんと休め」


 面食らっている間に掛け布団でくるまれて、ベッドの上に戻される。

 それに抵抗しようとしても、弱った体力ではまるで相手にしてくれない。

 子供をあやすみたいな所作で、簡単に寝かしつけられてしまう。


「俺の家で風邪引いたんなら、我が家のルールに従ってもらう。無茶は許さん」


 有無を言わせぬ語気の強さ。

 普段そんな表情見せないのに、怒ったような顔をしていて、面食らう。


「家主には逆らうなよ。おおん?」


 取って付けたような悪ぶりも決して恐ろしくはなくて。

 寧ろ、彼がとても身近な存在のように感じられた。

 

「……昨日は、面倒は見ないって言ってた癖に」

「あれは売り言葉に買い言葉ってヤツだ。ふっかけてきた杏鶴がよくない」

「大人なら考えて発言をしてください。責任感がないです」

「ふっふっふ。残念だったな。俺は杏鶴が嫌いな駄目な大人なんだよ」


 雪翔はそう自分を貶めて。けれど、不敵に白い歯をキラめかせた。


「食欲は? あるか?」

「今はあまり……」

「うどんとかゼリー買ってるから。食べたくなったら言ってくれ」

 

 雪翔が持ち上げた買い物袋には、まだまだ沢山の物が入っていて、リスの口のように膨らんでいる。きっと、必要以上の物が、その中に入っているのだろう。


「……分かりました」

「おう。他にも何かして欲しいことあったら遠慮はいらねぇ」

「あなたは……、カレーを温め直して食べるように」

「ありがとな。でも、俺のことは気にしなくていいから」


 雪翔は少しだけ困ったように眉根を下げると、柔らかく微笑む。

 そこには面倒だとか。煩わしいとか。そういった感情は少しも見えない。


「早く元気になるように。いいな?」

「……ふふ。あなたは本当に変な人です」

「やっぱり、人と違う方がカッケェからさっ」

「中学生のような価値観はどうかと思います。でも……」


 そういう人なんだと、頭が理解しようとしている。

 だから、この人であれば、大丈夫だと思ってしまうのだろう。


「でも?」


 首を傾げて、途切れた続きを促す雪翔。

 しかし、その続きを口にするのは癪だと言うように、杏鶴は首を振った。


「何でもありません。言い間違えです」


 反射的に素っ気ない態度を取ってしまう。

 視線もどうしてか、ずっとは合わせてはいられなかった。


「明らかに何か言いかけてなかったか?」

「もう寝ます」

「きゅ、急に……?」


 ぶっきら棒に言い放ち、逃げるように瞼を閉じる。

 この数秒で幾らか体温が上がったと感じるくらいには、身体が熱い。


 起きたばかりなのもあって、すぐには眠れないと思っていたけど、目を閉じても近くにある人の気配が、杏鶴の心を優しく解す。


 穏やかな睡魔は、想像よりも早くにやってくるのだった。





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